無責任な大人達

普通の子 1

「お願いします。僕はどうしてもこの学校に入学したいんです」僕は土下座していた。人生初の土下座。面接をしている教室の床は綺麗で、床を見つめる僕の顔が映っていた。そう言えばまだこの学校は創設して１０年くらいだと聞いた。
　静まり返った教室には椅子を動かす音、足音が微かに聞こえた。僕の視界に灰色の靴、紺色の靴下、靴下よりも濃い紺色のズボンが見えた。頭に温かい手が触れる。
「顔を上げて」
　僕が顔を上げると、校長だと名乗った人が前にいて、困った表情で笑っていた。白い髪の毛に白い髭、身長も高く体も大きくて、まるでサンタクロースみたいだ。
「染谷くん、君の事はお母さんから聞いているよ。事情も説明してもらった」校長先生はよいしょ、と言って僕の目の前に腰を下ろした。「君はまず、うちの学校に入学する前にしなければならない事がある」
「それは何ですか？」僕は正座をした膝の上に両手を置いた。
「食べる事、寝る事」
「食べていますし、寝ています」
「食事は水と白米が少々、睡眠時間は３時間から良くて5時間くらいと聞いています」校長先生は僕の目を真っ直ぐと見つめながら、穏やかな口調で言った。僕の左肩を優しく掴む。「骨が出ていますよ。体重はどのくらい？」
「分かりません」体重計なんて随分長い間、乗っていない。先生が握った僕の手は、先生の手より随分小さくて細い。あれ、僕の手はこんなに細かったっけ？
「学校に通うには体力がいるんですよ。君の家からこの学校までは電車で最低でも２時間以上掛かります。その細さでは倒れてしまうでしょう」
「大丈夫です。体力には自信があります」僕は陸上部に所属している。短距離走でも長距離でもそれなりに良い成績を収め、選抜にも選ばれた事があった。だから体力には自信がある。電車で２時間の通学なら余裕で通えると思っていた。
「そうは見えませんよ」先生の白いふさふさとした眉が下がる。サンタクロースを困らせている様で、申し訳ない気分になった。
「僕は陸上部で長距離は優勝した事があります。選抜にも選んで頂きました。だから体力で負ける事はありません。大丈夫です」
「そう、頑張ったんだね」
「でも、僕は頭がよくありません」僕の声は小さくなってしまった。面接では大きな声でハキハキと、そう言われていたのに。出来る限りアピールしなければこの学校には受からない。この学校の噂を聞いてから、出来る限り勉強を頑張ったがそれでも偏差値が届かない。元々勉強よりスポーツに打ち込んでいたから、一年生から勉強し直さなければならなかった。この学校にはスポーツ推薦がない。偏差値が足りない僕にはアピールしかない。
「それは問題ないよ。志望している普通科は偏差値で学生を選んでいないんだ。ネットや塾では対外的に進学科の下くらいの偏差値にはなっている様だけど、面接で合否を判断しているからね」先生は穏やかな表情で笑った。「それよりも染谷くん、君はまず体重を増やそう」
「大丈夫です。痩せている様に見えるかもしれませんが、僕は体力には自信があります」
　先生の隣に、いつの間にか綺麗な女性の先生が座っていた。「私の身長は１７０センチであなたと殆ど変わらない。あなたの体重は私よりも随分軽く見える。４０キロくらいかしら？その証拠に染谷くんの手より肉付きが良いわ」先生が僕の手の横に自分の手を差し出した。
　本当だ。僕の手は細い。先生は太っておらず、痩せている方だった。その先生より、指も手の甲も細い。細いと言うより、骨。
「お母さんが心配しているわ。まずは食べて、良く寝ないとね」
「はい」母は何て先生に言ったんだろう？そう言えば、この学校は親も面接をするんだっけ。一緒に来たはずだけど、何処に行ったんだろう。緊張のせいか母が何時何処に行ったか、自分がどうやってこの教室に入ってきたのかさえ記憶がなかった。