無責任な大人達

Jane

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普通の子 12

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 萌加ちゃんの言動にほんの少しだけ変化が見えた頃、僕はボランティア部に参加出来る様になり、体育も出来る様になった。
 体調は徐々に良くなっていた。体重もある程度増え、掛かりつけ医にも運動の許可を得た。食事も美味しいと感じる様になった。世の中に色が戻ったみたいだった。
 ボランティア部は活動日数が他の部活よりも少なかった。重野先生と路子先生に言われて、僕は犬の散歩の他に町の中を走る事にした。田んぼと畑の間の道、土の香りを嗅ぎながら、最初は軽く走った。路子先生が心配して、最初は自転車で後ろを走ってくれた。そのうち僕のペースが速くなり付いていけなくなると、車で先回りをして待っていてくれた。
 徐々に距離を伸ばし、徐々に速くしていく。
 走る事はこの上なく好きだった。結果が出せた事も好きな理由の一つだが、最大の理由は走っている時が好きな事だった。苦しいが、気持ち良い。走っている時だけは全て忘れられる、憎しみも悲しみも、何もかも。
 海が丘高校に来て二度目の季節が巡る頃、僕は本格的に走れる様になった。でも、海が丘高校は進学科にも陸上部はなかった。そもそも僕は陸上部があったとしても、入部しようとは思わなかった。
 僕は田んぼや畑の間を走るだけで、満足出来ていた。ここまで回復出来た事、走れる事が嬉しい。走りたいと思える事も。
 でも、進学科の先生が僕の中学時代の大会を覚えていて「このまま陸上を辞めてしまうのはもったいないから」と陸上部を立ち上げてくれた。先生も中学時代に陸上部に所属していて、海が丘高校に来る前に居た私立の中学校では陸上部の顧問をしていた。その顧問をしていた時、僕は先生の教え子を抜いたらしい。
 部員は他にはいないし、練習は先生とマンツーマンで、路子先生が車で先回りする代わりに先生が自転車で後を走る。走るのは校庭の時もあるが、殆どは田んぼと畑の間の道だ。30代くらいの男性の先生だから、路子先生と違って自転車は僕の先を行く事が多い。    
 その他には月に一回、隣町の高校の陸上部に参加させてもらえる事になった。隣町の陸上部は毎年、有名大学や実業団に部員を送り出せる程、強い。そこに参加出来るのは嬉しかったが、最初は列に付いていけなかった、全く。自分でも驚く程、僕のタイムは遅くなっていた。
 愕然とした、ショックだった。でも、楽しかった。
 でも、罪悪感を覚えた。楽しむ事への罪悪感。
 僕のタイムが早くなっていくと、進学科に移動しないかと話があった。ボランティア部と並行して陸上部で練習を重ねる事は難しい、と言う先生の言い分だった。先生たちが僕を普通科ではなく、進学科にと考えている事はずっと知っていた。でも、僕は少しだけ迷って、断った。
 僕が山野谷くんを直接いじめてなくても、僕が何も行動に移さなかった事は事実。それに僕は普通科の生徒が自分のした事に苦しみ、悩んでいる姿が何より救いになっていた。自分でも随分性格が悪いと思う。人が苦しんでいる姿を見て、救われているなんて。
 普通科の子は時間が掛かっても、殆どの子が罪悪感を覚えている。苦しんでいる。自分のした事に悩んでいる。過去を消せない事に絶望している。
 その姿は山野谷くんをいじめた子たちと重なり、何時か何処かで彼等も苦しんで、悩んでいる気がして。そしてその苦しみに、悩みに僕は寄り添いたいと思う様にもなっていた。だから僕は普通科で卒業する事を選んだ。例え僕にできる事が何もなくても。

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