無責任な大人達

Jane

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可哀想な子 10

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 普通科での日々はゆっくりと、じっくりと私の記憶を解いていく。ボランティア活動も、カウンセリングも、様々な先生の講義も、有紗ちゃん達や先輩達との話も、全てがちょっとしたきっかけになる。
 母を家から追い出したのは私だ。母は優しかったが、厳しかった。食事の作法やお手伝い、人との接し方、口の利き方。私はそれが嫌だった。だから甘やかせてくれる父に逃げた。
 父は私が泣くと母を怒った。父は何でも許してくれた。嫌なら手伝いもしなくて良い。私が何をしても怒らない、例え誰かを傷付けても。
 泣いているじゃないか、そう母に怒鳴る父の姿をよく見ていたし、私は泣けば父が絶対に庇ってくれるのを知っていた。
 あの日私は確かに言った。「お母さんなんて嫌い。私はお父さんと暮らす」私が父と暮らす事を選んでいた。だって父は何をしても怒らないもの。
 和泉先生に「お母さんに会いたい」と漏らしてから数ヵ月経った頃、先生がニコニコしながら言った。「お父さんがお母さんの連絡先を教えてくれて、木村先生が連絡を取ってくれたの。お母さん、東京に住んでいるんですって」
 木村先生がまた父に勝った。中学の先生はすぐに父に負けたのに。
「仕事が忙しくてこっちには来られないけど、ネットの電話でまず重野先生と木村先生が話す予定になっているの。その後、私と萌加さんとお母さんで話しましょう」
 お母さんは私を見て微笑んだ後に、ボロボロと泣いた。「連絡してくれて嬉しい。待っていたのよ」母は言葉を濁していたけど、どうやら私に定期的に連絡をしていたみたいだった。手紙やメール、電話、何故繋がらなかったのか、理由はきっと父しか知らない。
 私が中学時代いじめをしていた事はもう知っていた。きっと先生達が事前に話をしたんだと思った。
「何てひどい事をしたの。不登校にまで追い込むまで、いじめるなんて。その子は高校だって行けてないかもしれないのよ。もう取り返しがつかないのよ」と母は画面越しに怒り、泣いた。母の言葉は、涙は私の心を切り裂いた。私がした事で母は怒り、悲しんでいた。
 ひどく苦しい。
 父は私以外の人に怒っていたのに。
 母が藍ちゃんに謝りたいと和泉先生に言うと、先生は小さく首を振った。「藍さんは中学校の名前、お嬢さん達の名前を聞くと体調を崩してしまうそうです。この先の事は分かりませんが今はまだ、接触するのは止めた方が良いと思います」
 その言葉はとてもショックだった。私の名前すら藍ちゃんは拒否している。当たり前だけど、考えもしなかった。 綺麗な言葉ばかりを並び立てて、厳しい言葉を私達には告げてこなかった中学時代の先生は生徒をどうしたかったのだろう。私たちがいじめて愛ちゃんは学校に来られなくなったのに、先生は何も言わなかった。まるで何事もなかったかの様に。
 そして父は、私をどういう人間に育てたかったのだろう。中学の先生と同じ様に、まるで何事もなかったかの様な顔をしていた。父にとって、私は一体どんな存在なのだろう。
 心を動かされるのは、自分をしっかりと見てくれる人の言葉。どんなに綺麗な言葉を並び立ててみても、自分の事を考えてくれない大人の言葉は何一つ響かない。多分大人が思うより、子どもは色々な事を見ている、知っている。私は知らないふりをしただけ。
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