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大洲 桂

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4. スタンド!

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アキラさんに紹介してもらい、日本人向けスナックの駐車場管理の仕事を始める事になった。
俺は当然車の免許を持ってなかったので、アキラさんから運転を教えてもらい、まず免許を取った。 

50問程度の学科試験と、いきなりの路上試験。 学科試験は英語の出来ない俺のような人間向けにカンニングペーパーが裏で流通していたし、路上もアキラさんが教えてくれたおかげで問題なくパスし、1日で免許は取れた。 カリフォルニア州ドライバーライセンス。 そう書いてあった。

仕事はスナックに来る客の車を預かり、駐車場に停め、あとは見張っている。 客が帰るときは、店の中からの合図で車を店先まで持って行き、キーを渡すだけの簡単な仕事だ。 年齢は当然誤魔化した。 まあ、21になら見えなくもないはず。 給料は安いが、これで当面生活費はなんとかなりそうだ。 

これからはほんとの意味での自立だ。 自分の食いぶちを自分で稼ぐという事は、これまでのいろんな呪縛からの解放を意味する気がする。 もう子供じゃない。 大人なんだ。 自由なんだ。 開放感ハンパない。



ただひとつ気になるのは、その仕事には人が定着せず前に何人も辞めているとの事。 なんでもそのスナックは、LAのダウンタウンでもヤバイ地区 ー メキシコ移民達の居住区内にあり、毎晩遅い時間になるとメキシコ人のギャング達がその駐車場を溜まり場にしているらしい。 客の車の上に座っている彼らを追い払い、客の車を守るのが本当の仕事だという。 

「このまえなんか、ギャング同士の抗争があったらしいよ。 道路の真ん中でさ。 そこへこう、両側からパトカーが来て、警官がパトカーごしに銃を構えて、Drop your weapon! とか言ってさ…。」とアキラさん。 マジですか? 

うーむ。。。まあ、アキラさんはホラが多いから、話は話半分で聞いておくとして。 なんとかなるだろう。 怖いもの見たさも、正直ある。



ギャングが溜まり場にしている、という話は本当だった。 夜10時を過ぎた頃から駐車場にはそれらしい連中がワラワラと集まってくる。

しかし、仕事を始めて直ぐにわかったが、思ったより悪い連中ではなさそうだ。 さすがにギャング対警官の銃撃戦の話はアキラさんのジョークだったんだろう。 映画じゃあるまいし。

ニューフェイスの俺に向こうからよく話しかけられた。 結構気さくな連中で、早い段階でメキヤン達と打ち解けた。 



一週間もすると連中との腕相撲や、腕立て伏せの回数を競うゲームに参加して勤務時間中のヒマを潰す様になった。

俺は子供の頃から稽古していた空手の型を披露し、連中からはナイフ捌きを見せてもらったりした。 

メキヤンの中にはいろんな奴がいた。 片目で片足が義足で、馬鹿でかいリボルバー銃をズボンの前に差し込んでいるおっさん。 おー、本物の銃初めて見た。 あと、いつも赤いジャケットを着てる髭が濃くて、息がやたらと臭かったチビのオカマとか、その他いろいろ。 連中のリーダー格とも面通しをし、お陰で仕事の邪魔をするヤツはいなかった。

何しろ学がなく、外国 = アメリカ、ぐらいにしか考えてなかったし、アルファベットですらも最後まで言えるか怪しいぐらいだったので、毎晩彼らと交わす挨拶 ー ¿qué pasa, cómo va todo?(調子はどうだい)、というスペイン語をしばらく英語だと勘違いしていた。









朝は8時から毎日英語学校に通った。 睡眠時間は平均4時間ちょっと。 まだ成長期の俺にはなかなか厳しいものがあるが、俺にとって学校は毎日楽しみだった。

同い年のキヨは、同じ学校の生徒だ。キヨは、「限りなくヤクザに近い一般市民」の息子だそうで、何件ものラブホテルのオーナーの親父さんも、2人の兄貴達も地元では有名人とのこと。 キヨは、血の繋がった本当の息子ではなく、幼い頃孤児院からもらわれた子だと言っていた。 親父さんは、水のなみなみと入ったドラム缶を一人で持ち上げるほどの怪力で、兄貴達も身長180センチ体重80キロを超える喧嘩無双の豪傑。 そんな家族の話をよく俺にした。 

キヨは、身長165センチちょっとで大きくはない。 そういう血の違いを感じ続けて多少劣等感を抱えていたようだが、その反動からか物凄くからだを鍛えていて、見事に筋肉の鎧で包まれていた。 まさに小さいマイク タイソンという感じ。  
無口で、細い目。 いつもヘインズの白Tシャツの袖からぶっとい腕を出し、リーバイス501と、レッドウィングのリングブーツでゴツゴツ歩く。 小さい割には存在感がある。

彼は、英語力は俺と大して変わらないのに、行動力と金はあった。 彼は頻繁に中古車のトレードヤードに通い、ある日カバーの壊れたコンバーチブルを買った。 おいおい大丈夫か? カリフォルニアにも雨は降るぞ。 
黒の艶消しで丸みを帯びたボディー。 見た目はなんだかフナムシかゴキブリみたい。 俺がそう言うと、「お前何にもわかってないな」と言う。 
確かに乗ってみるとエンジンのフィールが良い。 ドドドドッという音とともに、ストレスなくどこまでも加速していく感じ。 ガソリンスタンドで給油するたびにアメリカ人から声をかけらるので、いいクルマなのだろう。  よく二人で夜の街をドライブした。



ある日、学校のパーティで台湾人の少女達と知り合った。リツーチン、エレン、ハンフィの3人。 

リツーチンとエレンは、キヨや俺よりひとつ年上。 ハンフィはエレンの妹で16歳。 リツーチンはしっかり者のお姉さんタイプ。  ハンフィは、姉のエレンには似ても似つかない美少女だ。

5人はいつも一緒だった。 学校が終わった後、俺の仕事が始まる19時までの間、キヨのクルマでハリウッドまで映画を見に行ったり、リツーチンのアパートメントのプールで過ごしたり。 日本語とマンダリンと英語が混じった変な会話でも、コミュニケーションにほとんど不自由は感じなかった。

キヨは、ハンフィのことが好きだったようで、俺がハンフィと話していると、「ったく、オメエは日本語も英語もよく喋るなあ? 俺は中卒だからお前らが話していることはよくわかんねえよ」と拗ねた。 彼が言う「中卒」とは、高校には行かなかった、という意味だ。 うん、その点は確かに俺と違う。 俺は高校に行った。 途中でやめたけど。

リツーチンは、イッコしか違わないのにいつもキヨと俺を弟扱いする。 「アナタバカヤロデスカ?」と、くだらない俺の冗談に呆れたり、鏡を見て髪のセットに気を配るキヨに、3人声を揃えて「Same, same」と言うのがパターンだ。

プールサイドでは誰かの大型ラジカセのFMラジオから『Starship 』の『We built this city』が大音量で流れた。 すると、いつのまにかプールサイドにいる知らないもの同士が一緒に大合唱を始めている。 こういうのって、日本ではあり得ないよな。 なんか映画のワンシーンみたいだ。



よくホームパーティーがあった。 誰が誰の知り合いかわからないが、酔ってしまえばみんな友達になった。 

アメリカ人青年ロイは、人懐っこくひょうきんな性格で、そういったパーティーで知り合ってからよくつるんで遊ぶ様になった。 

ロイはカレッジで日本語を少し勉強したという。 ジョークで人を笑わせるのが大好きなのだが、時々少しずれてる。 

あるパーティーで、みんな盛り上がってモノマネ合戦みたいなことになった。 あるものはマイケルジャクソンの、あるものはブルーススプリングスティーンのモノマネで、「オー!イエー!」と多いに盛り上がっていた。

そこへ、ロイが飛び入りしてジャグリングを始めた。 ジャグリング。 確かにうまいのだが、流れ的に明らかに違う。 しかも彼のジャグリングは、いや、凄いっちゃ凄いのだが、なんていうか、微妙だ。 

だが彼は真剣にやる。 失敗してShit!と言いながらもやり続ける。 2回目失敗してFuck!と言い、まだやり続ける。 周りのみんなは優しく見守るが、空気としては、いつ終わるの? って感じになってくる。

彼がやり終えて、みんな微妙な空気になっているところ彼は、やり切った~ってな感じで満面の笑みを浮かべる。 本当に爽やかな満面の笑み。 なんなら、飛び散る汗がキラキラ光ってる。 

そうするとみんなその満面の笑みにつられて、

「オー!イエー!」

みんなをエンターテインするために一生懸命になる、とてもいいヤツだ。

俺は初めての彼女ともそんなホームパーティーシーンで出逢った。 

ジニーは韓国系アメリカ人の医学生。 小柄で、可愛い彼女は、男女数人の輪の中心で楽しそうにおしゃべりしていた。

彼女の方が俺を見つけ、話しかけて来た。 初めて見る顔ね。 俺は自己紹介をしてしばらく彼女とおしゃべりをした。 すると、彼女はおもむろに俺の目を覗き込み「なんだかダイヤモンドみたいにキラキラした目ね。 私、好きよ」と言った。 え? 俺の聞き違い? 英語。 今、彼女なんて言った? 

お前、今すごい口説かれ方したな、と隣にいた日本人のおっさんが言った。 で、ですよね。 今俺口説かれましたよね。 your eyes are like diamonds って言いましたよね?!

おっさんは、はあ、うぜえこのガキ、って顔したけど。 俺はもう舞い上がる。 それはもう舞い上がる!

やばいでしょ、年上の美人にそんなこと言われたら。 こんなにいいことあっていいのか? あの暗黒の高校時代を抜けた先にこんな幸せが訪れようとは。 夢じゃないですか? 









英語はその時から本気になった。 英英辞典を持ち歩き、わからない単語は直ぐ調べた。

英英辞典なので語彙の説明に書いてある単語がわからない。 するとそれを調べる。 次から次へとわからない単語が出てきて、それを延々と調べ続ける。

また、彼女と会う約束をした前の日には、会って何を話すかをノートに英作文し、仕事中それを何度も書き直して音読し、家に帰っても寝るまでずっと口に出して繰り返した。 俳優じゃあるまいし、側から見たらかなり滑稽だったろう。 

時には、ロイから彼女との会話で使うべき気の利いた言い回しなどを教えてもらったりして全てノートに書き込んだ。 でも、後で読み返すと、彼の教えてくれるセンテンスはあまり使わない方がいいと思った。 言葉の響きっていうか、なんか違う気がする。 あくまで勘だけど。 だいたいロイって女の子と付き合ったことあんのか?

まあともかく、そんな事を毎日続けていたら、アルファベットも最後まで言えなくって、メキシコ人ギャング達の言う「ケパサ、アミーゴ」を英語だと思っていたこの俺が、3ヵ月もすると日常会話なら不自由しないぐらいになった。

その後、ジニーには改めて俺から告白し、付き合うことになった。 

ある日、一緒にアキラさんのアパートに遊びに行った。 アキラさんは以前からジニーを知っていて、俺を応援してくれていた。 

ジニーはかなり年上で、俺よりアキラさんの方に歳は近い。 

俺たちを笑顔で中に招き入れたアキラさんは、飲み物を取りにキッチンの方へ行くとき日本語で、「なんだよジニー、俺がお前のこと好きだったんだぞ」と言って、俺の方を見て苦笑いをした。

“What, Akira? Hey, what did he just say?”
いやだ、言わない。 アキラさん、そうだったの? ごめん。 でもアキラさん、アンタ十分モテるからいいじゃん。 



毎日変化に富み、刺激的。 自分自身の成長をメキメキと音を立てるように肌で感じることの出来る。 そう言う時期を青春と呼ぶなら、その時期がまさにそれだった。

高校時代を陰鬱と過ごした俺にとって、遅れて来た春はまさに最高だった。
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