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5 王都タマリス
第29話 試される王 2
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細く、薄暗い通路が、どこか隠れ里の洞窟を思わせる建物だ。ただ、生活感がないあたりが神殿らしいといえば、そう言えるかもしれない。外観から中の想像がつきにくいものの、王城に比べればはるかに小さな建物であることは間違いない。
(もしかして、あの力が使えないかな)
誘拐された先の廃城でデイミオンから習得した、足もとの網目のようなもの。あれが使えたら、建物の広さや、人員の配置が分かりそうな気がする。
(竜騎手たちもいるし、心配はないんだろうけど……)
建物の安全を確認したいのは、もはや習い性になっていた。長い通路を歩かされる間の暇つぶしにもなりそうだ。
(空気が澱んでいて、風がほとんどない。でも、どこかに必ず空気の流れる道があるから……)
その道を、そっと探す。五感だけでなく、足もとの石材と、さらにその下の地面にも知覚を伸ばしていく。廃城の牢でやったのと、やり方は変わらないが、二回目だから前よりもスムーズだ。
(すこしコツがわかってきたかも)
リアナは嬉しくなった。(流れが大事なんだわ。温度を上げるときの、温まった空気の動き。地面のなかの水の流れ)
これが竜、つまりレーデルルの力によるものなのは間違いないが、黒竜やほかの竜でも同じようなものなのだろうか、とふと思った。少なくともグリッドに関しては、ほぼどのライダーも使えるように見える。
儀式の間に足を踏み入れる頃には、建物の構造がだいたい理解できていた。だが、肝心の儀式とやらのほうはさっぱり予想がつかなかった。どちらにしても、自分ができることは限られているのだし、相手にまかせておくほかないのだが――
「お入りくださ……」
開いた扉に向かって、そう口にしかけた副神官長が絶句した。
「なんだこれは!?」
リアナは神官の影から、部屋のなかを覗いた。
思ったより広くはない。儀式の間というより、応接にでも使われそうな、ごく普通の小部屋に見える。護衛の竜騎手たちが全員入ると狭いだろうなと思わせるくらいの広さだ。調度品はなにも置かれていないが、四隅のひとつにだけ、小さな台のようなものがしつらえてあった。飾り気はなく、長方形の石を、大人の胸の位置あたりで袈裟懸けに鋭利に斬りおとしたようにみえる。宣誓に使う台だろうか。
だが、それよりも。
「水浸しね」
リアナが口にした通り、部屋のなかはくるぶしまで浸かるかというほどの水で覆われていた。
「どういうことだ!?」
疑いもせずに足を踏み入れたテヌーが慌てて足をあげ、背後の神官に怒鳴りつけた。「早く、この水をなんとかしろ! モップでもなんでも持ってこい!」
「雨漏りかしら?」リアナがのんびりと言った。田舎育ちなので、地面が水浸しになるくらいで驚いたりはしないのだ。「大理石って、きれいだけど、水はけが悪いのね」
「そんなはずはありません」副神官長がうなった。
「〈儀式の間〉は、今朝も確認したはずだぞ! そのときはこんな水は……」
「どこか別の部屋でやったら?」
「いえ……継承の儀は神聖な儀式ですから……すぐに準備をいたしますので。殿下と竜騎手の方々は、奥の間でお待ちください。いま、案内を」
まあ、この状態じゃ、儀式どころじゃないわね。
「殿下、あちらで待たせてもらいましょう。身体を冷やしてもいけませんし」と、ハダルクが彼女の背をそっと押した。
どうせ待たされるなら、書庫を見せてほしい。
リアナは案内役の神官にそう頼んだ。サラートから、御座所には建国からの歴史書がたくさん保管してあると聞いたからだ。あまりいい顔はされなかったが、不手際の負い目もあるのだろう、案内してくれることになった。
(もしかして、あの力が使えないかな)
誘拐された先の廃城でデイミオンから習得した、足もとの網目のようなもの。あれが使えたら、建物の広さや、人員の配置が分かりそうな気がする。
(竜騎手たちもいるし、心配はないんだろうけど……)
建物の安全を確認したいのは、もはや習い性になっていた。長い通路を歩かされる間の暇つぶしにもなりそうだ。
(空気が澱んでいて、風がほとんどない。でも、どこかに必ず空気の流れる道があるから……)
その道を、そっと探す。五感だけでなく、足もとの石材と、さらにその下の地面にも知覚を伸ばしていく。廃城の牢でやったのと、やり方は変わらないが、二回目だから前よりもスムーズだ。
(すこしコツがわかってきたかも)
リアナは嬉しくなった。(流れが大事なんだわ。温度を上げるときの、温まった空気の動き。地面のなかの水の流れ)
これが竜、つまりレーデルルの力によるものなのは間違いないが、黒竜やほかの竜でも同じようなものなのだろうか、とふと思った。少なくともグリッドに関しては、ほぼどのライダーも使えるように見える。
儀式の間に足を踏み入れる頃には、建物の構造がだいたい理解できていた。だが、肝心の儀式とやらのほうはさっぱり予想がつかなかった。どちらにしても、自分ができることは限られているのだし、相手にまかせておくほかないのだが――
「お入りくださ……」
開いた扉に向かって、そう口にしかけた副神官長が絶句した。
「なんだこれは!?」
リアナは神官の影から、部屋のなかを覗いた。
思ったより広くはない。儀式の間というより、応接にでも使われそうな、ごく普通の小部屋に見える。護衛の竜騎手たちが全員入ると狭いだろうなと思わせるくらいの広さだ。調度品はなにも置かれていないが、四隅のひとつにだけ、小さな台のようなものがしつらえてあった。飾り気はなく、長方形の石を、大人の胸の位置あたりで袈裟懸けに鋭利に斬りおとしたようにみえる。宣誓に使う台だろうか。
だが、それよりも。
「水浸しね」
リアナが口にした通り、部屋のなかはくるぶしまで浸かるかというほどの水で覆われていた。
「どういうことだ!?」
疑いもせずに足を踏み入れたテヌーが慌てて足をあげ、背後の神官に怒鳴りつけた。「早く、この水をなんとかしろ! モップでもなんでも持ってこい!」
「雨漏りかしら?」リアナがのんびりと言った。田舎育ちなので、地面が水浸しになるくらいで驚いたりはしないのだ。「大理石って、きれいだけど、水はけが悪いのね」
「そんなはずはありません」副神官長がうなった。
「〈儀式の間〉は、今朝も確認したはずだぞ! そのときはこんな水は……」
「どこか別の部屋でやったら?」
「いえ……継承の儀は神聖な儀式ですから……すぐに準備をいたしますので。殿下と竜騎手の方々は、奥の間でお待ちください。いま、案内を」
まあ、この状態じゃ、儀式どころじゃないわね。
「殿下、あちらで待たせてもらいましょう。身体を冷やしてもいけませんし」と、ハダルクが彼女の背をそっと押した。
どうせ待たされるなら、書庫を見せてほしい。
リアナは案内役の神官にそう頼んだ。サラートから、御座所には建国からの歴史書がたくさん保管してあると聞いたからだ。あまりいい顔はされなかったが、不手際の負い目もあるのだろう、案内してくれることになった。
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