15 / 27
第1章:蒼天の神子
第14話:藤薫る都の御曹司
しおりを挟む
「宰相殿!どうかお気をつけて」
「ありがとうございます。そちらこそお気をつけて」
師忠が一礼、続いて保憲が深くお辞儀をし、くるりと翻る。師忠たちを途中まで見送り、彼ははもと来た道を帰った。
「さて、これからどうしましょうか。まだ日没までは時間があるわけですし、京都観光でもしますか?」
保憲が見えなくなったころに、師忠はふっと海人に話しかける。
「京都観光って…そんな場合なんですかね?」
気の抜けたような師忠の言葉に思わず海人はそう返した。しかし師忠の方は、海人の心情を知らずか知っていてあえてなのか、首を傾げて素知らぬ様子のままだ。
「そんな場合とは?」
「いや、昨日襲撃を受けたばっかりですよ?まだあんまり迂闊に出歩かない方がいいんじゃ…」
「そうですねえ…確かに今は戦時中ですし、陽成院もきな臭い動きをしてはいますが、別にこちらが出来ることもないですしねぇ。ここは大きく構えておきましょうよ」
暢気なものだ。丁度昨日屋敷を襲撃された者の発言とは思えない。だが当の師忠はというと、そんなことは大したイベントではないといった感じである。肝が据わっているとかそういう次元ではない。海人は若干引きつつ溜息をついた。
「そんなものですか」
「そんなものですよ。ふふ…おや?」
突然、一羽の鳥が師忠の方に飛んできた。見ると足には何か括りつけられている。
「烏?」
「ええ、日の御子の遣い、賀茂建角身の末裔ですね。差し詰め宮中からのお呼び出しでしょう。ふむ…なるほど」
師忠は烏の足に括りつけられた文を開き、一読したのち、頷く。
「すみません、急用のようです。後は仁王丸と犬麻呂に任せますよ。では」
「えっ、ちょ、待っ…」
師忠が手を振り下ろす。すると彼は空間に吸い込まれるようにして消えていった。師忠が消えるのは海人がこの世界に来てから二度目だが、直接見るのは初めてである。その奇怪な光景に唖然としつつ、突拍子もない師忠の行動に呆然とする。
「あの人いつも突然だな…」
「仕方ありません。だって宰相殿ですから」
「そうだな。もう慣れた」
仁王丸たちはあきれ顔で溜息をついた。もはや咎めようという気も起らないらしい。日々の苦労がうかがえる。
「しかしどうしましょうか。一応宰相殿からは京の町を神子様に案内するよう仰せつかっておりますが…」
「正直京の町を見ておきたい気持ちはあるけど、昨日の今日だからなぁ…まあ、家に引きこもっていても似たようなものか?」
護衛付きで都見物と、場所の割れてる師忠邸でぐーたらの二択で海人は悩む。が、早いうちにこの町に慣れておいた方がよいとの考え、そして純粋な好奇心が最後には勝り、結局彼は仁王丸たちから京都案内を受けることとなった。
******************************
「ここが朱雀大路、都一の大通りです」
一通り、左京の六条辺りから二条辺りの商業地区、公家町、社家町を周った海人たちは、三条の辺りで朱雀大路に出た。
――はえー。この時代でも流石は日本の都。かなり人通りも多いな…
実際、彼の見る現代の街と比べてもそうはないレベルの人通り。そして巨大な街が広がっていた。道の両端には露店が立ち並び、その傍を様々な装束の老若男女が通り過ぎていく。ちらほら時代錯誤な装いの者も混じるが、基本的に誰もが思い浮かべる平安京だ。
「そして南に見えるあの大きな門が羅城門ですね。あそこの内と外とで、都が区画されているといった具合です」
仁王丸が振り返り、指さす。その先にある丹色に彩られた大きな建物。それが羅城門だ。数キロは離れていてもなお目立つその威容に、少年は感嘆した。
――あれが羅生門…じゃなかった、羅城門…芥川の小説では寂れ果ててたけど、やはり全盛期は流石というべきだな。この時代の田舎者があれを見たら卒倒しそうだ。
羅城門に釘付けになる海人。だが、犬麻呂の方はそのまま反対を向いて、彼の肩を叩く。
「神子さん、確かに羅城門もデケェが、そんなんあっちの比じゃねェ。見てみろよ」
犬麻呂の言葉を聞いて、海人は羅城門の反対の方角を向く。その彼の眼に飛び込んできたのは――
「な…!」
「ええ、あれが宮城、平安宮。当代の帝、朱雀帝のおわします宮殿にして皇国の政治・祭祀の中枢。この国の全てがあそこに集約されていると言っても過言ではありません」
羅城門と同じような丹色、しかしそれを遥かに上回る豪壮さと威容、そして規模。柏原帝以来の皇国の頂に立つ者の代々の宮殿が、威風堂々として立っていた。
「あれが…平安宮…?!」
――なんだあれは!?今の京都御所とは比べ物にならないほど鮮やかだし、何より高いしデカい!ええ…マジか…。帝の権威半端ないな…。
その威容に只々圧倒される海人。そんな彼を、犬麻呂はなぜか自慢げな顔で見つめている。そんな犬麻呂に、仁王丸はもはや相変わらずとでもいうべき呆れ顔だ。
そんな呆れ顔でもそれなりに絵になるのだから、整った顔立ちというのはなんとも憎らしい。そんな場違いな感傷を抱いた海人の耳に、何やら向こうの方から怒号が聞こえてくる。
「なんの騒ぎだろ?」
ふと疑問を口にする。そんな彼に、仁王丸は呆れ顔に疲れ顔をプラスしたような表情で答えた。
「ああ、あれですか。恐らくまたどうせ「彩天」一行の家人が何か問題を起こしたのでしょう。まったく、摂政の子息ともあろうお方がああも傲慢では藤家のお先も思いやられますよ…」
聞き捨てならないワードがいくつか仁王丸の口から飛び出す。
――彩天だと!?それに、摂政の子息!?
「彩天…って、あの神子の一人の…!」
「ええ、そうです。金の気脈を司り、天児屋根命の神威を表象する神子。彼の名は――っ!」
そこまで言いかかった時だった。男たちが町人を押しのけ怒号を飛ばす。仁王丸は押しのけられた町人に流され、海人は引き離される。
「仁王丸っ!」
手を伸ばすが届かない。彼女も人混みの中ではどうしようもなくそのまま押し流され、離れ離れになる。
そんな中、海人の真横でも大声が鳴り響いた。
「権中納言藤原朝臣師輔卿のお通りだっ!下種の者ども!道を開けよ!ひれ伏せ、彩天の神子様であるぞ!そこの者、頭が高い!」
大路の人混みが割れ、粗暴な男たちに取り囲まれた豪奢な牛車が現れる。人々は眉を顰め、口々に非難の言葉を並べる。しかし、男たちに睨まれるとバツが悪そうにして足早に去っていった。
「神子さん、大丈夫か!」
犬麻呂が人をかき分け、海人の下に戻ってきた。彼は派手な牛車を憎らし気に睨む。
「相変わらずだな、彩天の野郎は…。わざわざ見せびらかすためだけに大路のど真ん中を突き進んでいきやがる。摂政殿下もとんだバカ息子を持ったもんだぜ」
犬麻呂も「彩天」に対していい印象は持っていないようだ。まあ無理もないだろう。「彩天」のこの大名行列さながらの大行進は迷惑行為以外の何物でもない。
しかし、そんなある意味まっとうな犬麻呂の非難は「彩天」の家人には聞き捨てならないものだった。
「貴様、神子様を侮辱するかっ…!身の程を弁えよ!あのお方は貴様の尺度で測れるような小さな男ではない!恥を知れ!」
家人はものすごい剣幕で犬麻呂を突き飛ばす。が、犬麻呂の方もタダでやられるわけにはいかない。家人の腕を掴み、背負い投げで返り討ちにした。
「ぐっ!!」
「ハンっ!!口の割にその程度かよ!家人がそんなんなら、主人の彩天も宰相殿の足元にすら及ばないな!」
煽るような犬麻呂の口調に、家人たちはヒートアップする。あわや大乱闘となったその時、牛車の御簾が少し上がった。暗くて中はよく見えない。
「…騒々しい。河内、何を遊んでいる?」
御簾の内から声がした。若い男の声だ。張りのある、それでいて落ち着いているような不思議な声色。
その声の主は、犬麻呂が投げ飛ばした家人――河内に非難めいた言葉を浴びせた後、牛車の中から視線だけ犬麻呂の方に向けた。
「貴様が河内を投げ飛ばした愚輩か?」
「そうだが…、彩天の神子サマが一体この俺に何の用だ?」
物怖じせずに犬麻呂は言い返す。直接の主君ではないとはいえ、相手は権中納言、そして「彩天の神子」だ。犬麻呂よりも、さらには師忠よりも身分の高い人物だと思われる。
そんな彼にこのような言葉遣いが許されるはずがないが、御簾の内の「彩天」はわざわざそれを咎めることをしない。ただ、牛車の中から犬麻呂を見下していた。
「なにか言ったらどうだ!」
犬麻呂の問いに答えない彩天にしびれを切らし、彼は声を荒げる。すると、御簾の内で溜息が聞こえた。
「我の家人に手を出しておきながら何の用とは、恥というものを知らぬようだ。実に哀れなり」
「はァ!?先に手ェ出したのはそっちの家人だろうがっ!」
しかし、彩天はそんな犬麻呂の叫びを一笑に付し、冷ややかな態度を取り続ける。そんな時だった。
「――!」
海人は、ふと彩天の視線が自分に向くのを感じた。師忠とは違う、そんな独特の重圧を覚えるその存在感に海人はたじろぐ。
そして御簾の中の人物は一通り海人を眺めたのち、首を傾げた。
「今気付いたが、貴様は何者だ?まさか都のものではあるまい。都人がそのような奇怪な装いをするはずがないからな」
初対面で見た目を小馬鹿にする彩天の態度は海人にとって心地よいものではない。だが、相手が相手だ。海人は犬麻呂のように食って掛かるような真似はせず、穏便に済ませようと努める。
「俺は…じゃなかった、僕は海人。一応――」
再臨の神子という奴らしい、と言いかけて留まる。
――果たしてここでそんな重要情報を開示してしまっていいのか?
そんな疑問が浮かび、暫し悩んだ後
「ある貴人のもとで居候をやっているものだ」
何とも曖昧な回答で逃れることにした。
こんな回答で良かったのかと思いつつ、なにか追及があるかと海人は身構える。だが彩天はというとそれ以上は興味を失ったのか特に何かを聞くようなことはなかった。その代わり、何かを考え込むような仕草を取る。
「…まあ、朝廷が見捨てた佐伯の遺児を救い、養育するような身の程知らずの心内など分かる筈もない」
彩天はそうポツリと呟いた。その言葉に、犬麻呂は苦し気な表情を浮かべるが、今回はなぜか食って掛かることはしない。しかしその一言を海人は聞き逃すことは出来なかった。
「朝廷が見捨てた?それって一体?!」
彩天は海人を見下しながら、ふっ、と微笑んだ。
「そのままの意味よ。あの一族はかつて朝議により見捨てられた。それを決定に反して独断で救おうとしたのがあの奇人というわけだ。お蔭で御門の面目は丸つぶれ、廷臣のなんたるかを弁えぬ愚か者が何故未だ幅を利かせているのか不思議でたまらぬ」
さも当然のように彩天は言い放つ。だが、海人にはそのロジックが理解できない。
「御門の面目だと?臣下の一族を見殺しにしておいて、何が面目だっ!そして佐伯を救った師忠さんを逆恨みだと?お門違いも大概にしろ!!」
海人は立場など忘れて咄嗟に大声を出す。彩天の家人はその海人の振る舞いに突っかかりそうになるが、彩天の方は何の反応もない。主人の様子を見た彼らはその思うところを理解し、海人たちを無視して再び牛車を進めた。
「待て、彩天!」
少年の叫びは届かない。彩天とその一行は朱雀大路の雑踏に消えた。
「ありがとうございます。そちらこそお気をつけて」
師忠が一礼、続いて保憲が深くお辞儀をし、くるりと翻る。師忠たちを途中まで見送り、彼ははもと来た道を帰った。
「さて、これからどうしましょうか。まだ日没までは時間があるわけですし、京都観光でもしますか?」
保憲が見えなくなったころに、師忠はふっと海人に話しかける。
「京都観光って…そんな場合なんですかね?」
気の抜けたような師忠の言葉に思わず海人はそう返した。しかし師忠の方は、海人の心情を知らずか知っていてあえてなのか、首を傾げて素知らぬ様子のままだ。
「そんな場合とは?」
「いや、昨日襲撃を受けたばっかりですよ?まだあんまり迂闊に出歩かない方がいいんじゃ…」
「そうですねえ…確かに今は戦時中ですし、陽成院もきな臭い動きをしてはいますが、別にこちらが出来ることもないですしねぇ。ここは大きく構えておきましょうよ」
暢気なものだ。丁度昨日屋敷を襲撃された者の発言とは思えない。だが当の師忠はというと、そんなことは大したイベントではないといった感じである。肝が据わっているとかそういう次元ではない。海人は若干引きつつ溜息をついた。
「そんなものですか」
「そんなものですよ。ふふ…おや?」
突然、一羽の鳥が師忠の方に飛んできた。見ると足には何か括りつけられている。
「烏?」
「ええ、日の御子の遣い、賀茂建角身の末裔ですね。差し詰め宮中からのお呼び出しでしょう。ふむ…なるほど」
師忠は烏の足に括りつけられた文を開き、一読したのち、頷く。
「すみません、急用のようです。後は仁王丸と犬麻呂に任せますよ。では」
「えっ、ちょ、待っ…」
師忠が手を振り下ろす。すると彼は空間に吸い込まれるようにして消えていった。師忠が消えるのは海人がこの世界に来てから二度目だが、直接見るのは初めてである。その奇怪な光景に唖然としつつ、突拍子もない師忠の行動に呆然とする。
「あの人いつも突然だな…」
「仕方ありません。だって宰相殿ですから」
「そうだな。もう慣れた」
仁王丸たちはあきれ顔で溜息をついた。もはや咎めようという気も起らないらしい。日々の苦労がうかがえる。
「しかしどうしましょうか。一応宰相殿からは京の町を神子様に案内するよう仰せつかっておりますが…」
「正直京の町を見ておきたい気持ちはあるけど、昨日の今日だからなぁ…まあ、家に引きこもっていても似たようなものか?」
護衛付きで都見物と、場所の割れてる師忠邸でぐーたらの二択で海人は悩む。が、早いうちにこの町に慣れておいた方がよいとの考え、そして純粋な好奇心が最後には勝り、結局彼は仁王丸たちから京都案内を受けることとなった。
******************************
「ここが朱雀大路、都一の大通りです」
一通り、左京の六条辺りから二条辺りの商業地区、公家町、社家町を周った海人たちは、三条の辺りで朱雀大路に出た。
――はえー。この時代でも流石は日本の都。かなり人通りも多いな…
実際、彼の見る現代の街と比べてもそうはないレベルの人通り。そして巨大な街が広がっていた。道の両端には露店が立ち並び、その傍を様々な装束の老若男女が通り過ぎていく。ちらほら時代錯誤な装いの者も混じるが、基本的に誰もが思い浮かべる平安京だ。
「そして南に見えるあの大きな門が羅城門ですね。あそこの内と外とで、都が区画されているといった具合です」
仁王丸が振り返り、指さす。その先にある丹色に彩られた大きな建物。それが羅城門だ。数キロは離れていてもなお目立つその威容に、少年は感嘆した。
――あれが羅生門…じゃなかった、羅城門…芥川の小説では寂れ果ててたけど、やはり全盛期は流石というべきだな。この時代の田舎者があれを見たら卒倒しそうだ。
羅城門に釘付けになる海人。だが、犬麻呂の方はそのまま反対を向いて、彼の肩を叩く。
「神子さん、確かに羅城門もデケェが、そんなんあっちの比じゃねェ。見てみろよ」
犬麻呂の言葉を聞いて、海人は羅城門の反対の方角を向く。その彼の眼に飛び込んできたのは――
「な…!」
「ええ、あれが宮城、平安宮。当代の帝、朱雀帝のおわします宮殿にして皇国の政治・祭祀の中枢。この国の全てがあそこに集約されていると言っても過言ではありません」
羅城門と同じような丹色、しかしそれを遥かに上回る豪壮さと威容、そして規模。柏原帝以来の皇国の頂に立つ者の代々の宮殿が、威風堂々として立っていた。
「あれが…平安宮…?!」
――なんだあれは!?今の京都御所とは比べ物にならないほど鮮やかだし、何より高いしデカい!ええ…マジか…。帝の権威半端ないな…。
その威容に只々圧倒される海人。そんな彼を、犬麻呂はなぜか自慢げな顔で見つめている。そんな犬麻呂に、仁王丸はもはや相変わらずとでもいうべき呆れ顔だ。
そんな呆れ顔でもそれなりに絵になるのだから、整った顔立ちというのはなんとも憎らしい。そんな場違いな感傷を抱いた海人の耳に、何やら向こうの方から怒号が聞こえてくる。
「なんの騒ぎだろ?」
ふと疑問を口にする。そんな彼に、仁王丸は呆れ顔に疲れ顔をプラスしたような表情で答えた。
「ああ、あれですか。恐らくまたどうせ「彩天」一行の家人が何か問題を起こしたのでしょう。まったく、摂政の子息ともあろうお方がああも傲慢では藤家のお先も思いやられますよ…」
聞き捨てならないワードがいくつか仁王丸の口から飛び出す。
――彩天だと!?それに、摂政の子息!?
「彩天…って、あの神子の一人の…!」
「ええ、そうです。金の気脈を司り、天児屋根命の神威を表象する神子。彼の名は――っ!」
そこまで言いかかった時だった。男たちが町人を押しのけ怒号を飛ばす。仁王丸は押しのけられた町人に流され、海人は引き離される。
「仁王丸っ!」
手を伸ばすが届かない。彼女も人混みの中ではどうしようもなくそのまま押し流され、離れ離れになる。
そんな中、海人の真横でも大声が鳴り響いた。
「権中納言藤原朝臣師輔卿のお通りだっ!下種の者ども!道を開けよ!ひれ伏せ、彩天の神子様であるぞ!そこの者、頭が高い!」
大路の人混みが割れ、粗暴な男たちに取り囲まれた豪奢な牛車が現れる。人々は眉を顰め、口々に非難の言葉を並べる。しかし、男たちに睨まれるとバツが悪そうにして足早に去っていった。
「神子さん、大丈夫か!」
犬麻呂が人をかき分け、海人の下に戻ってきた。彼は派手な牛車を憎らし気に睨む。
「相変わらずだな、彩天の野郎は…。わざわざ見せびらかすためだけに大路のど真ん中を突き進んでいきやがる。摂政殿下もとんだバカ息子を持ったもんだぜ」
犬麻呂も「彩天」に対していい印象は持っていないようだ。まあ無理もないだろう。「彩天」のこの大名行列さながらの大行進は迷惑行為以外の何物でもない。
しかし、そんなある意味まっとうな犬麻呂の非難は「彩天」の家人には聞き捨てならないものだった。
「貴様、神子様を侮辱するかっ…!身の程を弁えよ!あのお方は貴様の尺度で測れるような小さな男ではない!恥を知れ!」
家人はものすごい剣幕で犬麻呂を突き飛ばす。が、犬麻呂の方もタダでやられるわけにはいかない。家人の腕を掴み、背負い投げで返り討ちにした。
「ぐっ!!」
「ハンっ!!口の割にその程度かよ!家人がそんなんなら、主人の彩天も宰相殿の足元にすら及ばないな!」
煽るような犬麻呂の口調に、家人たちはヒートアップする。あわや大乱闘となったその時、牛車の御簾が少し上がった。暗くて中はよく見えない。
「…騒々しい。河内、何を遊んでいる?」
御簾の内から声がした。若い男の声だ。張りのある、それでいて落ち着いているような不思議な声色。
その声の主は、犬麻呂が投げ飛ばした家人――河内に非難めいた言葉を浴びせた後、牛車の中から視線だけ犬麻呂の方に向けた。
「貴様が河内を投げ飛ばした愚輩か?」
「そうだが…、彩天の神子サマが一体この俺に何の用だ?」
物怖じせずに犬麻呂は言い返す。直接の主君ではないとはいえ、相手は権中納言、そして「彩天の神子」だ。犬麻呂よりも、さらには師忠よりも身分の高い人物だと思われる。
そんな彼にこのような言葉遣いが許されるはずがないが、御簾の内の「彩天」はわざわざそれを咎めることをしない。ただ、牛車の中から犬麻呂を見下していた。
「なにか言ったらどうだ!」
犬麻呂の問いに答えない彩天にしびれを切らし、彼は声を荒げる。すると、御簾の内で溜息が聞こえた。
「我の家人に手を出しておきながら何の用とは、恥というものを知らぬようだ。実に哀れなり」
「はァ!?先に手ェ出したのはそっちの家人だろうがっ!」
しかし、彩天はそんな犬麻呂の叫びを一笑に付し、冷ややかな態度を取り続ける。そんな時だった。
「――!」
海人は、ふと彩天の視線が自分に向くのを感じた。師忠とは違う、そんな独特の重圧を覚えるその存在感に海人はたじろぐ。
そして御簾の中の人物は一通り海人を眺めたのち、首を傾げた。
「今気付いたが、貴様は何者だ?まさか都のものではあるまい。都人がそのような奇怪な装いをするはずがないからな」
初対面で見た目を小馬鹿にする彩天の態度は海人にとって心地よいものではない。だが、相手が相手だ。海人は犬麻呂のように食って掛かるような真似はせず、穏便に済ませようと努める。
「俺は…じゃなかった、僕は海人。一応――」
再臨の神子という奴らしい、と言いかけて留まる。
――果たしてここでそんな重要情報を開示してしまっていいのか?
そんな疑問が浮かび、暫し悩んだ後
「ある貴人のもとで居候をやっているものだ」
何とも曖昧な回答で逃れることにした。
こんな回答で良かったのかと思いつつ、なにか追及があるかと海人は身構える。だが彩天はというとそれ以上は興味を失ったのか特に何かを聞くようなことはなかった。その代わり、何かを考え込むような仕草を取る。
「…まあ、朝廷が見捨てた佐伯の遺児を救い、養育するような身の程知らずの心内など分かる筈もない」
彩天はそうポツリと呟いた。その言葉に、犬麻呂は苦し気な表情を浮かべるが、今回はなぜか食って掛かることはしない。しかしその一言を海人は聞き逃すことは出来なかった。
「朝廷が見捨てた?それって一体?!」
彩天は海人を見下しながら、ふっ、と微笑んだ。
「そのままの意味よ。あの一族はかつて朝議により見捨てられた。それを決定に反して独断で救おうとしたのがあの奇人というわけだ。お蔭で御門の面目は丸つぶれ、廷臣のなんたるかを弁えぬ愚か者が何故未だ幅を利かせているのか不思議でたまらぬ」
さも当然のように彩天は言い放つ。だが、海人にはそのロジックが理解できない。
「御門の面目だと?臣下の一族を見殺しにしておいて、何が面目だっ!そして佐伯を救った師忠さんを逆恨みだと?お門違いも大概にしろ!!」
海人は立場など忘れて咄嗟に大声を出す。彩天の家人はその海人の振る舞いに突っかかりそうになるが、彩天の方は何の反応もない。主人の様子を見た彼らはその思うところを理解し、海人たちを無視して再び牛車を進めた。
「待て、彩天!」
少年の叫びは届かない。彩天とその一行は朱雀大路の雑踏に消えた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」
授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。
途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。
ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。
駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。
しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。
毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。
翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。
使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった!
一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。
その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。
この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。
次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。
悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。
ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった!
<第一部:疫病編>
一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24
二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29
三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31
四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4
五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8
六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11
七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18
転生幼女はお詫びチートで異世界ごーいんぐまいうぇい
高木コン
ファンタジー
第一巻が発売されました!
レンタル実装されました。
初めて読もうとしてくれている方、読み返そうとしてくれている方、大変お待たせ致しました。
書籍化にあたり、内容に一部齟齬が生じておりますことをご了承ください。
改題で〝で〟が取れたとお知らせしましたが、さらに改題となりました。
〝で〟は抜かれたまま、〝お詫びチートで〟と〝転生幼女は〟が入れ替わっております。
初期:【お詫びチートで転生幼女は異世界でごーいんぐまいうぇい】
↓
旧:【お詫びチートで転生幼女は異世界ごーいんぐまいうぇい】
↓
最新:【転生幼女はお詫びチートで異世界ごーいんぐまいうぇい】
読者の皆様、混乱させてしまい大変申し訳ありません。
✂︎- - - - - - - -キリトリ- - - - - - - - - - -
――神様達の見栄の張り合いに巻き込まれて異世界へ
どっちが仕事出来るとかどうでもいい!
お詫びにいっぱいチートを貰ってオタクの夢溢れる異世界で楽しむことに。
グータラ三十路干物女から幼女へ転生。
だが目覚めた時状況がおかしい!。
神に会ったなんて記憶はないし、場所は……「森!?」
記憶を取り戻しチート使いつつ権力は拒否!(希望)
過保護な周りに見守られ、お世話されたりしてあげたり……
自ら面倒事に突っ込んでいったり、巻き込まれたり、流されたりといろいろやらかしつつも我が道をひた走る!
異世界で好きに生きていいと神様達から言質ももらい、冒険者を楽しみながらごーいんぐまいうぇい!
____________________
1/6 hotに取り上げて頂きました!
ありがとうございます!
*お知らせは近況ボードにて。
*第一部完結済み。
異世界あるあるのよく有るチート物です。
携帯で書いていて、作者も携帯でヨコ読みで見ているため、改行など読みやすくするために頻繁に使っています。
逆に読みにくかったらごめんなさい。
ストーリーはゆっくりめです。
温かい目で見守っていただけると嬉しいです。
【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです
yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~
旧タイトルに、もどしました。
日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。
まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。
劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。
日々の衣食住にも困る。
幸せ?生まれてこのかた一度もない。
ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・
目覚めると、真っ白な世界。
目の前には神々しい人。
地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・
短編→長編に変更しました。
R4.6.20 完結しました。
長らくお読みいただき、ありがとうございました。
チート生産魔法使いによる復讐譚 ~国に散々尽くしてきたのに処分されました。今後は敵対国で存分に腕を振るいます~
クロン
ファンタジー
俺は異世界の一般兵であるリーズという少年に転生した。
だが元々の身体の持ち主の心が生きていたので、俺はずっと彼の視点から世界を見続けることしかできなかった。
リーズは俺の転生特典である生産魔術【クラフター】のチートを持っていて、かつ聖人のような人間だった。
だが……その性格を逆手にとられて、同僚や上司に散々利用された。
あげく罠にはめられて精神が壊れて死んでしまった。
そして身体の所有権が俺に移る。
リーズをはめた者たちは盗んだ手柄で昇進し、そいつらのせいで帝国は暴虐非道で最低な存在となった。
よくも俺と一心同体だったリーズをやってくれたな。
お前たちがリーズを絞って得た繁栄は全部ぶっ壊してやるよ。
お前らが歯牙にもかけないような小国の配下になって、クラフターの力を存分に使わせてもらう!
味方の物資を万全にして、更にドーピングや全兵士にプレートアーマーの配布など……。
絶望的な国力差をチート生産魔術で全てを覆すのだ!
そして俺を利用した奴らに復讐を遂げる!
スキル【海】ってなんですか?
陰陽@2作品コミカライズと書籍化準備中
ファンタジー
スキル【海】ってなんですか?〜使えないユニークスキルを貰った筈が、海どころか他人のアイテムボックスにまでつながってたので、商人として成り上がるつもりが、勇者と聖女の鍵を握るスキルとして追われています〜
※書籍化準備中。
※情報の海が解禁してからがある意味本番です。
我が家は代々優秀な魔法使いを排出していた侯爵家。僕はそこの長男で、期待されて挑んだ鑑定。
だけど僕が貰ったスキルは、謎のユニークスキル──〈海〉だった。
期待ハズレとして、婚約も破棄され、弟が家を継ぐことになった。
家を継げる子ども以外は平民として放逐という、貴族の取り決めにより、僕は父さまの弟である、元冒険者の叔父さんの家で、平民として暮らすことになった。
……まあ、そもそも貴族なんて向いてないと思っていたし、僕が好きだったのは、幼なじみで我が家のメイドの娘のミーニャだったから、むしろ有り難いかも。
それに〈海〉があれば、食べるのには困らないよね!僕のところは近くに海がない国だから、魚を売って暮らすのもいいな。
スキルで手に入れたものは、ちゃんと説明もしてくれるから、なんの魚だとか毒があるとか、そういうことも分かるしね!
だけどこのスキル、単純に海につながってたわけじゃなかった。
生命の海は思った通りの効果だったけど。
──時空の海、って、なんだろう?
階段を降りると、光る扉と灰色の扉。
灰色の扉を開いたら、そこは最近亡くなったばかりの、僕のお祖父さまのアイテムボックスの中だった。
アイテムボックスは持ち主が死ぬと、中に入れたものが取り出せなくなると聞いていたけれど……。ここにつながってたなんて!?
灰色の扉はすべて死んだ人のアイテムボックスにつながっている。階段を降りれば降りるほど、大昔に死んだ人のアイテムボックスにつながる扉に通じる。
そうだ!この力を使って、僕は古物商を始めよう!だけど、えっと……、伝説の武器だとか、ドラゴンの素材って……。
おまけに精霊の宿るアイテムって……。
なんでこんなものまで入ってるの!?
失われし伝説の武器を手にした者が次世代の勇者って……。ムリムリムリ!
そっとしておこう……。
仲間と協力しながら、商人として成り上がってみせる!
そう思っていたんだけど……。
どうやら僕のスキルが、勇者と聖女が現れる鍵を握っているらしくて?
そんな時、スキルが新たに進化する。
──情報の海って、なんなの!?
元婚約者も追いかけてきて、いったい僕、どうなっちゃうの?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる