無責任な大人達

Jane

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可哀想な子 14(完)

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 私は知っていた。多分、中学生の頃から。
 普段から、全くニュースを見ないと言う訳ではなかった。あの年、ニュースでは小学生から高校生まで多くの子どもがいじめで自殺をしていた。そもそも私たちがしたいじめは典型的なものだった。アレがいじめではない、誤解だと言い切った早紀ちゃんはおかしい。そして私もおかしい。学校も先生も、私たちの親もまたおかしかった。
 私は自分がしている事を理解していたと思う。でも、先生にも友達にも、親にも、そして自分にも嘘を付いた。私は悪くない、と言い聞かせて。
 あの日、木村先生が言った、「可哀想な子」の意味がようやく分かった。そして重野先生が何度も、何度も、父に普通科を薦めていた理由も。今まで父がしていた事が「愛じゃない」と言った理由も、今は悲しくなるほど意味が良く分かる。
 でも、父が私を愛している事も知っている。父は確かに私を愛している。でもその愛し方は間違っていて、私の為にはならない。私のためにはならない事は、愛とは呼べないのだと思う。
 私は父の代わりではない。父はきっと私を甘やかす事で、自分の幼い頃を甘やかしているのだと思う。間違った事をした子どもをそのまま受け入れてくれるのが愛だ、と父は考えているのだと思う。でも、それは正しくない、愛。
 母が教えてくれた。父は天才児である伯父に隠れ、祖父からの愛情を受ける事が出来なかった。祖父が父に感心を示す時は失敗した時だけだった。父は伯父以上の事が出来なかったから、どんなに頑張っても祖父は認めなかった。兄のIQがずば抜けて高いと分かった時、父の表情はひどく曇ったそうだ。
 可哀想なお父さん。でも、私はお父さんと一緒にいたら駄目になってしまう。
 どんな力を持ったとしても、私がした事は消せない。私は自分のした事と向き合って、罪悪感と共に生きていかなくてはならない。藍ちゃんの事を考えれば当然でしかない。でも、それはきっと辛くて苦しい日々になるはずだ。苦しくて、哀れで、とても惨めだ。
 ずっと、苦しい。
 私は家の窓から飛び降りた。流れてくる血はとても温かった。誰かの叫び声が聞こえた。
 死ねなかった。でも、そもそも本気で死にたかったのかどうかさえ、私自身が分からない。家は二階建てで死ねるような高さもなく、私の身体が落ちたところは芝生の上だった。ただあの時、私は苦しくて苦しくて、どうにかしてその苦しみから逃れたいと思った。
 私は再び嘘を付いた。父は地元の大学へ進学させたがっていた。私は母のいる東京の大学へ行きたいと父に頼んでいたが、何時も怒り出してしまう。だから、窓から飛び降りた理由をそのせいにした。父はひどく傷付いた顔をしていたが、不思議と気にならなかった。父のせいにしたから、父は誰の事も怒らなかった。それにホッとしていた。
 父の傷付いた顔より、学校の先生の辛そうな顔がきつかった。和泉先生は自分のせいだ、と泣いた。私は父に付いた嘘を貫き通した。先生のせいじゃない。本当は父のせいでもない。私のせい。
 多分、私は色々な事から逃げたいのだと思う。自分のした事から逃げる癖はなかなか消えないのかもしれない。
 髭野先生が言っていた。「学校さえ誤魔化せればなかった事に出来ると思う人は多いが、実際は人の話はよく回るもの。学校が黙っていたとしても、人は黙っていてはくれない。それが悪い事なら尚更なんだよ」
 過去から、自分の犯した罪から、自分の良心からは、逃れられない事を私は身をもって知っている。
 髭野先生はこうも言っていた。「被害者が例え忘れる事が出来たとしても、加害者は忘れてはいけない。罪を償うとは自分のした事を忘れないで、今度は誰かを助けながら生きていく事だと私は思う」


 本当は知っている。
 私は私がした事を、本当は知っていた。
 でも、罪悪感が苦しい事だけは知らなかった。

                             可哀想な子 完
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