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7 ふたたび、ケイエへ
第38話 失望と、デイミオンの抱擁 1
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その場に残された唯一のデーグルモールは、ゆっくりと死につつあった。
遠目でも、なにか得体のしれない不気味さが感じられた。黒竜とその主人の近くで見たときから違和感があったが、戦闘を終えてみると、異様がはっきりした。
身体は膨張している。肉ではなく、空気でも詰まっているかのようだ。巨大に見えたのは、何本も受けた矢のせいばかりではないということだ。
「殿下、お近づきになってはいけません」ハダルクが警告した。
「デーグルモールは死人であって不死人です。頭を落として、心臓を貫かなければ、いつまでも動き続ける……失礼を」
抜身の剣を下げたハダルクが、ゆっくりと近づいていくのをリアナは見守った。
(デーグルモール?……でも、普通じゃない)
普通の兵士じゃない、と思った。
(仮面をつけていないし――服も着ていない)
普段は隠されている服の下も、すべて刺青で覆われていた。まるで、身体のなかに種があり、そこから邪悪な樹木が枝を張って蔓をのばしているようだ。リアナは自分の腕を確かめずにはいられない。黒い紋様は消えていた。ほっとしていいのかどうかわからない。自分は混乱しすぎているのかもしれない。
彼女は一歩、怪物に近づいた。ハダルクが手でとどめ、剣を構えた。
「殿下」
「待って!」
「情けは――」
「違うの、ハダルク、これは、この人はもしかして――」
「デーグルモールは ヒトじゃありません」
「わ・たし・は・・ちが・う」
それははじめて声をあげた。断末魔、というには、いくらか奇妙な声だった。口ではない器官から、無理やり声を発しているかのような。
「白竜の……おん君」
膨張した身体が、片側にかしぐ。竜騎手の一人から、「ひっ」という押し殺した悲鳴がもれた。
かれらに直視できなかったとしても、リアナは それをじっと見つめた。毛髪が抜け落ち、血管が浮きあがり、眼球が腫れあがってはいるが、たしかにもとは人間――あるいは、竜族であった名残がある。
「わたしは、ゼンデン家のエリサの娘リアナ。オンブリアの今の王よ」
リアナは毅然とした声を作った。
「あなたの王の命令に答えなさい。名は?」
「アナ……アエル」
たしかに、竜族の名だ、とリアナは思った。「質問は三つよ。デーグルモールは子どもたちをどこに連れ去っているの? ケイエへの侵入経路は? あなたはなぜそのような姿になったの? 答えなさい、アナアエル」
むき出しの眼球が、独立した生き物のようにはげしく動いた。ごきっ、ぎぎっ、と化け物じみた音がする。身体の内部で、骨が折れて組み替えられているかのような音だ。数秒の沈黙は、なんとか理性をかき集めようというアナアエルの試みだったらしい。
「一つ目は、わからない」と悲しげに答えた。
「彼ら・・には、都がある。竜族の国・では・ない……不死者・たちの……都が。だが、そこには行っていない」
びちゃっ。さばいた肉を床に落としたような音がする。
「王よ、わたしがこのような・あさましい・姿になったのは……今しがた」
ごぷっ。喉から漏れ出る音で、会話が途切れた。が、アナアエルは必死に続ける。
「このケイエで、〈竜族の心臓〉を・移植され・いまわたしは・『変容』している」
遠目でも、なにか得体のしれない不気味さが感じられた。黒竜とその主人の近くで見たときから違和感があったが、戦闘を終えてみると、異様がはっきりした。
身体は膨張している。肉ではなく、空気でも詰まっているかのようだ。巨大に見えたのは、何本も受けた矢のせいばかりではないということだ。
「殿下、お近づきになってはいけません」ハダルクが警告した。
「デーグルモールは死人であって不死人です。頭を落として、心臓を貫かなければ、いつまでも動き続ける……失礼を」
抜身の剣を下げたハダルクが、ゆっくりと近づいていくのをリアナは見守った。
(デーグルモール?……でも、普通じゃない)
普通の兵士じゃない、と思った。
(仮面をつけていないし――服も着ていない)
普段は隠されている服の下も、すべて刺青で覆われていた。まるで、身体のなかに種があり、そこから邪悪な樹木が枝を張って蔓をのばしているようだ。リアナは自分の腕を確かめずにはいられない。黒い紋様は消えていた。ほっとしていいのかどうかわからない。自分は混乱しすぎているのかもしれない。
彼女は一歩、怪物に近づいた。ハダルクが手でとどめ、剣を構えた。
「殿下」
「待って!」
「情けは――」
「違うの、ハダルク、これは、この人はもしかして――」
「デーグルモールは ヒトじゃありません」
「わ・たし・は・・ちが・う」
それははじめて声をあげた。断末魔、というには、いくらか奇妙な声だった。口ではない器官から、無理やり声を発しているかのような。
「白竜の……おん君」
膨張した身体が、片側にかしぐ。竜騎手の一人から、「ひっ」という押し殺した悲鳴がもれた。
かれらに直視できなかったとしても、リアナは それをじっと見つめた。毛髪が抜け落ち、血管が浮きあがり、眼球が腫れあがってはいるが、たしかにもとは人間――あるいは、竜族であった名残がある。
「わたしは、ゼンデン家のエリサの娘リアナ。オンブリアの今の王よ」
リアナは毅然とした声を作った。
「あなたの王の命令に答えなさい。名は?」
「アナ……アエル」
たしかに、竜族の名だ、とリアナは思った。「質問は三つよ。デーグルモールは子どもたちをどこに連れ去っているの? ケイエへの侵入経路は? あなたはなぜそのような姿になったの? 答えなさい、アナアエル」
むき出しの眼球が、独立した生き物のようにはげしく動いた。ごきっ、ぎぎっ、と化け物じみた音がする。身体の内部で、骨が折れて組み替えられているかのような音だ。数秒の沈黙は、なんとか理性をかき集めようというアナアエルの試みだったらしい。
「一つ目は、わからない」と悲しげに答えた。
「彼ら・・には、都がある。竜族の国・では・ない……不死者・たちの……都が。だが、そこには行っていない」
びちゃっ。さばいた肉を床に落としたような音がする。
「王よ、わたしがこのような・あさましい・姿になったのは……今しがた」
ごぷっ。喉から漏れ出る音で、会話が途切れた。が、アナアエルは必死に続ける。
「このケイエで、〈竜族の心臓〉を・移植され・いまわたしは・『変容』している」
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