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第1章:龍剣の紋章と剣神の眷属

犬猿の仲

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「して、そのお方はどなたなのでしょう。お知り合いのようではありますが…」

イオライトがアルドノートさんを見て尋ねる。

「彼女はアルドノートさん。僕の命の恩人です。」

「なんと。これは失礼を。リーシア様、やはり彼女を解放して差し上げるべきかと。」

「断る!こやつは妾のものじゃ。たとえイオ爺の献言であっても容れることはできぬ。」

即答。余程アルドノートさんを気に入ったらしい。さっきからずっと彼女にべったりだ。

「…構わないよ。この子は、悪い子じゃない。」

まあ、当の本人がそういうなら今のところはよしとしておこう。
ゴホンとイオライトが咳ばらいをする。

「まあ、立ち話もなんですから。」

こうして、僕らはイオライトたちの潜伏場所へと向かった。

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潜伏場所といっても、ごく普通の建物。表向きには没落貴族が始めた商会ということになっている。

この数年で国がいくつか滅んだとはいっても、レ―ウェンほど徹底的に破壊された国は稀であり、ほとんどの国は首都陥落、併合の道を辿った。その中で追放され、食いはぐれた貴族たちには、家臣や親類のコネで商売を始める者が多くいた。イオライトたちもそれらに擬態したのだろう。

考えてみれば、イオライトの魔術は認識操作、そしてその派生である限られた範囲での事象の書き換えが主だ。逃亡、潜伏にはこれ以上ない能力を備えている。

「時にアルマ殿。今レ―ウェンの残存勢力はどのようになっておられるのですか。」

「大公の子息を盟主とし、数百名の有志が中央大陸に散在しています。」

「大公の子息がご存命…!なるほど、まだレ―ウェンの火も消えてはいないということですな。」

イオライトが感慨深そうに息を吐く。
そういえば、報告をしておかないとな。

「すみません、レ―ウェンへの報告をしておきたいのですが、そこの床をお借りしても?」

「構いませんが」

連絡用の通信術式は幾重にも暗号化されているから、詠唱だけでは繋がらない。
ちょっと古めかしいけど術式を直接記述しないといけないのだ。

「よし、こんなのものか。」

陣には暗号の鍵、通信術式の一部、魔力認証術式、傍受阻害術式、そして陣の自動消去術式が組みこまれている。
あとは、詠唱すれば発動だ。

通信シノーツ

詠唱を引き金に、陣が輝き、回路が通じる。今回の術式は音声のみを伝えるものだ。
床に書かれた陣を基点に遠く離れた空間どうしを繋げる。

「…えて…か。…せよ…。」

地下での通信ということもあり、接続が悪い。だが、確かに繋がった。

「宮内大臣殿、アルマ・ドーキンスにございます。」

「お…ア…マか。お勤…ご…労。」

レ―ウェン公国宮内大臣ダンテ・クノーデン。レ―ウェン残存勢力を束ねる事実上のトップ。僕の直属の上司だ。

「…む。その声は。」

彼の声を聞いて、イオライトがの表情が露骨に曇る。そうだ、忘れていた。

「!?まさ…オライトか!?…の昔…くたばっ…と思っていたが、なぜア…マと一緒にいる!?」

「貴方こそ2年前に死んだと思っていたが、やはりしぶとい老いぼれだ。」

イオライトとダンテは決定的に性格が合わない、いわば犬猿の仲だった。
しまった、やらかしたかもしれないぞこれ…

「貴様には言わ…くないわ!どういうことだ!…ルマ!説明せよ!」

大分接続がよくなってきた。でも、正直この爺さんたち二人の口論に巻き込まれるのは面倒この上ない。ずっと通信状況悪いままで良かったのに。

「実は、イオライト殿及びヴィガルムの残存勢力から同盟を持ちかけられました。」

「なんだと!」

この爺さんうるさい。というより、声がデカい。まあ、悪い人ではないのだが。

「今はまだアルマ殿との同盟に過ぎません。ですが、貴方方さえよければ、我々はレ―ウェンとも手を取るつもりでございますよ。ダンテ殿。」

「断る!」

いや断らないでダンテさん!?

「おや、この話は貴方方にも利がある筈なのですが…アルマ殿、あの石頭に何とか言ってくださいよ。」

「ええぇ…」

ほら面倒くさい。僕に振らないでくださいよ…

ダンテが騒ぎ、イオライトが冷笑し、僕が振り回され、その様子を周りのヴィガルム人が呆れ顔で眺め、アルドノートさんとリーシアは奥のソファーでくつろいでいる。

僕にとっては軽く地獄のような状況だ。その時、ふとダンテ側が静かになった。

「ダンテ、何をそんなに騒いでいるのですか?」

「殿下!これは、その…」

染みわたるような声。この声は――

「話を聞かせて貰いましょうか。私が、沙汰を下しましょう。」

アインス・フォン・レ―ウェン。先代大公の孫で、現在残る最後の大公家の血筋。僕ら最後の希望。
弱冠12歳で現レ―ウェンの盟主となるに足る器を持つ傑物。その彼が、奥から現れた。




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