16 / 41
教師の子 2
しおりを挟む
小さくノックの音がして、木村先生が顔を覗かせた。「ごめんね、お待たせして」先生はドアを閉めて、俺の目の前のソファーに腰を下ろした。手には数冊のファイルを持っていた。
丸まる様に座っていたソファーの上で、姿勢を正した。「すみませんでした。どんな処分でも受けます」出来る限り、きちんと頭を下げた。
「あら、何で?」
顔を上げて、木村先生を見ると不思議そうな表情を浮かべていた。「騒ぎになってしまいましたし」
「騒ぎを起こしたくらいでイチイチ処分していたら、この学校から生徒がいなくなってしまうわ」先生は小さく笑った。「それにこちらこそ、ごめんなさい」
「どうしてですか?」
「随分前から知っていたのよ。中学校から一緒の生徒も多いし、瀬戸くんも神澤先生に相談してくれていた訳だし。もう少し早く彼女の事をきちんとすべきだったわ。私たちの落ち度よ、ごめんなさい」木村先生は小さく頭を下げた。
「いいえ、そんな事」手の中で握りしめたティッシュが固くなっていく。そうか、相談していたのは俺だけじゃなかったんだ。その事がすごく嬉しかった。「我慢出来ると思ったんですけど」
「限界だったのね」
「はい。先生に相談すべきでした」
「彼女が瀬戸くんに好意を持っている事を?」ふふっと小さく笑い、木村先生は腕時計にちらっと視線を落とした。「難しいわね」
「どうして俺なんか」どうして親友の妹を傷付けたアイツなんかに好かれなきゃいけないんだ。サッカー部には顔の良い奴も、頭の良い奴も、俺なんかよりサッカーが上手い奴もたくさんいる。サッカー部のキャプテンをしているけど、キャプテンシーなんてなくてただ任命されただけ。何の巡り合わせで、こんな事になったんだろう。
「その言葉には色々な意味がありそうね」木村先生は困った様な表情を浮かべた。
「あの」俺はそう言った後で、少しだけ後悔した。でも、思い切って続きを口にする。「アイツ、じゃなくて彼女、どうなりますか?」
「また難しい質問ね」うーんと唸った後で、木村先生は小さな声で言った。「来週になれば分かるわ。でも、来週までは誰にも言わないでくれるかしら」
俺は頷いた。その意味が分かったから。「はい。誰にも言いません」そしてホッとした、心底。
「お願いね」と木村先生はそう言った後で、真剣な表情になった。「答えたくなければ答えなくても良いんだけど、友達の妹さんはどうしているの?」
「今は通信制の高校に行っていると聞いています。でも、多分外に出られていないと思います。中学校の名前も、いじめっ子たちの名前も聞くだけで吐いたり、次の日寝こんだりするって言っていたから」
「そう。辛いわね」ファイルの中から学校のパンフレットと封筒を取り出して、俺の前に置く。「良かったら親友の妹さんに渡しておいてくれるかしら」
海が丘高校のパンフレットは他の私立と違う。豪華で全面フルカラーの販売すら出来そうな、学校案内のパンフレットではない。その年その年のパソコン好き、写真好き、イラスト好きの生徒が集まって、学校案内のパンフレットを作っている。パンフレットや学校の宣伝に莫大なお金をかけるくらいなら、なるべく低予算に押さえてもう一人カウンセラーを増やしたい、生徒の授業の為に使いたい、との理事長の指示だと聞いた事がある。元々他の高校より学費は高いが、先生の数やカウンセラーの数、行っている授業や講義の内容が良いので、保護者を始めとして生徒でさえ学校が行うこうした節約に納得している。
「今はまだ、無理だと思いますが、渡しておきます」一度、親友にも言った事がある。ここなら、この学校なら大丈夫だよ、と。でも、それどころじゃなかった。彼女はまだ、それどころじゃない。
「よろしくね」木村先生はそう言うと腕時計を再び見た。「妹さんが好きなの?」
「え?」
木村先生はふふっと笑って、胸にファイルを抱えて立ち上がる。「答えはいらないわ。そろそろ授業が始まるから教室に戻って」
丸まる様に座っていたソファーの上で、姿勢を正した。「すみませんでした。どんな処分でも受けます」出来る限り、きちんと頭を下げた。
「あら、何で?」
顔を上げて、木村先生を見ると不思議そうな表情を浮かべていた。「騒ぎになってしまいましたし」
「騒ぎを起こしたくらいでイチイチ処分していたら、この学校から生徒がいなくなってしまうわ」先生は小さく笑った。「それにこちらこそ、ごめんなさい」
「どうしてですか?」
「随分前から知っていたのよ。中学校から一緒の生徒も多いし、瀬戸くんも神澤先生に相談してくれていた訳だし。もう少し早く彼女の事をきちんとすべきだったわ。私たちの落ち度よ、ごめんなさい」木村先生は小さく頭を下げた。
「いいえ、そんな事」手の中で握りしめたティッシュが固くなっていく。そうか、相談していたのは俺だけじゃなかったんだ。その事がすごく嬉しかった。「我慢出来ると思ったんですけど」
「限界だったのね」
「はい。先生に相談すべきでした」
「彼女が瀬戸くんに好意を持っている事を?」ふふっと小さく笑い、木村先生は腕時計にちらっと視線を落とした。「難しいわね」
「どうして俺なんか」どうして親友の妹を傷付けたアイツなんかに好かれなきゃいけないんだ。サッカー部には顔の良い奴も、頭の良い奴も、俺なんかよりサッカーが上手い奴もたくさんいる。サッカー部のキャプテンをしているけど、キャプテンシーなんてなくてただ任命されただけ。何の巡り合わせで、こんな事になったんだろう。
「その言葉には色々な意味がありそうね」木村先生は困った様な表情を浮かべた。
「あの」俺はそう言った後で、少しだけ後悔した。でも、思い切って続きを口にする。「アイツ、じゃなくて彼女、どうなりますか?」
「また難しい質問ね」うーんと唸った後で、木村先生は小さな声で言った。「来週になれば分かるわ。でも、来週までは誰にも言わないでくれるかしら」
俺は頷いた。その意味が分かったから。「はい。誰にも言いません」そしてホッとした、心底。
「お願いね」と木村先生はそう言った後で、真剣な表情になった。「答えたくなければ答えなくても良いんだけど、友達の妹さんはどうしているの?」
「今は通信制の高校に行っていると聞いています。でも、多分外に出られていないと思います。中学校の名前も、いじめっ子たちの名前も聞くだけで吐いたり、次の日寝こんだりするって言っていたから」
「そう。辛いわね」ファイルの中から学校のパンフレットと封筒を取り出して、俺の前に置く。「良かったら親友の妹さんに渡しておいてくれるかしら」
海が丘高校のパンフレットは他の私立と違う。豪華で全面フルカラーの販売すら出来そうな、学校案内のパンフレットではない。その年その年のパソコン好き、写真好き、イラスト好きの生徒が集まって、学校案内のパンフレットを作っている。パンフレットや学校の宣伝に莫大なお金をかけるくらいなら、なるべく低予算に押さえてもう一人カウンセラーを増やしたい、生徒の授業の為に使いたい、との理事長の指示だと聞いた事がある。元々他の高校より学費は高いが、先生の数やカウンセラーの数、行っている授業や講義の内容が良いので、保護者を始めとして生徒でさえ学校が行うこうした節約に納得している。
「今はまだ、無理だと思いますが、渡しておきます」一度、親友にも言った事がある。ここなら、この学校なら大丈夫だよ、と。でも、それどころじゃなかった。彼女はまだ、それどころじゃない。
「よろしくね」木村先生はそう言うと腕時計を再び見た。「妹さんが好きなの?」
「え?」
木村先生はふふっと笑って、胸にファイルを抱えて立ち上がる。「答えはいらないわ。そろそろ授業が始まるから教室に戻って」
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【Vtuberさん向け】1人用フリー台本置き場《ネタ系/5分以内》
小熊井つん
大衆娯楽
Vtuberさん向けフリー台本置き場です
◆使用報告等不要ですのでどなたでもご自由にどうぞ
◆コメントで利用報告していただけた場合は聞きに行きます!
◆クレジット表記は任意です
※クレジット表記しない場合はフリー台本であることを明記してください
【ご利用にあたっての注意事項】
⭕️OK
・収益化済みのチャンネルまたは配信での使用
※ファンボックスや有料会員限定配信等『金銭の支払いをしないと視聴できないコンテンツ』での使用は不可
✖️禁止事項
・二次配布
・自作発言
・大幅なセリフ改変
・こちらの台本を使用したボイスデータの販売

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる