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大洲 桂

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1. クラシフィケーション

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1983年春

俺の直ぐ後ろの席にはイカついヤンキーが座っている。 中学の頃から喧嘩が強く有名で、同じ学年はおろか上の学年からも一目置かれていたヤツだ。 上唇の端に中学のときの喧嘩でできたであろキズ跡があり、ただならぬ怪物ごときオーラを放っている。

俺のクラスには、この怪物君以外にヤンキーっぽいヤツはいない。 それは珍しいことで、他のクラスには少なくとも5~6人はヤンキーがいる。 ヤンキー率30%以上。 低偏差値公立高校ではそっちの方が普通なのだろう。

もし、ヤンキー率をクラス分けの基準としてたなら、おそらく『頭数』ではなく『戦闘力』で分けられたのではないか。 うん、この怪物君ならひとりで並のヤンキー5~6人の戦闘力はありそうだ。

しばらく観察してわかったが、この学校の校内の男子を大きくグループ分けすると、『ヤンキー』『野球部』『オタク』にしか分けられない。 

この学校の野球部は強くて有名なので他の学区からも来る。 彼らの生活は他の生徒たちとはちょっと違っていたので別枠だ。 彼らを除くと、あとはヤンキーかオタクしかいない。 

後ろの怪物君は、「なあ、一緒にクラスの番はろうぜ」と俺を誘ってきた。 

クラスでひとりしかいないヤンキー怪獣は、仲間を求めたがった。 俺に同じ匂いを感じたのだろうか。 失礼なヤツだ。 下品なヤンキーと一緒にすんな。 

俺は中学では上げていた前髪をおろして、学ランも裏地に龍の刺繍が入ったものをやめて普通のものにしている。 野暮ったいヤンキーファッションとはおさらばして、高校では普通に青春したいと思っている。

とは言うものの、俺自身入学式から2週間以上経ってもまだ自分の属性がハッキリしてない。 野球部に入るつもりは毛ほどもないし、オタクでもない。 かといって、短ランにボンタンというあの下品な格好で『ヤンキー』というカテゴリーでまとめられるのはまっぴらだ。 

軽いアイデンティティクライシス。 人は、何かのグループに所属することでしか自分の存在を確認できないのだろうか。 この学校に俺が所属すべきグループが存在しない。 だとすると俺はおそらく入る高校を間違えた。 これは悩ましい事実だ。 

後ろの怪物君の申し出に対しては、とりあえずクールに「あ? ああ」ぐらいな返事で茶を濁すことにしよう。 彼とツルむことは、ヤンキーならこれ以上ないぐらいのメリットがありそうだが、俺はヤンキーではない。

ところが、しばらくすると彼はいつのまにか学校に来なくなった。 
どうも聞いたところによると、バイクで単独事故を起こして入院したらしい。 さすがの怪物君もガードレールとの喧嘩には勝てなかったようだ。 
その上無免許だったようで、あっさり学校をクビにされた。 
かくして、このクラスにヤンキーはいなくなったのだった。





ある日の休み時間、ヤンキーのいなくなったこの教室に、他のクラスの二人組ヤンキーが乱入して来た。 

そのうち一人は、中学の時サッカー部の交流試合で何度か見た顔だ。 あいつ、ヤンキーだったのか。 それとも高校デビューか。 いずれににしろサッカーはやめたんだな。 まあ、それは俺も一緒だが。 

もうひとりの方は明らかに一年生とは雰囲気の違う、ダブってひとつ年上の前歯の欠けた『ベテラン』ヤンキーだ。

事故って入院した怪物君の不在を知って他のクラスのヤンキー連中が進出してきやがった。 彼が言っていた「クラスの番を張る」とは文字通り「番人を務める」と言うことで、その番人の留守を狙ってよそ者が侵略しにきたのだ。

「ヨーシお前ら、チョードいい、ひとりシャクエンづつよこシェ。」

ヤンキー2人組は、窓際で固まってガンダムの話で盛り上がっていたオタクグループに水を差した。

オタクグループは、「仕方ないな」ってな感じで顔を見合わせながら、一人づつ金を出しはじめたが、そのうちひとりが軽く抵抗を示した。「な、なぜ我々がお宅達に金を払わねばならないでござるか?」

すると、歯抜けヤンキーがいきなりそのござる君を殴った。 殴られたござる君は鼻血を出した。 
「黙って金を出すでござる!」

歯抜けヤンキーは鼻血を出しているやつからは1000円巻き上げ、元サッカー部ヤンキーは甲高い声で笑った。

金の徴収を終え、元サッカー部ヤンキーが教室を出る際、振り返って先を行く歯抜けヤンキーの後ろ姿を指差し「コイツバカだから、ゴメンな」みたいなジェスチャーをした。

同じカスのくせに、一方を悪者にして自分はいい奴ぶる。 カス中のカスだな。 
金を巻き上げられた連中も連中で、殴られたござる君以外は引き攣った愛想笑いをした。 気持ち悪いな。 


翌日、2人組がまた来た。 そして前日と同じように金の徴収をはじめた。 前日鼻血を出したござる君がまた抵抗して、歯抜けヤンキーに殴られはじめた。 ござる君はオタクにしては根性があるが、所詮ヤンキーに力で勝てない。

歯抜けヤンキーは、まるでマンガから出てきた様な典型的雑魚キャラヤンキーだ。 ひとつ年上なのに同じ学年にいることを恥じるどころか威張っている。 

そんなバカが、オタクとはいえ同じクラスメートをいいように小突き回して金を巻き上げているのを見て無性に腹が立ってきた。 もしかしたら、一緒に番をはろう、と俺を誘った怪物君に対する義理みたいなものを少し感じたのかもしれない。 

俺は気がついたらその歯抜けヤンキーを殴っていた。 

元サッカー部は、無表情で何もせず、ただ俺が歯抜けヤンキーをボコるのを見ていた。 そして、そいつは俺がボコり終えた歯抜けヤンキーを支えるようにして教室から出ていく際、振り返りざまに無表情で俺を見て、「あーあ、知らねえよ」と言わんばかりの顔をし、何も言わずに出て行った。

オタク連中から礼の言葉はない。 俺から目を逸らしている。 まあそんなもんだろう。 彼らにとって俺は属性のハッキリしない得体のしれない存在。 俺の方も別に連中からの礼を期待してやったわけでもない。 


その日の放課後、俺が帰ろうとしていると元サッカー部ヤンキーが来た。 教室にはもう誰もいない。 オタクは帰り、野球部は練習へ行った。 
「ワリイけど、来てくれる? Yさんが呼んでっから」
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