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可哀想な子 9
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「先生、お母さんに会いたい」
「お母さん?萌加さんのご両親は離婚しているのよね。会ってないの?」
私は小さく頷いた。
「そう、離婚されたのは何時?」
「多分去年です。でもその前から別居をしていました」
母が出て行ったのは何時だっただろう。正確な離婚時期は知らない。父がもう帰ってこない、別れたから、と教えてくれた。悲しかった。でも、私は何処か淡々としていた、涙さえ出なかった。
母を最期に見た時、母は私に怒っていた。何が原因で怒られたのかは、もう覚えてもいない。
私をひどく怒っている母に父が怒り、派手な喧嘩になり、朝起きたら母は家からいなくなっていた。父は母が家を出た理由を教えてくれなかった。私は母に何を怒られたんだろう。私は母に怒られて泣いていて、帰宅した父の背中に隠れた。
母は兄だけを連れて家を出た。3つ上の兄はいわゆる天才児で、一度見たものを瞬間的に記憶する。父の兄もそうだったらしく、血筋だと祖父が言っていた。私は天才児ではなかった。父も母も違う。兄に対する周囲の期待はすごく祖父の知り合いの大学教授が入れ替わり、家に来ていた。私は何でも器用にこなす兄が誇らしかった。
「お兄さんに焼きもちやいた?」
「いいえ、誇らしかった。兄は私を可愛がってくれていました」今は、何故連絡がこないの?私は今までどうして兄に連絡をしないの?
どうしてだろう。私は母と兄が家を出た事も、離婚した事も、連絡さえ来ない事も、素直に受け入れていた。それでも父に数回、母や兄について聞いた事はあった。
「お母さんは何時もお兄さんの側にいたの?」
私はその問いの意味を頭の中で何度も繰り返した。何時も側に?兄はその才能を伸ばすべく、色々な習い事をしていた。母がもちろん送り迎えをしたが、記憶の中では私もそこにいる。母と手を繋いで、兄が学んでいる間ショッピングをしたり、喫茶店でお話をしたり、時には車の中で本を読みながら寝てしまったりしていた。母は兄だけ構っていた訳じゃない。なのに、母は何故兄だけを連れて行ったんだろう。
「先生、私、お母さんの連絡先知らない」
「お父さんに聞ける?」
私は首を振った。「怖い」父が怖い。父は私に暴言を吐かないし、暴力も振るわない。でも、母の事も兄の事も口にすると機嫌が悪くなる。私が何をしても怒らないし、普段は優しいが、母と兄の事は聞けない。私が数回母と兄について聞いた時、父は明らかに不機嫌な顔をしていたし、動作も荒くなった。その時、父は早々に食事を切り上げ、ドアを荒々しく閉め、リビングを出て行った。でも、数時間後にリビングに入ってきた父は何時もの優しい父だった。
「そう、なら学校で聞いてみるわね」和泉先生はにっこりと笑った。
私が、と聞かなかったのは、父に電話したのが木村先生だったからだ。その電話を父が取った時、私は側にいて父が怒鳴っているのを聞いていた。父は自分の部屋に移動したが、その怒鳴る声は聞こえていた。「あんたには関係ない。人の家庭に口を出すな」
「お母さん?萌加さんのご両親は離婚しているのよね。会ってないの?」
私は小さく頷いた。
「そう、離婚されたのは何時?」
「多分去年です。でもその前から別居をしていました」
母が出て行ったのは何時だっただろう。正確な離婚時期は知らない。父がもう帰ってこない、別れたから、と教えてくれた。悲しかった。でも、私は何処か淡々としていた、涙さえ出なかった。
母を最期に見た時、母は私に怒っていた。何が原因で怒られたのかは、もう覚えてもいない。
私をひどく怒っている母に父が怒り、派手な喧嘩になり、朝起きたら母は家からいなくなっていた。父は母が家を出た理由を教えてくれなかった。私は母に何を怒られたんだろう。私は母に怒られて泣いていて、帰宅した父の背中に隠れた。
母は兄だけを連れて家を出た。3つ上の兄はいわゆる天才児で、一度見たものを瞬間的に記憶する。父の兄もそうだったらしく、血筋だと祖父が言っていた。私は天才児ではなかった。父も母も違う。兄に対する周囲の期待はすごく祖父の知り合いの大学教授が入れ替わり、家に来ていた。私は何でも器用にこなす兄が誇らしかった。
「お兄さんに焼きもちやいた?」
「いいえ、誇らしかった。兄は私を可愛がってくれていました」今は、何故連絡がこないの?私は今までどうして兄に連絡をしないの?
どうしてだろう。私は母と兄が家を出た事も、離婚した事も、連絡さえ来ない事も、素直に受け入れていた。それでも父に数回、母や兄について聞いた事はあった。
「お母さんは何時もお兄さんの側にいたの?」
私はその問いの意味を頭の中で何度も繰り返した。何時も側に?兄はその才能を伸ばすべく、色々な習い事をしていた。母がもちろん送り迎えをしたが、記憶の中では私もそこにいる。母と手を繋いで、兄が学んでいる間ショッピングをしたり、喫茶店でお話をしたり、時には車の中で本を読みながら寝てしまったりしていた。母は兄だけ構っていた訳じゃない。なのに、母は何故兄だけを連れて行ったんだろう。
「先生、私、お母さんの連絡先知らない」
「お父さんに聞ける?」
私は首を振った。「怖い」父が怖い。父は私に暴言を吐かないし、暴力も振るわない。でも、母の事も兄の事も口にすると機嫌が悪くなる。私が何をしても怒らないし、普段は優しいが、母と兄の事は聞けない。私が数回母と兄について聞いた時、父は明らかに不機嫌な顔をしていたし、動作も荒くなった。その時、父は早々に食事を切り上げ、ドアを荒々しく閉め、リビングを出て行った。でも、数時間後にリビングに入ってきた父は何時もの優しい父だった。
「そう、なら学校で聞いてみるわね」和泉先生はにっこりと笑った。
私が、と聞かなかったのは、父に電話したのが木村先生だったからだ。その電話を父が取った時、私は側にいて父が怒鳴っているのを聞いていた。父は自分の部屋に移動したが、その怒鳴る声は聞こえていた。「あんたには関係ない。人の家庭に口を出すな」
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