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教師の子 2
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小さくノックの音がして、木村先生が顔を覗かせた。「ごめんね、お待たせして」先生はドアを閉めて、俺の目の前のソファーに腰を下ろした。手には数冊のファイルを持っていた。
丸まる様に座っていたソファーの上で、姿勢を正した。「すみませんでした。どんな処分でも受けます」出来る限り、きちんと頭を下げた。
「あら、何で?」
顔を上げて、木村先生を見ると不思議そうな表情を浮かべていた。「騒ぎになってしまいましたし」
「騒ぎを起こしたくらいでイチイチ処分していたら、この学校から生徒がいなくなってしまうわ」先生は小さく笑った。「それにこちらこそ、ごめんなさい」
「どうしてですか?」
「随分前から知っていたのよ。中学校から一緒の生徒も多いし、瀬戸くんも神澤先生に相談してくれていた訳だし。もう少し早く彼女の事をきちんとすべきだったわ。私たちの落ち度よ、ごめんなさい」木村先生は小さく頭を下げた。
「いいえ、そんな事」手の中で握りしめたティッシュが固くなっていく。そうか、相談していたのは俺だけじゃなかったんだ。その事がすごく嬉しかった。「我慢出来ると思ったんですけど」
「限界だったのね」
「はい。先生に相談すべきでした」
「彼女が瀬戸くんに好意を持っている事を?」ふふっと小さく笑い、木村先生は腕時計にちらっと視線を落とした。「難しいわね」
「どうして俺なんか」どうして親友の妹を傷付けたアイツなんかに好かれなきゃいけないんだ。サッカー部には顔の良い奴も、頭の良い奴も、俺なんかよりサッカーが上手い奴もたくさんいる。サッカー部のキャプテンをしているけど、キャプテンシーなんてなくてただ任命されただけ。何の巡り合わせで、こんな事になったんだろう。
「その言葉には色々な意味がありそうね」木村先生は困った様な表情を浮かべた。
「あの」俺はそう言った後で、少しだけ後悔した。でも、思い切って続きを口にする。「アイツ、じゃなくて彼女、どうなりますか?」
「また難しい質問ね」うーんと唸った後で、木村先生は小さな声で言った。「来週になれば分かるわ。でも、来週までは誰にも言わないでくれるかしら」
俺は頷いた。その意味が分かったから。「はい。誰にも言いません」そしてホッとした、心底。
「お願いね」と木村先生はそう言った後で、真剣な表情になった。「答えたくなければ答えなくても良いんだけど、友達の妹さんはどうしているの?」
「今は通信制の高校に行っていると聞いています。でも、多分外に出られていないと思います。中学校の名前も、いじめっ子たちの名前も聞くだけで吐いたり、次の日寝こんだりするって言っていたから」
「そう。辛いわね」ファイルの中から学校のパンフレットと封筒を取り出して、俺の前に置く。「良かったら親友の妹さんに渡しておいてくれるかしら」
海が丘高校のパンフレットは他の私立と違う。豪華で全面フルカラーの販売すら出来そうな、学校案内のパンフレットではない。その年その年のパソコン好き、写真好き、イラスト好きの生徒が集まって、学校案内のパンフレットを作っている。パンフレットや学校の宣伝に莫大なお金をかけるくらいなら、なるべく低予算に押さえてもう一人カウンセラーを増やしたい、生徒の授業の為に使いたい、との理事長の指示だと聞いた事がある。元々他の高校より学費は高いが、先生の数やカウンセラーの数、行っている授業や講義の内容が良いので、保護者を始めとして生徒でさえ学校が行うこうした節約に納得している。
「今はまだ、無理だと思いますが、渡しておきます」一度、親友にも言った事がある。ここなら、この学校なら大丈夫だよ、と。でも、それどころじゃなかった。彼女はまだ、それどころじゃない。
「よろしくね」木村先生はそう言うと腕時計を再び見た。「妹さんが好きなの?」
「え?」
木村先生はふふっと笑って、胸にファイルを抱えて立ち上がる。「答えはいらないわ。そろそろ授業が始まるから教室に戻って」
丸まる様に座っていたソファーの上で、姿勢を正した。「すみませんでした。どんな処分でも受けます」出来る限り、きちんと頭を下げた。
「あら、何で?」
顔を上げて、木村先生を見ると不思議そうな表情を浮かべていた。「騒ぎになってしまいましたし」
「騒ぎを起こしたくらいでイチイチ処分していたら、この学校から生徒がいなくなってしまうわ」先生は小さく笑った。「それにこちらこそ、ごめんなさい」
「どうしてですか?」
「随分前から知っていたのよ。中学校から一緒の生徒も多いし、瀬戸くんも神澤先生に相談してくれていた訳だし。もう少し早く彼女の事をきちんとすべきだったわ。私たちの落ち度よ、ごめんなさい」木村先生は小さく頭を下げた。
「いいえ、そんな事」手の中で握りしめたティッシュが固くなっていく。そうか、相談していたのは俺だけじゃなかったんだ。その事がすごく嬉しかった。「我慢出来ると思ったんですけど」
「限界だったのね」
「はい。先生に相談すべきでした」
「彼女が瀬戸くんに好意を持っている事を?」ふふっと小さく笑い、木村先生は腕時計にちらっと視線を落とした。「難しいわね」
「どうして俺なんか」どうして親友の妹を傷付けたアイツなんかに好かれなきゃいけないんだ。サッカー部には顔の良い奴も、頭の良い奴も、俺なんかよりサッカーが上手い奴もたくさんいる。サッカー部のキャプテンをしているけど、キャプテンシーなんてなくてただ任命されただけ。何の巡り合わせで、こんな事になったんだろう。
「その言葉には色々な意味がありそうね」木村先生は困った様な表情を浮かべた。
「あの」俺はそう言った後で、少しだけ後悔した。でも、思い切って続きを口にする。「アイツ、じゃなくて彼女、どうなりますか?」
「また難しい質問ね」うーんと唸った後で、木村先生は小さな声で言った。「来週になれば分かるわ。でも、来週までは誰にも言わないでくれるかしら」
俺は頷いた。その意味が分かったから。「はい。誰にも言いません」そしてホッとした、心底。
「お願いね」と木村先生はそう言った後で、真剣な表情になった。「答えたくなければ答えなくても良いんだけど、友達の妹さんはどうしているの?」
「今は通信制の高校に行っていると聞いています。でも、多分外に出られていないと思います。中学校の名前も、いじめっ子たちの名前も聞くだけで吐いたり、次の日寝こんだりするって言っていたから」
「そう。辛いわね」ファイルの中から学校のパンフレットと封筒を取り出して、俺の前に置く。「良かったら親友の妹さんに渡しておいてくれるかしら」
海が丘高校のパンフレットは他の私立と違う。豪華で全面フルカラーの販売すら出来そうな、学校案内のパンフレットではない。その年その年のパソコン好き、写真好き、イラスト好きの生徒が集まって、学校案内のパンフレットを作っている。パンフレットや学校の宣伝に莫大なお金をかけるくらいなら、なるべく低予算に押さえてもう一人カウンセラーを増やしたい、生徒の授業の為に使いたい、との理事長の指示だと聞いた事がある。元々他の高校より学費は高いが、先生の数やカウンセラーの数、行っている授業や講義の内容が良いので、保護者を始めとして生徒でさえ学校が行うこうした節約に納得している。
「今はまだ、無理だと思いますが、渡しておきます」一度、親友にも言った事がある。ここなら、この学校なら大丈夫だよ、と。でも、それどころじゃなかった。彼女はまだ、それどころじゃない。
「よろしくね」木村先生はそう言うと腕時計を再び見た。「妹さんが好きなの?」
「え?」
木村先生はふふっと笑って、胸にファイルを抱えて立ち上がる。「答えはいらないわ。そろそろ授業が始まるから教室に戻って」
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