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1 雪と灰のなかの婚姻
凍りつく世界のなかで ④
しおりを挟む「……デイミオン」ようやく、かすれた声がそう呟くのが聴こえた。片手で顔を持ちあげるが、灰色の目はうつろだった。
「リアナ、私のつがいの相手はおまえだ。おまえがいなければ王も王国もない。わかるな?」
リアナは、魂が抜けたように頼りない顔でうなずいた。デイミオンも泣き笑いのような笑みを返した。「……いい子だ」
それから、凍るまつげにふちどられた彼女の目を、自分の手のひらで覆った。「目を閉じて、口を開けて」
彼女は言われたとおりにした。
「飲むんだ」
口のなかに直接そそぎこんだものが、素直に飲み下された。デイミオンは苦痛にしかめた顔が見えていないことを祈った。
「温かいわ」彼女が呟いた。「甘い」
恐る恐る手をはずすと、開かれた目は元の色に戻っていた。デイミオンは詰めていた息を吐いた。
一か八かの賭けだ、と彼に言われていた。事態がより悪化する可能性もあったが、藁にもすがる思いだったのだ。
この処置が効いたということは、彼女がデーグルモールであるということはもはや疑いがなかった。そのことを知って絶望する一方で、もし本当にデーグルモールなら、ヒトの心臓が止まっているはずだとも思う。瞳の色も戻るはずがない。前にも〈生命の紋〉はあらわれ、一度は消えた。これらは、彼女がまだ完全には変容していないことを示しているのではないか?
「希望はある」彼は自分に言い聞かせるように呟いた。
スミレ色に戻った瞳から、思い出したように、涙がぽろぽろとこぼれた。それと同時に、〈呼ばい〉が強く戻ってきたのを感じる。鼓動が弱いので、体温を分け与えるように抱きなおす。
「わたし、きっともう死んでいたんだわ」リアナは涙声でそう告げた。「里が襲われたときに。あのときに死んで、そしてデーグルモールに……」
「おまえは生きている」かぼそい背中をさすり上げる。どれほどの涙でも、感情の抜け落ちたようなさっきまでの様子よりははるかに良かった。安堵のあまり、彼までもが涙声になった。
「竜の心臓も、ヒトの心臓も動いているんだ。デーグルモールのはずがない。俺が証明してやる。五公にも、誰にも、何も言わせない」
「なにもかも凍ってしまうの」
「そのたびに融かせばいい」
「ヒトの食事が食べられないの。なにも食べなくても動けるの。でも、気づいたら、生きたネズミを――」
「何を食べていてもいい」
「希望はある」彼は繰りかえした。「フィルバートが持って帰ったものだ」
「フィルが……」
腕のなかのリアナが、なにごとかを忙しく考えはじめたのがわかった。いつもの彼女のように。「フィルは無事なのね?」
「ああ。この城のなかにいる」
ため息とともに、彼女が力を抜くのが感じられた。「よかった……」
「必ず方法があるはずだ。絶対に探してみせる……だから、リア、生き延びてくれ。おまえのためだけじゃない、俺のために。『もう死んでいる』なんて、二度と口にするな」
リアナは彼を見上げ、うなずいた。「わかったわ」
「いい子だ」湿ったままの金髪に唇を押しあてる。「夜にはここを出る。支度をするんだ」
外では、夜の帳が降りようとしていた。
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