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序章:始まりの終わりと終わりの始まり

失格英雄の受難(前編)

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流れていく。あの日の光景が、あの日の後悔が、とりとめもなく流れていく。



―お…前に、全てを…引き…継ぐ…公…国を、シャルンを…頼ん…だ…

―大丈夫だアル坊!お前は俺のことなんか気にせず妹を連れて公都へ行け!

―英雄アレスの子、いや、今代英雄アルマ。其方はレ―ウェンによく尽くしてくれた…もう、良いのです。

―何をしているアレスの倅!其方らだけなら逃げることはかなうやも知れぬ。さっさと行かんか!

―ごめんね…お兄…ちゃん。最期…まで…ダメな…妹で…



すれ違って、過って、流れていく。僕の手をすり抜けて、走馬灯のように流れていく。
あの日守れなかったものが、すり抜けて、零れ落ちて、散っていく。

いくら手を伸ばそうと、失ったものは帰ってこない。全ては、己の弱さゆえの帰結だ。



―その程度で英雄?妹を守るどころか余に傷一つ付けることも出来ないのに!?国を救うだなんて、ふふ、面白いこと言うねぇ!ふふふ、あはははは!!!



おぞましい、忌まわしい、憎たらしい。すべてを壊し、奪った者の声が響く。
だが伸ばす手は決して届かず、世界は不意に途切れた。

****************************

「…まったく」

あれからもう2年が経った。
なのに、あのときのみんなの、そして奴の顔が頭を離れず、今でも夢に見る。
相変わらず最悪の朝だ。

夢見が悪いのはいつものこと。顔を洗い、支度をしているうちに気は紛れてくる。
窓を開けると涼しい風が流れ込んできて、僕の頬を撫でた。よし、もう大丈夫。

故郷がヴィガルム神聖帝国に滅ぼされてからというもの、僕はヴィガルムの追手から逃れつつ素性を隠して野良冒険者をやっている。案外稼ぎはいいので生活に苦はないし、冒険者であれば世界を流浪しようとさほど怪しまれなくて済む。何より、情報収集にはもってこいだ。
というわけで、朝起きてしばらくしたらギルドに向かい、依頼を受けて帰って来るというのが日課である。

さて、依頼といっても多種多様。ペット探しから魔物討伐、ダンジョン攻略まである。
もちろん高難度のものほど報酬は高くなるのだが、僕は立場上あまり目立つわけにはいかない。
なので、大体中難度の依頼を取ることにしている。

「東部森林深部探索…は微妙だな。ん?これは。」

ふと一つの依頼が目に留まった。よし、今日はこれにしておこう。

「お姉さん、この依頼をお願い。」

「この依頼は難度4となっておりますが…貴方には少々難しいのでは?」

「ご心配どうも。でも問題ないよ。」

「そうですか。では承りました。お気をつけて」

人探し。商人の子弟の連続行方不明事件。
依頼主はダリス商会のミーネ・ダリス。
報酬は王国銀貨18枚。まあまあだな。
この事件は町の警邏けいら隊が捜査を進めているが、どうも芳しくないらしく、市長も半ばあきらめムードらしい。懸賞金も出ているが、ミーネは痺れを切らしてギルドにも依頼を出したのだろう。

人身売買が活発なこの国で、行方不明は珍しくない。今回も十中八九人さらい案件だろう。
なら探し人の居場所はすぐに見当がつく。楽な案件だ。

「さあ、仕事仕事」

人さらいというのはネットワークを形成していて、その取引場所、「商品」の保管場所というのは大体決まっている。そこを当たればいい。

まず僕は、住民に聞き取りを行うことにした。地味ではあるがこれが一番手っ取り早い。どれだけコソコソやろうと、噂の一つや二つは立つものだ。そして、怪しい場所という噂の類は大体当たっている。
取引場所さえ突き止めてしまえば後は早い。

聞き取りを続けていると、4番街の路地裏にある酒場が浮上した。地元民曰く、良からぬ輩がカタギの振りしてたむろしているらしい。もともとあの辺りは人通りも多く、様々な職種の人々が行き交っているが、そのことが逆にカモフラージュとなっているのか。何はともあれ、あたってみれば分かる。僕は路地裏の酒場に向かうことにした。

大通りから一本違う筋の路地裏に入り、貧民街の手前まで行ったところにある店。お世辞にもあまり綺麗とは言えない。店内には、昼間にもかかわらず数人の客が酔いつぶれていた。

「ようお客さん。若いのに昼間っから酒か?身体壊すぜ?」

「ご心配どーも。でも今日はそういう気分なんでね。」

「そうかい。」

店主を思しき男が声をかけてきた。思いのほか優しい。いや、今の言葉にはもっと別の意図があるのか?他の客の反応を見る限りあまり歓迎されてはいなさそうだな。


適当な席に腰を下ろし、店内、そしてお品書きを眺めてみる。
ふむ、怪しいとはいえ案外普通の酒屋だな。メニューも普通だし特別おかしなものは…おや?

「おやっさん。この子羊のビジー二をくれないか?」

店主は、しばらく黙ったのち、誤魔化すように笑いながらこちらを見た。

「あー、それか…すまないな。それは今仕込み中で出せねえ。」

「へえ」

店主の反応に心の中でガッツポーズする。
当たりだ。

ビジーニは動物を縄でグルグル巻きにして燻製くんせいにした郷土料理。転じて、出荷前の奴隷の隠語だ。
加えて、普通にメニューを見ただけならこの商品は別のメニューに見えるよう細工がしてあった。隠し文字なんて使うのはスパイか裏の住人くらいか。

店主は、ビジーニというメニューが無いとは言わず、出せないと言ったのだ。間違いない。
そして、こういう時とるべき行動は決まっている。

「どうしても貰えないか?あの人の頼みなんだ。」

「あの人?」

「分かるだろ?あの人だよ。」

「あの人じゃわかんねえな。」

「立場があって言えないけど、おやっさんも知ってる人だ。」

「…ついてこい。」

上手くいったな。大抵この手の店には太客がいる。それも表の大物に。
そして、この業界ではそういう奴の素性に深入りするのはタブーとされていることが多い。
つまり、そういう身分を明かせない客の遣いを装えば基本何とかなるのだ。

「兄ちゃん、若いのにこんな仕事やってるとロクな人間になれねえぞ。」

「ご忠告どうも。」

「で、市長さんはどんなのをご所望だ?」

うわ、市長グルかよ。道理で捜索が進まないわけだ。

「それは僕に任されていますので、まずモノを見せてくれませんか?」

「ここにはない。また別のトコに置いてあんだ。案内させる。」

「感謝します。」

奥からもう一人男が出てくる。彼は黙ったまま奥の扉を開けてこちらを見た。
ついてこい、ということだろうか。

保管場所までそう距離は無かった。
人通りの殆どない貧民街の外れの廃屋、その地下室に、「商品」は保管されている。
奴隷商と思しき男が出てきて一人一人説明を加えた。

「お眼鏡にかなうものはありますかな?」

「そうですね。ここに商人の子弟はおりませんか?」

「商人の子弟?ええ、ありますとも。ええと、この奥の部屋に」

そこでは、頑丈な檻の中に、布切れ一枚に手錠をかけられた子供たちが入れられていた。みな虚ろな目をしてぐったりしている。人身売買の現場というのはいつ見ても心が痛むものだ。国によっては合法のようだが、人倫にもとる行為。ここにいる子たちは出来れば全員逃がしてあげたいが、簡単ではない。どうしたものか。

「おや?」

その中に、ひときわ目を引く少女がいた。一人だけぐったり、というよりぐっすり寝ている。悲壮感も、なんなら疲労感すらなくまるで自宅のようにくつろいでいて、謎の大物感があった。歳は見た感じ僕より1つか2つ上か。白金の髪に透き通るような白い肌。控えめに言って美少女だ。

「あの子は?」

「ああ、あれはこの前町の外れで行き倒れていたのを連れてきました。」

「ほう。」

浮浪児か。まあこのご時世だと仕方ない。娼館に売られなかっただけましか?いや、人さらいに捕まってたら似たようなもんか。

「飯を与えておけばこちらが何をしようと大人しいのですが、何というか、不気味で困っております。」

「なるほど?」

たしかに奴隷にしては堂々とし過ぎだ。まさか状況が分かっていないわけではあるまい。彼らからすれば不気味だろう。にしてもあの子は…いやいや、今回は依頼でやってきたんだ。他に気を取られてはいけない。

「ところで、ミーネの所の倅っていたりします?」

「ミーネの…」

ほんの刹那、彼の表情が変わる。この時僕はそれを見逃さなかった。
そして何か、重大なミスをしたことに気付く。

「つかぬことをお聞きしますが、貴方のお国はいずこですかな。」

「中央大陸のフィルト王国という国ですが何か?」

咄嗟に嘘をつく。理由は特に無い。ただ、そうすべきである気がしたからだ。しかし裏目に出た。

「…そうでしたか。残念です。」

商人の目が一瞬紫に光る。

判別眼!?しまった!この手の商人にはそれなりにいるのに見落とした!
どうする?穏便に済ませるのはほぼ不可能になったぞ。仕方ない、斬るか?

だが、突如男は姿を消した。

「!?」

不意に、頭上で轟音が響き、土煙が地下室にも流れ込んでくる。

「きゃああああ!!!」

捕えられた子供たちが悲鳴を上げた。

何が起こった?まさかめられたのか?一体いつから?

思考が巡る。だが、人さらいが僕を嵌める意味が分からない。仮に依頼で来た冒険者だとバレただけだとしても、その場で始末すればいい話だ。商品を置いて立ち去るなど意味が分からない。

いや、元から狙いは僕なのか?となればあの依頼自体罠だったっていうのか?そんな馬鹿な!

「謀反人アルマ・ドーキンス!神子様の名のもとに貴様を断罪する!」

僕の思考がまとまらないうちに、大層な軍服を着た壮年が天井を突き破って降り立ち、大声を張り上げた。





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