リアナ3 約束の王国

西フロイデ

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1 雪と灰のなかの婚姻

凍りつく世界のなかで ③

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 扉に手をかけると、簡単には開かないことがわかった。金属のノッカーが冷えきっている。空気中の水分が凍って、扉の隙間を閉じてしまっているのだ。デイミオンは手に力を込め、アーダルの炎を吹きつけた。ぽたぽたと水が漏れ、あっという間に床が水浸しになった。足を踏んばってさらに力を込めると、水が泡立って蒸発し、湯気となってあたりに広がる。腹に力を入れたせいなのか、氷が融けていくとともに、傷の痛みが激しくなった。薬が切れてから痛みだしていた傷口が、いよいよ開いてしまったのではないかと思うほどの激痛だった。
 兵士たちの叫びが聞こえたが、黒竜大公はかまうことなく扉を押し開けた。中からは一瞬、すさまじい冷気が漏れたが、デイミオンがなかに姿を消すと扉が閉まり、あたりには静けさが広まった。

 部屋のなかは冬の王国のようだった。すべてが白くきらめいていて、そのせいで広さの見当がつかなくなっている。なにもかもがうっすらと雪で覆われているようで、窓もタペストリーも家具も、本来あるはずのものがほとんど存在感をなくしていた。雪が降り、ものが凍るときの、ささやくような音が聞こえる。空気を吸い込むと、傷ついた肺がしびれるほど冷たかった。デイミオンは荒く息をつき、彼女を探した。

「入らないで」
 部屋の奥から、あるかなきかの声がした。デイミオンはよろめきながら近づく。床が凍っているせいで滑り、無様に転ぶさまは、〈黒竜大公〉と呼ばれる青年とは思えなかった。立ちあがり、腹部をおさえてうめき、また近づく。吐きだされた息が、白い煙のようにたなびいては消えた。

「来ないで……」
 床の一部が盛りあがって鋭い氷柱となり、彼の行く手を阻んだ。かまうことなく前に進む。氷柱が結晶のように花開くなかに、彼女がいた。
 キィンと高い音が響き、氷の剣が風を切って迫ってきた。デイミオンは避けなかった。アーダルの炎が、それを一瞬で白いもやに変えるさまを、リアナの灰色の目がぼんやりと追った。
 デイミオンは彼女だけを見ていた。その異形の姿を。
 髪はもつれたまま凍り、白かったはずのドレスは灰色に薄汚れている。だがそれよりも、露出した肌のほぼすべてを覆う、呪われた樹木のような黒い紋様が目を引いた。唇が拒絶の形に動いたが、そのときにはもう彼の腕のなかに閉じ込められていた。
「リアナ」
 彼女とともに、なかば床にくずおれるようにしながら、何度も名前を呼んだ。「大丈夫だ、もう大丈夫だから……」
 なにが大丈夫なのか自分でもわからなかったが、ただ、そう繰りかえした。

 二人はそのまま、しばらく無言で抱きあっていた。イーゼンテルレの、あの温室の輝きはどこにもなく、二人とも傷ついて、ぼろぼろだった。海に投げ出され、溺れないように互いにしがみついているかのような抱擁だった。
 
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