上 下
2 / 11
序章:始まりの終わりと終わりの始まり

失格英雄の受難(中編)

しおりを挟む
嵌められた?
冷や汗が頬を伝う。

「は、はは、ヴィガルムの武官ともあろうお方が名乗りすら上げないとは。」

「黙れ若造。貴様は状況が分かっていないようだな。」

なぜ奴らがここにいるのかはまったく分からない。だが、どうやら行動を読まれていた。あいつに続いて降りてきた奴の数は14。自分に向く敵意の数はおよそ60。奴隷の数を差し引いても敵兵は50はいるか。だが、一般兵50人程度ならなんてことはない。30秒で片が付く。ただ、奴らはそんなに甘くはない。まだ何かあるはず。

「お前は完全に包囲されている。抵抗するだけ無駄だ。神子みこ様は寛大なお方である。貴様を斬罪でお許しになるとのたまった!国を捨てて無様に逃げた貴様にはもったいないお慈悲だ。」

それ許してないだろ。あと、あんな奴に投降するぐらいなら死んだほうがマシだ。
僕は、目の前の将兵を睨みつける。

「投降する気はないか。なら」

突如、周囲が青白く光った。なんだこれ。

「貴様の魔術を制限する上級魔法だ。大人しくここで斬られろ!」

なるほど、こんなものが。これが奴らの秘策か?なら拍子抜けだ。この程度なら大したことはない。

「魔術だけ封じても不十分だよ。」

「!?」

狙いは首。迷うことなく、剣聖流最速の一閃―飛燕ひえんを繰り出す。威力度外視で速度全振りの一撃。
回避は不可能に近いが、知識かある一定以上の剣技があれば容易に致命傷は避けられるうえに連発出来ない不便な技だ。
でも、どうやら彼にはそれだけの知識も技術もなかったらしい。滑らかに剣が首筋に吸い込まれた。
斬ると先に言ったのは彼だ。恨まないでくれよ。

「なっ!」
「イグニア卿が一瞬で!?」

兵士の反応を見るに、彼は程々の実力者と見なされていたようだ。
思いのほか強くなかったが、この数年でヴィガルム兵の質は落ちたのか?
でも、この調子だと一方的な虐殺になりそうだな。
それはちょっと忍びない。取りあえず降伏勧告しておくか?

「みなさん、ここらで帰ってくれませんか?そうして頂けるとこちらもありがたいのですが。」

「ふ、ふざけるな!我々とて手ぶらで帰るわけにいかない!」

あれ、ダメか。思いのほか使命感の強いなこの人たち。仕方ない。逃げようにも周りの子たちを置き去りにすることになるし、倒すしかないのか。はあ。

剣についた血を振り払い、正面に構える。

「ひっ!」
「おっ、おい!逃げるな!戻れ!」

兵たちが慌てふためく。さすがに実力差と形勢の不利を悟ったか。このまま逃げてくれるとありがたいが

「お、イグニアのおっさんやられてんじゃん。ウケる。」

そう上手くはいかない。頭上から声がした瞬間、地響き、そして大きな塊が降ってきた。

やはり、さっきの封魔法はあくまで前座、本命はこっちか!
長身に緋色の髪、二本の大剣。間違いない、彼は―

「よう英雄崩れ。俺はヴィガルム神聖帝国七剣将第五位、ガイアス・ゼルクーダだ。ガキをいたぶるのはシュミじゃねぇが、神子様の命令なんでな。受け入れろ。」

七剣将「双撃」ガイアス・ゼルクーダ。
単騎で都市も落とせるとも噂されるヴィガルムの最高戦力の一角。
なるほど、奴らは本気で僕を消すつもりか。

「嫌だと言ったら?」

「それでも斬る」

「でしょう、ね!」

剣聖流の神速居合、「飛燕」―さっきはイグニアとかいう奴の首を軽くねたその斬撃は―

「うおっ!速ぇ!が、軽い!」

奴の横腹を軽く掠めるに留まる。さすがは七剣将。が、それは織り込み済みだ。飛燕を受けてそのままカウンターを狙うガイアスにさらにカウンターを加える。

旋風シュルト!」

「なっ!?」

魔術制限を受ける地下室では流石に不利だ。風魔法で自分ごと奴を地上に飛ばす。

「おいおい、魔術は使えないんじゃねぇのかよ。」

「制限は受けますが、そのくらいなんてことは。」

無いこともない。軽口を叩いてはみたが、反反魔法術式で緩和こそしたものの下級術式が限度。ギリギリの一発だ。思いのほか強いぞあの術式。

さて、魔法ありの剣比べならまだ僕に分がある。が、それは向こうも分かっているはずだ。だからこそ相手は初手で僕の魔法を封じた。そして、僕が術式範囲外まで離脱した場合のことも想定しているはず。まだ、相手は何か隠し持っている。うかつには手を出せない

「こいよ、腰抜け。強いだけが取り柄のオメエにゃソレしか価値ねぇんだから。」

ガイアスは僕の剣を見ながらいやらしい笑みを浮かべる。落ち着け、これは釣りだ。奴は無流派の自己流。その実はパワー重視のフルアタック、そしてカウンターだ。今こちらに意識を向けた状態で斬りかかるのは自殺行為、それは分かっている。

「それを言われると返す言葉もありませんが。」

相手を先に動かす。それが僕の勝利条件その1だ。

「はん、クソつまんねえ奴だな。じゃあ、こっちからいくぞ!」

動いた!奴の強みはどんな体勢からでも強烈な一撃を放つ身体能力。カウンターに比べると厄介さは下だが、それでも一発で首と胴がお別れしかねない。でも、対策は容易だ。間合いに入らなければいい。

浮雲ウィール

重力緩和術式を発動、大地を蹴り、宙へ舞う。

さあ、戦闘開始だ!




しおりを挟む

処理中です...