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終章 戴冠式
エピローグ 里の真実とフィルの嘘 2
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「俺は林のなかにいて、襲撃の瞬間は見ていませんでした」
できるだけ衝撃をあたえないように、事務的に言う。
「あの湖にいたのは、しばらく内偵して成人の儀のことを知っていたから……最初からあなた一人を守るつもりでした。でも襲撃のあとを改めれば、何が起こったかはわかります。兵士ですから……」
「どうして?」
どうして秘密にしていたのか、とその声は問うている。あるいは、どうして彼女一人を守ったのかと。
フィルはエリサ王と里長の誓約書を手にした。
「あなたに知ってほしくなかった。子どもたちの半数を殺したのは、たしかに里長だと思います。……貴重な能力者を、敵の――人間側の戦力として渡さないために、それは里をひらいたときに彼自身がエリサ王と交わした誓約でした。
先の戦争が終結したころ、竜騎手たちの一部が戦いに倦み疲れ、軍を離れて静かに暮らしたいと王に願い出たのが、〈隠れ里〉のはじまりでした。人間の女性と恋仲になった竜騎手たちがいたのだと言われています。
王との約束を守ることが、ライダーとしての里長の最後の矜持だったのです。あなたには狂気の沙汰に思えるでしょうが……」
リアナは両手で顔を覆ったまま、くぐもった声で「あなたが知っていることを、全部教えて」と言った。
フィルは一呼吸ぶんだけためらってから、語りだした。
「遺体の状況からの推測ですが、里長を殺したのは、里の人間――あなたの言う、パン屋のロッタではないかと思います。
おそらくは子どもたちをそれ以上殺させないために、彼を止めるためにとっさに殺したのでしょう。そして残った数名の子どもたちを森へ逃がした――それが正しかったかどうかわかりません。結果として彼らはデーグルモールに捕らえられ、そして今回また連れ去られてしまった。
ロッタの最期は……
めちゃくちゃに切りつけられていたことを覚えていますか? ひどく破損して、腕が黒焦げになっていたことを? 近くに黒焦げの遺体がありましたね? おそらくこうです。
デーグルモールのグループにライダーは一人。そして複数のコーラーがいたのだと思います。
生き残りの子どもたちをまとめて連れ去るため、コーラーと数名の兵士が囲うようにして追い立てていました。
そこにロッタが現れて……
コーラーめがけて斬りこんでいったのです。おそらく一気に剣の間合いに入り、相手が剣を抜かざるを得ないように仕向けた。……そして、どうにかしてお互いの血を流し……その血をさかのぼって逆に黒竜ごと支配した。
彼にはそれができた。彼は黒竜のライダーだからです。
黒竜の新たな主となったロッタは、彼に連なるすべてのコーラーを自分ごと焼きつくしました……」
それは、理屈の上では、デイミオンがケイエでやったことと似ていた。
黒竜アーダルがオンブリアの第一の竜と呼ばれるように、ライダーとコーラーには力の上での明確な序列がある。
一刻も早くケイエに到着するためにアーダルを置いてきたデイミオンは、そのもともとの序列を利用して、その場にいたすべての黒竜の力をつないで広範な消火活動を成功させた。
ロッタも同じことをしたのだ。ただし、序列の定まっていない、敵の黒竜のライダーに対して。それは、ライダーたちの間では禁じ手として知られている方法なのだとデイミオンが説明したそうだ。
リアナは、紙の上に目を落とし、よく知った名前と見知らぬ家名の組みあわせを見つめた。
ウルカ・テネン=スヴァット。黒竜の竜騎手。契約竜、イーダ。
ロッテヴァーン・ハルコン。黒竜の竜騎手。契約竜、アウローラ。
ロッタが、ロッタこそ、彼女が不思議に思っていた、『里の二人目のライダー』だったのだ。
「わたしのために、虫かごを開けてくれるほど優しかったのに」
リアナの声は乾いて、平坦だった。「二人とも、子どもを大事にしすぎて女衆にからかわれるくらいだったのに」
それでも、一人は子どもたちの半数をみずからの手で殺し、もう一人は盟友のはずのライダーを殺したのか。
目のふちが赤くなっていたが、涙は見えなかった。おそらく、一人の夜に何度も泣いたのだろうとフィルは思った。ときには、涙が涸れることがある。
「調べないでほしかったんです」
言わずにおくつもりだった本音が、ついこぼれた。
「あなたが答にたどり着かないことを祈っていました。あまりに悲惨だし――彼らがそれを望んでいないと思ったんです。俺は傲慢ですね」
できるだけ衝撃をあたえないように、事務的に言う。
「あの湖にいたのは、しばらく内偵して成人の儀のことを知っていたから……最初からあなた一人を守るつもりでした。でも襲撃のあとを改めれば、何が起こったかはわかります。兵士ですから……」
「どうして?」
どうして秘密にしていたのか、とその声は問うている。あるいは、どうして彼女一人を守ったのかと。
フィルはエリサ王と里長の誓約書を手にした。
「あなたに知ってほしくなかった。子どもたちの半数を殺したのは、たしかに里長だと思います。……貴重な能力者を、敵の――人間側の戦力として渡さないために、それは里をひらいたときに彼自身がエリサ王と交わした誓約でした。
先の戦争が終結したころ、竜騎手たちの一部が戦いに倦み疲れ、軍を離れて静かに暮らしたいと王に願い出たのが、〈隠れ里〉のはじまりでした。人間の女性と恋仲になった竜騎手たちがいたのだと言われています。
王との約束を守ることが、ライダーとしての里長の最後の矜持だったのです。あなたには狂気の沙汰に思えるでしょうが……」
リアナは両手で顔を覆ったまま、くぐもった声で「あなたが知っていることを、全部教えて」と言った。
フィルは一呼吸ぶんだけためらってから、語りだした。
「遺体の状況からの推測ですが、里長を殺したのは、里の人間――あなたの言う、パン屋のロッタではないかと思います。
おそらくは子どもたちをそれ以上殺させないために、彼を止めるためにとっさに殺したのでしょう。そして残った数名の子どもたちを森へ逃がした――それが正しかったかどうかわかりません。結果として彼らはデーグルモールに捕らえられ、そして今回また連れ去られてしまった。
ロッタの最期は……
めちゃくちゃに切りつけられていたことを覚えていますか? ひどく破損して、腕が黒焦げになっていたことを? 近くに黒焦げの遺体がありましたね? おそらくこうです。
デーグルモールのグループにライダーは一人。そして複数のコーラーがいたのだと思います。
生き残りの子どもたちをまとめて連れ去るため、コーラーと数名の兵士が囲うようにして追い立てていました。
そこにロッタが現れて……
コーラーめがけて斬りこんでいったのです。おそらく一気に剣の間合いに入り、相手が剣を抜かざるを得ないように仕向けた。……そして、どうにかしてお互いの血を流し……その血をさかのぼって逆に黒竜ごと支配した。
彼にはそれができた。彼は黒竜のライダーだからです。
黒竜の新たな主となったロッタは、彼に連なるすべてのコーラーを自分ごと焼きつくしました……」
それは、理屈の上では、デイミオンがケイエでやったことと似ていた。
黒竜アーダルがオンブリアの第一の竜と呼ばれるように、ライダーとコーラーには力の上での明確な序列がある。
一刻も早くケイエに到着するためにアーダルを置いてきたデイミオンは、そのもともとの序列を利用して、その場にいたすべての黒竜の力をつないで広範な消火活動を成功させた。
ロッタも同じことをしたのだ。ただし、序列の定まっていない、敵の黒竜のライダーに対して。それは、ライダーたちの間では禁じ手として知られている方法なのだとデイミオンが説明したそうだ。
リアナは、紙の上に目を落とし、よく知った名前と見知らぬ家名の組みあわせを見つめた。
ウルカ・テネン=スヴァット。黒竜の竜騎手。契約竜、イーダ。
ロッテヴァーン・ハルコン。黒竜の竜騎手。契約竜、アウローラ。
ロッタが、ロッタこそ、彼女が不思議に思っていた、『里の二人目のライダー』だったのだ。
「わたしのために、虫かごを開けてくれるほど優しかったのに」
リアナの声は乾いて、平坦だった。「二人とも、子どもを大事にしすぎて女衆にからかわれるくらいだったのに」
それでも、一人は子どもたちの半数をみずからの手で殺し、もう一人は盟友のはずのライダーを殺したのか。
目のふちが赤くなっていたが、涙は見えなかった。おそらく、一人の夜に何度も泣いたのだろうとフィルは思った。ときには、涙が涸れることがある。
「調べないでほしかったんです」
言わずにおくつもりだった本音が、ついこぼれた。
「あなたが答にたどり着かないことを祈っていました。あまりに悲惨だし――彼らがそれを望んでいないと思ったんです。俺は傲慢ですね」
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