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普通の子 9
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梅雨入り時期になると、普通科に有紗ちゃんと言う子が来た。進学科から移ってきたらしい。ニコニコしている子だけど、何処かオドオドしている背の低い女の子だった。
もう一人の子は口を開くと海が丘高校に来たくなかった、と文句を言い始めるので、有紗ちゃんは僕と話す事の方が多かった。体重が増えないからボランティア部にも、体育にも参加出来ないと話すと、彼女は「体重が増えないなんて羨ましい」と小さく笑った。
でも、有紗ちゃんも普通科で過ごすうちに痩せていった。どんどん苦しくなって、食事が喉を通らない時もあると言った。目を腫らして学校に来る事も増えた。
彼女は小学校の時に友人をいじめたそう。いわゆる主犯格ではなかった様だが、いじめの加害者である事は間違いないと、有紗ちゃんは言った。最初は友人がからかわれるのを一緒に笑った。もしかしたらその時は、誰もが冗談だったのかもしれない。でも、それがエスカレートしていって一緒に悪口を言う様になり、集団無視になり、暴言が始まった。暴力はなかった。幸いと言うのか、いじめが始まってから数か月後に友人は父親の転勤で転校していったそう。
「ニュースでいじめの話題を見る度、ひどいって思ってたの。でも、私だって同じ様な事をしていた、自分のした事を棚にあげて、ひどい事をして許せないと言っていた自分が恥ずかしい。暴力を振るわなかったから、何なの。私、あの子の事、いじめた」有紗ちゃんは泣いた。「勝手だけど、先生に止めて欲しかった。先生は絶対に知っていた。だって、私達先生の目の前でいじめてたもん」
重野先生の進学科でのいじめの講義を聴いて、有紗ちゃんは普通科に移動してきた。重野先生の話を聞いて自分が友人をいじめた事を一気に思い出したそう。重野先生の話を聞くまで、有紗ちゃんは自分のした事はいじめではないと思っていた。否、彼女いわくそう思い込んでいた。
「いじめの加害者の多くは、自分はいじめていないと言う。それは悪い事をする人間の特徴です。でも、多くの人は自分がした事を本当は知っています。嘘を付いて、誤魔化しているだけです。時として自分にまで嘘を付く。子どもでも、大人でもそれは同じ」重野先生はそう言った。「その時に嘘を付いて誤魔化せても、やがて自分のした事と対面しなければならない時は来るんですよ。その時の苦しみは嘘を付く前の倍です」
友人は転校が決まってから休みがちになり、最後の日、教壇で別れの挨拶をする時に心底ホッとした顔をしていた。有紗ちゃんはその顔が忘れられないと言った。私がそんな顔をさせた、有紗ちゃんはそう言って泣いた。
山野谷くんをいじめた子たちも、有紗ちゃんの様に泣いて欲しい。悔いて欲しい。
山野谷くんをいじめた先生たちも、泣いて欲しい。悔いて欲しい。
僕は泣いている、ずっと悔いている。それは多分、生きている限りずっと続く。
でも、例え、加害者や先生が、僕が泣いても、悔いても、山野谷くんは生き返らない。
「僕たちが苦しいのは仕方がない」
僕がそう言うと、有紗ちゃんは「うん」と小さく頷いた。
「誰かを深く傷付けた事を反省すると言うのは苦しいのよ。特殊な人を除いて人間には良心があるの。でも、罪を犯した時に開き直ったり、被害者のせいにしたりする人はとても多いのよ」和泉先生はそう言って、僕と有紗ちゃんの手に自分の手を重ねた。「逃げてしまうのは簡単。でも、あなたたちは逃げてない。ここにいるのがその証拠よ」
僕たちは小さく頷いた。
「染谷くん」有紗ちゃんが僕の顔を見て言った。「お友達は染谷くんがいて嬉しかったと思うよ。あなたは私とは違う。加害者でも傍観者でもなく、被害者だよ。ごめんね」
その、「ごめんね」は僕にとって少し救いになった。
でも、山野谷くんは笑ってくれない。
もう一人の子は口を開くと海が丘高校に来たくなかった、と文句を言い始めるので、有紗ちゃんは僕と話す事の方が多かった。体重が増えないからボランティア部にも、体育にも参加出来ないと話すと、彼女は「体重が増えないなんて羨ましい」と小さく笑った。
でも、有紗ちゃんも普通科で過ごすうちに痩せていった。どんどん苦しくなって、食事が喉を通らない時もあると言った。目を腫らして学校に来る事も増えた。
彼女は小学校の時に友人をいじめたそう。いわゆる主犯格ではなかった様だが、いじめの加害者である事は間違いないと、有紗ちゃんは言った。最初は友人がからかわれるのを一緒に笑った。もしかしたらその時は、誰もが冗談だったのかもしれない。でも、それがエスカレートしていって一緒に悪口を言う様になり、集団無視になり、暴言が始まった。暴力はなかった。幸いと言うのか、いじめが始まってから数か月後に友人は父親の転勤で転校していったそう。
「ニュースでいじめの話題を見る度、ひどいって思ってたの。でも、私だって同じ様な事をしていた、自分のした事を棚にあげて、ひどい事をして許せないと言っていた自分が恥ずかしい。暴力を振るわなかったから、何なの。私、あの子の事、いじめた」有紗ちゃんは泣いた。「勝手だけど、先生に止めて欲しかった。先生は絶対に知っていた。だって、私達先生の目の前でいじめてたもん」
重野先生の進学科でのいじめの講義を聴いて、有紗ちゃんは普通科に移動してきた。重野先生の話を聞いて自分が友人をいじめた事を一気に思い出したそう。重野先生の話を聞くまで、有紗ちゃんは自分のした事はいじめではないと思っていた。否、彼女いわくそう思い込んでいた。
「いじめの加害者の多くは、自分はいじめていないと言う。それは悪い事をする人間の特徴です。でも、多くの人は自分がした事を本当は知っています。嘘を付いて、誤魔化しているだけです。時として自分にまで嘘を付く。子どもでも、大人でもそれは同じ」重野先生はそう言った。「その時に嘘を付いて誤魔化せても、やがて自分のした事と対面しなければならない時は来るんですよ。その時の苦しみは嘘を付く前の倍です」
友人は転校が決まってから休みがちになり、最後の日、教壇で別れの挨拶をする時に心底ホッとした顔をしていた。有紗ちゃんはその顔が忘れられないと言った。私がそんな顔をさせた、有紗ちゃんはそう言って泣いた。
山野谷くんをいじめた子たちも、有紗ちゃんの様に泣いて欲しい。悔いて欲しい。
山野谷くんをいじめた先生たちも、泣いて欲しい。悔いて欲しい。
僕は泣いている、ずっと悔いている。それは多分、生きている限りずっと続く。
でも、例え、加害者や先生が、僕が泣いても、悔いても、山野谷くんは生き返らない。
「僕たちが苦しいのは仕方がない」
僕がそう言うと、有紗ちゃんは「うん」と小さく頷いた。
「誰かを深く傷付けた事を反省すると言うのは苦しいのよ。特殊な人を除いて人間には良心があるの。でも、罪を犯した時に開き直ったり、被害者のせいにしたりする人はとても多いのよ」和泉先生はそう言って、僕と有紗ちゃんの手に自分の手を重ねた。「逃げてしまうのは簡単。でも、あなたたちは逃げてない。ここにいるのがその証拠よ」
僕たちは小さく頷いた。
「染谷くん」有紗ちゃんが僕の顔を見て言った。「お友達は染谷くんがいて嬉しかったと思うよ。あなたは私とは違う。加害者でも傍観者でもなく、被害者だよ。ごめんね」
その、「ごめんね」は僕にとって少し救いになった。
でも、山野谷くんは笑ってくれない。
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