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第1章:龍剣の紋章と剣神の眷属
龍剣の紋章
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「なぜ其方は妾について来るのじゃ。気色が悪い、失せよ。」
「いや、その人僕の知り合いなんですが…。」
「だからなんじゃ。確かに妾はこやつを知らぬ。じゃがこれは妾のものじゃ。」
少女はそういってアルドノートさんに抱き着いた。アルドノートさんの方は相変わらずの無表情。
一体これはどういう感情なんだ?まったくわからん。彼女の感情は基本読めない。だが、嫌がる様子もない。
それにしてもこの子頑固だな。いや、この子はお金を払ったのだから当然といえば当然なんだけど、なんか横取りされた感がある。釈然としない。
「リーシア様、それは流石にあんまりなのでは?御父上が悲しみますぞ。」
「なっ!?」
見かねた老人が少女を諭す。すると、これまであれほど頑なだった少女はうろたえ、うなだれた。
「ぐぬぬ。分かった、だがタダで返しはせぬ。悔しければ買い戻してみよ。龍金貨10枚で売ってやらんこともない。」
しれっと3枚分上乗せしやがった。でも、背に腹は代えられない。
「分かりました。頑張って稼ぎますよ…。」
「…そんなことせずとも、私はもとより自由なのだけど…。」
「いや、そうですけど、それは…どうなんでしょう?」
「?」
当の本人は気楽なものだ。だがお金が絡んでしまった以上そうはいくまい。
ああ、なんか面倒くさいことになったな。いや待て、よく考えたら僕はどうしてこんなに必死になっているんだ?僕とアルドノートさんは知り合い同士ってだけでそれ以上でもそれ以下でもない。そんでもって別に彼女の安全が脅かされているわけでもなく、彼女も今の状況を特に何とも思っていない…と思う。
となれば、これはただの善意の押し売りじゃないか。人恋しさゆえに意地になったか?我ながら情けな――
「ひょっ!?」
耳に吐息がかかり、驚いて振り向く。
「…そういえば、君の名前をまだ聞いていなかったね。」
近い。すごく近い。この人には距離感という感覚は無いのだろうか。仮にもあなたは控えめに言っても…いや、やめておこう。これではまるで僕にそういう意識があるみたいじゃないか。
それはいいとして――あれ、まだ名乗ってなかったっけ?
「僕は…」
流れで普通に名乗りそうになって気付く。彼女はいいとして、周りの人間に僕の名前を聞かれるのはマズいのでは?僕の名前を知ってるのは一部の旧レ―ウェン国民とヴィガルム上層部ぐらいだろうけど、彼らがどこに潜んでいるか知れたものじゃない。万が一ヴィガルムの人間に聞かれたらまた先日のように厄介なことになる。ここは慎重に行かないと。
とはいえ偽名を名乗るのはどうなんだ?それはそれでややこしいことになりそうだし、何より不誠実だ。僕の方は彼女の名前を教えてもらっているわけだし、あれ多分偽名じゃないし。ん…?
「あれ?」
ふと周りを見渡す。ここで僕はようやくその異常な状況に気付いた。
視線、視線、視線。気付けば、大路を行く人々の視線という視線が僕に向いていた。
「これは…!」
「おや、失敬。内緒話をするには人が多すぎますか、旅のお方。いえ――」
それまで微笑を浮かべていた老人の顔から笑みが消える。
「レ―ウェンの英雄、アルマ・ドーキンス殿」
人々が敬礼する。ヴィガルム近衛兵式の敬礼だ。そして、老人は紋所を取り出す。
龍剣の紋章――神子によって滅ぼされた、ヴィガルム帝室の紋章。
「神子の手にかかる前に、貴殿を見つけることが出来て本当に良かった。」
老人の顔、いや顔だけではない。魔力の流れ、質、纏う雰囲気全てが変容していく。
これは、まさか認識操作術式…!?術者が指定した特定の対象以外からほぼ「絶対に」彼と認識されない、禁術中の禁術の一つだ。僕が知る限り、この術を使える人間は世界にただ一人――
「ヴィガルム七剣将第一位、「神術」イオライト・フィルディンス…!」
魔術の一つの極致に到達したヴィガルムの賢人。そして、父さんの魔術の師の一人。クーデターで亡くなったと聞いていたが…
驚きに固まる僕を見て、老人は再び微笑む。
「「元」ですよ。今はただの「イオ爺」。ただ幼子のお守を仰せつかった隠居の身です。」
「誰が幼子じゃ。妾はもう13であるぞ!ふん。」
少女は不機嫌そうにイオライトを睨みつけた。幼子と言われたことが余程気に入らなかったらしい。
…待てよ、イオライト程の者が護衛として付く人物――この少女は一体…
「何をキョトンとしておる。妾は其方が何者かよく知らぬが、イオ爺の顔馴染みのようであるから特別に妾の御名を教えてやらんでもない。一度しか言わぬ。とくと聞き届けよ!」
腰に手を当て、まだ高くのない背丈で精一杯にふんぞり返り、まだ成長途中の胸を精一杯張って、少女はまだあどけなさの残る顔で僕を見下す。そして――
「ヴィガルム神聖帝国第99代皇帝シオン・イドラ・ヴィガルムが第一皇女、リーシア・ヴィガルム。凡夫の其方が気軽に呼ぶことは許さん。されど万が一忘れなどすれば万死に値する。励め。」
焔のような赤い髪が、風に揺られなびく。
死んだはずの旧七剣将、そして滅んだはずのヴィガルム帝室。
予想外の出来事に、僕はただ、立ち尽くすことしか出来なかった。
「いや、その人僕の知り合いなんですが…。」
「だからなんじゃ。確かに妾はこやつを知らぬ。じゃがこれは妾のものじゃ。」
少女はそういってアルドノートさんに抱き着いた。アルドノートさんの方は相変わらずの無表情。
一体これはどういう感情なんだ?まったくわからん。彼女の感情は基本読めない。だが、嫌がる様子もない。
それにしてもこの子頑固だな。いや、この子はお金を払ったのだから当然といえば当然なんだけど、なんか横取りされた感がある。釈然としない。
「リーシア様、それは流石にあんまりなのでは?御父上が悲しみますぞ。」
「なっ!?」
見かねた老人が少女を諭す。すると、これまであれほど頑なだった少女はうろたえ、うなだれた。
「ぐぬぬ。分かった、だがタダで返しはせぬ。悔しければ買い戻してみよ。龍金貨10枚で売ってやらんこともない。」
しれっと3枚分上乗せしやがった。でも、背に腹は代えられない。
「分かりました。頑張って稼ぎますよ…。」
「…そんなことせずとも、私はもとより自由なのだけど…。」
「いや、そうですけど、それは…どうなんでしょう?」
「?」
当の本人は気楽なものだ。だがお金が絡んでしまった以上そうはいくまい。
ああ、なんか面倒くさいことになったな。いや待て、よく考えたら僕はどうしてこんなに必死になっているんだ?僕とアルドノートさんは知り合い同士ってだけでそれ以上でもそれ以下でもない。そんでもって別に彼女の安全が脅かされているわけでもなく、彼女も今の状況を特に何とも思っていない…と思う。
となれば、これはただの善意の押し売りじゃないか。人恋しさゆえに意地になったか?我ながら情けな――
「ひょっ!?」
耳に吐息がかかり、驚いて振り向く。
「…そういえば、君の名前をまだ聞いていなかったね。」
近い。すごく近い。この人には距離感という感覚は無いのだろうか。仮にもあなたは控えめに言っても…いや、やめておこう。これではまるで僕にそういう意識があるみたいじゃないか。
それはいいとして――あれ、まだ名乗ってなかったっけ?
「僕は…」
流れで普通に名乗りそうになって気付く。彼女はいいとして、周りの人間に僕の名前を聞かれるのはマズいのでは?僕の名前を知ってるのは一部の旧レ―ウェン国民とヴィガルム上層部ぐらいだろうけど、彼らがどこに潜んでいるか知れたものじゃない。万が一ヴィガルムの人間に聞かれたらまた先日のように厄介なことになる。ここは慎重に行かないと。
とはいえ偽名を名乗るのはどうなんだ?それはそれでややこしいことになりそうだし、何より不誠実だ。僕の方は彼女の名前を教えてもらっているわけだし、あれ多分偽名じゃないし。ん…?
「あれ?」
ふと周りを見渡す。ここで僕はようやくその異常な状況に気付いた。
視線、視線、視線。気付けば、大路を行く人々の視線という視線が僕に向いていた。
「これは…!」
「おや、失敬。内緒話をするには人が多すぎますか、旅のお方。いえ――」
それまで微笑を浮かべていた老人の顔から笑みが消える。
「レ―ウェンの英雄、アルマ・ドーキンス殿」
人々が敬礼する。ヴィガルム近衛兵式の敬礼だ。そして、老人は紋所を取り出す。
龍剣の紋章――神子によって滅ぼされた、ヴィガルム帝室の紋章。
「神子の手にかかる前に、貴殿を見つけることが出来て本当に良かった。」
老人の顔、いや顔だけではない。魔力の流れ、質、纏う雰囲気全てが変容していく。
これは、まさか認識操作術式…!?術者が指定した特定の対象以外からほぼ「絶対に」彼と認識されない、禁術中の禁術の一つだ。僕が知る限り、この術を使える人間は世界にただ一人――
「ヴィガルム七剣将第一位、「神術」イオライト・フィルディンス…!」
魔術の一つの極致に到達したヴィガルムの賢人。そして、父さんの魔術の師の一人。クーデターで亡くなったと聞いていたが…
驚きに固まる僕を見て、老人は再び微笑む。
「「元」ですよ。今はただの「イオ爺」。ただ幼子のお守を仰せつかった隠居の身です。」
「誰が幼子じゃ。妾はもう13であるぞ!ふん。」
少女は不機嫌そうにイオライトを睨みつけた。幼子と言われたことが余程気に入らなかったらしい。
…待てよ、イオライト程の者が護衛として付く人物――この少女は一体…
「何をキョトンとしておる。妾は其方が何者かよく知らぬが、イオ爺の顔馴染みのようであるから特別に妾の御名を教えてやらんでもない。一度しか言わぬ。とくと聞き届けよ!」
腰に手を当て、まだ高くのない背丈で精一杯にふんぞり返り、まだ成長途中の胸を精一杯張って、少女はまだあどけなさの残る顔で僕を見下す。そして――
「ヴィガルム神聖帝国第99代皇帝シオン・イドラ・ヴィガルムが第一皇女、リーシア・ヴィガルム。凡夫の其方が気軽に呼ぶことは許さん。されど万が一忘れなどすれば万死に値する。励め。」
焔のような赤い髪が、風に揺られなびく。
死んだはずの旧七剣将、そして滅んだはずのヴィガルム帝室。
予想外の出来事に、僕はただ、立ち尽くすことしか出来なかった。
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