41 / 80
5 王都タマリス
第30話 エピファニー 1
しおりを挟む
〈継承の儀〉を終えた翌日。
リアナとフィルは、再び〈御座所〉に来ていた。ただし、今回は竜騎手の護衛はなく、公式の訪問でもない。
書庫で出会った少年、ファニーに会いに来たのだった。
前回の訪問で、〈御座所〉に新しい王として認められたその後。
リアナは、王太子という自分の立場をこの少年に打ち明けることにした。王城までやってきたのは、そもそも王になるためではない。目的は自分が育った〈隠れ里〉の襲撃の真相について調べることと、そして自分の出自について知ること、だ。王城では教えてくれそうな人を見つけられなかったし、掬星城には書籍そのものがほとんど見当たらなかった。史料類のほとんどはここ、〈御座所〉の書庫に収められている。そして、青の神官たちは驚くほどその史料に無頓着だったため、思いつく限りでリアナが頼れそうな人物はこの少年だけだったのだ。
幸い、少年は「なるべく貴族扱いをしないでほしい」という彼女の願いを聞いてくれたので、フィルの護衛付きとはいえ、こうやって気軽に訪ねることができるようになった。
「あの水びたし、最初は、アーシャ姫がやったんじゃないかと思ったのよね」
ファニーと名乗った少年を前に、リアナはまず、そう切り出した。
「青の乗り手の総元締めはエンガス卿とアーシャ姫なわけでしょ。〈御座所〉にいる神官たちは、その部下みたいなものだろうし」
「嫌がらせされる心当たりが?」
「むっちゃある」
アーシャ姫の父エンガス卿は、五公会でデイミオンとともに彼女の譲位を認める側についていた。アーシャ姫との婚約関係からも、両者の間に政治的つながりがあることは明白だ。
しかも、アーシャ姫にはなぜか個人的にも嫌われている。今朝も今朝とて、「王太子ともなると、お忙しくていらっしゃるのね……まあ、眉の上に吹き出物が」などと地味に腹立たしい指摘をしてきた。なぜ王城にいるのかと尋ねれば、「デイミオン卿と野掛けに行く約束ですの」とにこやかに返してくる。リアナを羨ましがらせたい意図が透けて見えたが、残念ながら歯噛みして悔しがる要素はひとつもない。サンドイッチを二口で食べたあと、「景色も見たし帰る」と言いかねないのがリアナの知るデイミオンだ。
「……でも、それだとちょっと弱いのよね、『新米の王太子に陰湿な嫌がらせをする姫君』としては。儀式そのものは何事もなくスムーズに終わったし。あれが嫌がらせなら、そもそも間近で見てないと面白くないわけだけど、アーシャ姫はあの場にいなかったし」
リアナが視線を送ると、ファニーは感情の読み取りづらい微笑みを浮かべた。
「そうだよ。儀式の間を水びたしにしたのは、僕」
あっさりと首肯して、「理由は? どう推測した?」と続けた。
「それは……」
リアナは考え考え言った。
「竜騎手たちに竜術を使わせるための口実を作った。神官たちには、床を乾かす術は使えないから、黒の竜騎手たちに頼むだろうと思った……たぶん、あの部屋にはある種の竜術を防ぐような別の術がかかっていたんじゃないの? わたしが継承の儀式に失敗するような、なにかの術……だからハダルクたちに竜術を使わせないようにしていた……本当の嫌がらせは、そっち?」
憶測混じりの推論でしかなかったが、少年は「そうそう」と満足げだ。
「あの部屋にかかっていたのは、君の〈呼ばい〉を妨害するような通信兵の術。あれがそのままだったら、君は託宣を得るのに失敗したかもしれない。
それほど強い術じゃなかったから、解除するのは難しくないんだけど、術を使ったのを知られたくなかったんだ。この神殿で、黄の竜騎手たちは冷遇されているからね……それに、君とああやって話す場を作ることもできたし」
「あなたは、黄の竜騎手……」
人文と天文学を司る、黄の竜術士たち。少しばかり竜術の勉強をした今ではわかるが、オンブリアでは地味な存在と言える。もともと、長命な竜族は知識の伝承に人間ほど熱心ではなく、学術的な研究よりも詩や歌を好む傾向にある。さらに、エリサ王の時代に黄の竜騎手たちに大きな不祥事があったとかで、排斥される傾向がさらに強まったのだとか。
冷遇に耐えかねて吟遊詩人や暦読み、占い師などに職替えした文官たちもいるという。そんなふうに、いくらか風通しの良くなった黄の竜術士のなかに、名家の後ろだてもない孤児ながら、めきめきと頭角を現す一人の少年がいた。小柄だが負けん気と知的好奇心の強い彼は、周囲が勝手に名付けた名を拒否して、みずからを〈知の顕現〉と呼ぶようになった――そう、ファニーは自身の来歴を説明した。
リアナとフィルは、再び〈御座所〉に来ていた。ただし、今回は竜騎手の護衛はなく、公式の訪問でもない。
書庫で出会った少年、ファニーに会いに来たのだった。
前回の訪問で、〈御座所〉に新しい王として認められたその後。
リアナは、王太子という自分の立場をこの少年に打ち明けることにした。王城までやってきたのは、そもそも王になるためではない。目的は自分が育った〈隠れ里〉の襲撃の真相について調べることと、そして自分の出自について知ること、だ。王城では教えてくれそうな人を見つけられなかったし、掬星城には書籍そのものがほとんど見当たらなかった。史料類のほとんどはここ、〈御座所〉の書庫に収められている。そして、青の神官たちは驚くほどその史料に無頓着だったため、思いつく限りでリアナが頼れそうな人物はこの少年だけだったのだ。
幸い、少年は「なるべく貴族扱いをしないでほしい」という彼女の願いを聞いてくれたので、フィルの護衛付きとはいえ、こうやって気軽に訪ねることができるようになった。
「あの水びたし、最初は、アーシャ姫がやったんじゃないかと思ったのよね」
ファニーと名乗った少年を前に、リアナはまず、そう切り出した。
「青の乗り手の総元締めはエンガス卿とアーシャ姫なわけでしょ。〈御座所〉にいる神官たちは、その部下みたいなものだろうし」
「嫌がらせされる心当たりが?」
「むっちゃある」
アーシャ姫の父エンガス卿は、五公会でデイミオンとともに彼女の譲位を認める側についていた。アーシャ姫との婚約関係からも、両者の間に政治的つながりがあることは明白だ。
しかも、アーシャ姫にはなぜか個人的にも嫌われている。今朝も今朝とて、「王太子ともなると、お忙しくていらっしゃるのね……まあ、眉の上に吹き出物が」などと地味に腹立たしい指摘をしてきた。なぜ王城にいるのかと尋ねれば、「デイミオン卿と野掛けに行く約束ですの」とにこやかに返してくる。リアナを羨ましがらせたい意図が透けて見えたが、残念ながら歯噛みして悔しがる要素はひとつもない。サンドイッチを二口で食べたあと、「景色も見たし帰る」と言いかねないのがリアナの知るデイミオンだ。
「……でも、それだとちょっと弱いのよね、『新米の王太子に陰湿な嫌がらせをする姫君』としては。儀式そのものは何事もなくスムーズに終わったし。あれが嫌がらせなら、そもそも間近で見てないと面白くないわけだけど、アーシャ姫はあの場にいなかったし」
リアナが視線を送ると、ファニーは感情の読み取りづらい微笑みを浮かべた。
「そうだよ。儀式の間を水びたしにしたのは、僕」
あっさりと首肯して、「理由は? どう推測した?」と続けた。
「それは……」
リアナは考え考え言った。
「竜騎手たちに竜術を使わせるための口実を作った。神官たちには、床を乾かす術は使えないから、黒の竜騎手たちに頼むだろうと思った……たぶん、あの部屋にはある種の竜術を防ぐような別の術がかかっていたんじゃないの? わたしが継承の儀式に失敗するような、なにかの術……だからハダルクたちに竜術を使わせないようにしていた……本当の嫌がらせは、そっち?」
憶測混じりの推論でしかなかったが、少年は「そうそう」と満足げだ。
「あの部屋にかかっていたのは、君の〈呼ばい〉を妨害するような通信兵の術。あれがそのままだったら、君は託宣を得るのに失敗したかもしれない。
それほど強い術じゃなかったから、解除するのは難しくないんだけど、術を使ったのを知られたくなかったんだ。この神殿で、黄の竜騎手たちは冷遇されているからね……それに、君とああやって話す場を作ることもできたし」
「あなたは、黄の竜騎手……」
人文と天文学を司る、黄の竜術士たち。少しばかり竜術の勉強をした今ではわかるが、オンブリアでは地味な存在と言える。もともと、長命な竜族は知識の伝承に人間ほど熱心ではなく、学術的な研究よりも詩や歌を好む傾向にある。さらに、エリサ王の時代に黄の竜騎手たちに大きな不祥事があったとかで、排斥される傾向がさらに強まったのだとか。
冷遇に耐えかねて吟遊詩人や暦読み、占い師などに職替えした文官たちもいるという。そんなふうに、いくらか風通しの良くなった黄の竜術士のなかに、名家の後ろだてもない孤児ながら、めきめきと頭角を現す一人の少年がいた。小柄だが負けん気と知的好奇心の強い彼は、周囲が勝手に名付けた名を拒否して、みずからを〈知の顕現〉と呼ぶようになった――そう、ファニーは自身の来歴を説明した。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。
しげむろ ゆうき
恋愛
男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない
そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった
全五話
※ホラー無し
【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました
さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。
私との約束なんかなかったかのように…
それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。
そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね…
分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!
そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
【完結】身を引いたつもりが逆効果でした
風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。
一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。
平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません!
というか、婚約者にされそうです!
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした
さこの
恋愛
幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。
誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。
数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。
お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。
片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。
お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……
っと言った感じのストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる