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普通の子 6
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普通科の授業は中学時代と余り変わらなかった。人数が必要な授業は1年生から3年生までが集まって行う。2年生も3年生も人数は少ない。授業のカリキュラムは変わらない。海が丘高校には文化祭や体育祭はなく、他の行事が組まれているらしい。
進学科と違うのは、普通科全ての生徒が同じ部活であるボランティア活動に入部している事。老人施設や児童養護施設、地域の清掃活動などを行っている。
そしてクラスには担任の先生の他に、何時もカウンセラーの先生がいる。和泉先生と言う40代くらいの女性の先生で、とても優しい。授業中はいない時もあるが、いる事の方が多い。教室の一番後ろに先生の机と椅子があり、授業中に作業をしている時はカーテンを引いていた。
和泉先生は昼休みや放課後を使って、生徒とのカウンセリングを行っている。晴れた日に屋上で一緒にランチを食べながらのカウンセリングは僕にとって特別な時間だった。高校は丘の上にあるので、屋上に上がると町を一望出来た。暖かな日差しと、空気の良い田舎の風は気持ちが良い。
生徒とその保護者の親子カウンセリングは授業外に行われる。僕の親子カウンセリングはネットを使用し、両親と行っていた。でも、僕の場合は必要がないと思っていた。僕が悪い。父も母も何も関係ない。落ち度はない。両親は僕に愛情を持って、時に厳しく、優しく育ててくれた。これはきっと僕だけの問題。
水曜日は部活の日で早く授業が終わってしまう。部活に参加出来ない僕にはどうしたら良いのか分からない日だ。宿題や勉強は夕飯の後にやると決めていたので、それまでやる事がない。
部屋の掃除が終わり、縁側に座って庭を見ていた。何をして良いのか分からなかったからだ。この部屋にはテレビもラジオもない。テレビはリビングにはある、重野先生に見たいテレビは遠慮なく見て良いと言われているが見た事はない。見たいと思うテレビ番組がないし、何を放送しているのかも今は興味がない。前はバラエティー番組やスポーツ中継が好きだったが、今は自分でも驚くほど興味がなくなっていた。
母がスマートフォンを持たせてくれているが、両親との連絡以外で使用した事はない。朝と晩、両親がメールか電話をくれる、それ以外には兄がたまにメールをくれるだけ。そもそもアドレスには両親と兄しか登録していない。小学校、中学校と友人はいたが連絡先は知らないし、そもそも連絡を取りたいとは思えなかった。学校に行く時は机の上に置いて行っている。
この部屋にある娯楽は学校の図書室で借りた1冊の本だけ。図書室の左上から世界の文豪と言われる作家の本を一冊ずつ読んでいっている。でも今まで本が好きだった訳ではないから、なかなかページが進まないでいた。そもそも本を読む事に慣れておらず、ページをいったりきたりしていた。僕が欲しいのは楽しい本ではなかった。娯楽ではなく、何かを見つけ出したい。それは何からでも良い。でも、その何かが僕には分からない。僕は一体何を見つけ出したいのだろう。
顔に当たる太陽の光が暖かい。僕の膝にくっ付いて、猫が昼寝していた。タマ子と名付けられたこの猫はよく僕の部屋に遊びに来る。毎日ではないが、布団の中にも入って来て一緒に眠る。タマ子が側にいるのは庭を眺めているのと同じくらい、落ち着く。
もう一匹の猫はミケ子。重野先生いわく孤高の猫で、滅多に人に寄りつかず、先生たちにすら寄って来ない。僕がミケ子に触ろうとすると逃げてしまう。でも、悲しい時、苦しい時、何故か側に居てくれる不思議な猫だ。
タマ子の耳がぴくんと動いた。二つ先の襖がすっと開いて、路子先生の顔が覗く。「いつ見ても姿勢良く座るのね」手にはお盆。路子先生が歩く度に縁側がキシキシと鳴く。その度にタマ子の耳がぴくんと動くが、眠気には勝てない様で目は開かない。
お盆の上にはお茶とイチゴ大福が2人分乗っていた。高校近くの和菓子屋さんで名物のイチゴ大福。高校の購買でも月に二度程、販売していて直ぐに売り切れてしまうくらい人気らしい。
「今日は良いお天気ね」路子先生は僕の隣に座った。タマ子をくしゃくしゃと撫でたが、タマ子は頑なに目を開けようとしない。
何時からか水曜日の恒例になっている路子先生とのおやつタイム。
僕が重野先生のお宅に居候させてもらった当初、縁側はフローリングだった。でも、今はふかふかのカーペットが引かれていた。縁側で座布団を引かずに正座をしていたら、何度か路子先生が座布団を持って来てくれた。でも、僕はそれを拒否して、そのまま正座を崩さなかった。路子先生は座布団を持って来なくなったが、代わりにカーペットが引かれた。今も、僕は正座をしているが、フローリングの時より座り心地は良い。縁側にカーペットが引かれてから、猫も犬もあちらこちらで幸せそうに昼寝をしている。重野先生は動物たちの為と言ったが、僕の為だと言う事くらいは分かる。結局気を遣わせてしまっていた。
「体調はどう?」
「大丈夫です」今週の金曜日、学校の近くの病院で診察がある。高校に入学して数ヵ月、体重は増えないのに、身長が伸びた。食べる量は確実に増えているのに、体重が増えないのは身長が伸びたから。そのせいで部活も体育も参加出来ないままだ。病院で定期的に診察をしているが、了承が得られないままだ。
一度以前の様に走れるだろうと思い、走り出したら派手に転んでしまい、先生にも親にも心配と迷惑をかけてしまった。それ以来、無理をする事は控えていた。今はリハビリ期間、そう病院の先生にも言われている。
進学科と違うのは、普通科全ての生徒が同じ部活であるボランティア活動に入部している事。老人施設や児童養護施設、地域の清掃活動などを行っている。
そしてクラスには担任の先生の他に、何時もカウンセラーの先生がいる。和泉先生と言う40代くらいの女性の先生で、とても優しい。授業中はいない時もあるが、いる事の方が多い。教室の一番後ろに先生の机と椅子があり、授業中に作業をしている時はカーテンを引いていた。
和泉先生は昼休みや放課後を使って、生徒とのカウンセリングを行っている。晴れた日に屋上で一緒にランチを食べながらのカウンセリングは僕にとって特別な時間だった。高校は丘の上にあるので、屋上に上がると町を一望出来た。暖かな日差しと、空気の良い田舎の風は気持ちが良い。
生徒とその保護者の親子カウンセリングは授業外に行われる。僕の親子カウンセリングはネットを使用し、両親と行っていた。でも、僕の場合は必要がないと思っていた。僕が悪い。父も母も何も関係ない。落ち度はない。両親は僕に愛情を持って、時に厳しく、優しく育ててくれた。これはきっと僕だけの問題。
水曜日は部活の日で早く授業が終わってしまう。部活に参加出来ない僕にはどうしたら良いのか分からない日だ。宿題や勉強は夕飯の後にやると決めていたので、それまでやる事がない。
部屋の掃除が終わり、縁側に座って庭を見ていた。何をして良いのか分からなかったからだ。この部屋にはテレビもラジオもない。テレビはリビングにはある、重野先生に見たいテレビは遠慮なく見て良いと言われているが見た事はない。見たいと思うテレビ番組がないし、何を放送しているのかも今は興味がない。前はバラエティー番組やスポーツ中継が好きだったが、今は自分でも驚くほど興味がなくなっていた。
母がスマートフォンを持たせてくれているが、両親との連絡以外で使用した事はない。朝と晩、両親がメールか電話をくれる、それ以外には兄がたまにメールをくれるだけ。そもそもアドレスには両親と兄しか登録していない。小学校、中学校と友人はいたが連絡先は知らないし、そもそも連絡を取りたいとは思えなかった。学校に行く時は机の上に置いて行っている。
この部屋にある娯楽は学校の図書室で借りた1冊の本だけ。図書室の左上から世界の文豪と言われる作家の本を一冊ずつ読んでいっている。でも今まで本が好きだった訳ではないから、なかなかページが進まないでいた。そもそも本を読む事に慣れておらず、ページをいったりきたりしていた。僕が欲しいのは楽しい本ではなかった。娯楽ではなく、何かを見つけ出したい。それは何からでも良い。でも、その何かが僕には分からない。僕は一体何を見つけ出したいのだろう。
顔に当たる太陽の光が暖かい。僕の膝にくっ付いて、猫が昼寝していた。タマ子と名付けられたこの猫はよく僕の部屋に遊びに来る。毎日ではないが、布団の中にも入って来て一緒に眠る。タマ子が側にいるのは庭を眺めているのと同じくらい、落ち着く。
もう一匹の猫はミケ子。重野先生いわく孤高の猫で、滅多に人に寄りつかず、先生たちにすら寄って来ない。僕がミケ子に触ろうとすると逃げてしまう。でも、悲しい時、苦しい時、何故か側に居てくれる不思議な猫だ。
タマ子の耳がぴくんと動いた。二つ先の襖がすっと開いて、路子先生の顔が覗く。「いつ見ても姿勢良く座るのね」手にはお盆。路子先生が歩く度に縁側がキシキシと鳴く。その度にタマ子の耳がぴくんと動くが、眠気には勝てない様で目は開かない。
お盆の上にはお茶とイチゴ大福が2人分乗っていた。高校近くの和菓子屋さんで名物のイチゴ大福。高校の購買でも月に二度程、販売していて直ぐに売り切れてしまうくらい人気らしい。
「今日は良いお天気ね」路子先生は僕の隣に座った。タマ子をくしゃくしゃと撫でたが、タマ子は頑なに目を開けようとしない。
何時からか水曜日の恒例になっている路子先生とのおやつタイム。
僕が重野先生のお宅に居候させてもらった当初、縁側はフローリングだった。でも、今はふかふかのカーペットが引かれていた。縁側で座布団を引かずに正座をしていたら、何度か路子先生が座布団を持って来てくれた。でも、僕はそれを拒否して、そのまま正座を崩さなかった。路子先生は座布団を持って来なくなったが、代わりにカーペットが引かれた。今も、僕は正座をしているが、フローリングの時より座り心地は良い。縁側にカーペットが引かれてから、猫も犬もあちらこちらで幸せそうに昼寝をしている。重野先生は動物たちの為と言ったが、僕の為だと言う事くらいは分かる。結局気を遣わせてしまっていた。
「体調はどう?」
「大丈夫です」今週の金曜日、学校の近くの病院で診察がある。高校に入学して数ヵ月、体重は増えないのに、身長が伸びた。食べる量は確実に増えているのに、体重が増えないのは身長が伸びたから。そのせいで部活も体育も参加出来ないままだ。病院で定期的に診察をしているが、了承が得られないままだ。
一度以前の様に走れるだろうと思い、走り出したら派手に転んでしまい、先生にも親にも心配と迷惑をかけてしまった。それ以来、無理をする事は控えていた。今はリハビリ期間、そう病院の先生にも言われている。
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