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序章:始まりの終わりと終わりの始まり

2994世界のアルドノート

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「神子を…滅ぼす!?」

 衝撃。まさか、彼女からその単語が出てくるとは。いや、そういえばガイアスに対しても神子がどうこう言ってた気がする。それに、もし仮に彼女が僕と似た立場なら、神子を憎んでいて当然だろう。あれ?そう考えると実は別に衝撃を受けることでもなかったかもしれない。

 いや、やっぱりそんなこともない。国を滅ぼされて単身あんな化け物と戦いを挑むような境遇の人間がそんなにいっぱいいてたまるものか!あれ、でも――

「…表情豊かなことだね。私、何かおかしなこと言ったかな?」

 少女は首をかしげた。相変わらずの無表情だが、感情は確かにある。それは、ほんの数時間の付き合いでも確かに分かった。仕草、声色、そして目。表情以外にも感情は表れる。彼女の感情は、そこから案外簡単に察せられる。

「いいえ、何も。ただ、僕と同じ目的を持って旅する人と会うのは初めてだったんで、少し驚いてたというか…」

「…そう。神子なんて大抵ロクでもない人ばかりだから、この世界にもアレを敵視する人は大勢いると思ったのだけど。意外といないものなんだね。」

「あいつは敵意を失わせる厄介な力を持っていますからね。どういう訳か僕にはあまり効きませんでしたが、つくづく気に障る奴です。当人は神に選ばれたなどとほざいていましたが、それが本当なら神の人を見る目の無さを恨みますよ。」

「…同感だね。ゆくゆくは神も滅ぼすべきだろうか。」

「いや、さすがに神のくだりは冗談ですよ?」

「…そう。」

 彼女が言うと半分冗談にならない気もするし、なによりあんな奴の妄言のせいで滅ぼされる神が不憫だ。

「…ところで、君は何故神子の遣いに追われていたの?」

「それは…」

 答えに詰まる。

 はたして彼女に僕の素性を明かしてしまってよいのだろうか。七剣将を倒したのなら、ヴィガルム側の人間ではないだろう。いや、それも断言できない。僕にはどうしてもヴィガルムが一枚岩だとは思えないからだ。それはこの数年で痛感した。神子に逆らうものはいないが、その下はなかなかにゴチャゴチャしている。彼女も口では神子を軽蔑しているようだが、実際はどうだろうか?

「…なるほど、では聞き方を変えようか。君は、神子の敵?それとも味方?」

 彼女は僕の目を見る。吸い込まれそうになる、そんな瑠璃色の瞳。その双眸は、人の心のみならずその全てを見透かしてしまいそうな魔力を宿しているかのように思えた。嘘は通じない、そう悟る。

 でも、もとよりそのつもりなんてない。たとえ嘘だとしてもあんな奴の味方を名乗るなんて死んでも御免だ。そうか、なら、そもそも答えに躊躇いなんて必要ないじゃないか。そう、僕は――

「もちろん、敵だ。僕は奴を滅ぼして仲間の仇を討ち、祖国を復興する。そのための旅だ。」

 はっきりと答える。疑われる余地のない、僕の本心だ。

 僕の答えを聞いた彼女は、少し表情を崩した――ような気がした。

「…そう。」

不意に少女は僕の顔に優しく触れる。そして――

「えっ」

 額に柔らかい感触。一瞬思考が止まる。そして遅れてやってきた理解。
 彼女は、僕に口づけをした。

「…私は、2994世界のアルドノート。どうか君の宿願が果たされんことを。」

 刹那、空気が張り詰め、直後それが切れる。彼女は目の前から姿を消した。

 再びの静寂。僕は一人、夜更けの丘に取り残された。非日常の日常を送る僕に訪れた、あまりにも現実離れした非日常。そして、彼女との邂逅自体が白昼夢であったかのような感覚に陥る。

 額に残るわずかな温もりだけが、彼女の存在を証明していた。

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 あれから一週間。僕は隣国の商業都市ルドントにいた。
 ガイアスに襲われ、森が燃えた後の話は、別に語るほどのことじゃない。
 でも強いて話すとするなら、やはりヴィガルムと通じていた市長が色々と手を回していたので、荷物を纏める暇もなく慌ただしく出てきたというくらいだ。
 つまり、一文無し。

 仕方ない、またギルドに顔を出すこととしよう。今回はヴィガルムの手が届いていませんように!
 そう祈りながら、雑踏の中を人を押し分けて進む。

 すると、奴隷市場の方に見覚えのある顔が一つ。
 白髪に透き通るような白い肌。瑠璃色の双眸。そう――

「…おや、君はいつぞやの少年。何故、こんなところに?」

「それはこっちのセリフですよ…」

 鎖につながれながらも相変わらずどこか凛々しく、そして無表情のままの少女――アルドノートがそこにいた。

 大層な別れの割に随分と早い再会である。
 
「まったく…」

 驚きと呆れの感情が交錯する中、僕の胸はどういう訳か高鳴っていた。




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