無責任な大人達

Jane

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可哀想な子 3

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「違います」私の声は震えている。
「何がどう違うの?」木村先生が首を傾げた。
「私はいじめていません。私は仲良くしていました」
「瀬戸君が間違っていると言いたいのかしら?」
 私は頷いた。手の中で美奈ちゃんが貸してくれた桜の柄のハンカチがぐちゃぐちゃになっていた。これを返せる日はくるのだろうか、ないかもしれない、そうふと考えてぞっとした。
「そう。古賀先生の言う事と随分違うわね」
 私は木村先生の顔を見上げた。先生と目が合い、すぐに視線をハンカチに戻す。ハンカチに涙が落ちた。
 古賀先生は2年の時の学年主任だ。50代くらいの女性の先生で何時でも私に優しかった。でも、何時も授業を遅刻して来る癖に、生徒の遅刻や忘れ物はヒステリックに怒鳴った。そして何時も自分の事を褒め、自分は教師として間違ってないと言い、自分は今までずっと生徒に慕われてきていると皆に言っていた。
「萌加さんがした事を隠してくれると思った?学校や先生がいじめを隠蔽するのは加害生徒の為ではないのよ。全て自分の為。自分の学校からいなくなれば喜んであなたがした事を話すわ。時にはテレビの取材だって喜んで受けて悪く言うのよ」その声は優しくて、でもどこか怒りを含んでいた。「いじめを誤魔化しても大人しか得をしないのよ」
 ちらっと見た木村先生は泣いていた。目の端がきらっと光り、長い指で涙を弾いた。
「可哀想な子」
 何故かすごくショックを受けた言葉だった。木村先生は私を憐れんでいた、心から。凛とした木村先生は女子生徒の間では憧れの存在で、涙を流すイメージなんてなかった。その先生が泣いている、私を可哀想と言って。私がどうして可哀想なのかが分からない。
 私はいじめなんかしていない。藍ちゃんは確かに無視をされていた。グループの中で浮いていたからだ。私たちのグループは5人居て、中心には何時も早紀ちゃんがいた。早紀ちゃんが藍ちゃんに「死ね」と言った。早紀ちゃんが藍ちゃんの首を絞めた。クラスメイトはそれを見て笑っていた。
 藍ちゃんはずっと1人で通っていた。でもやがて来なくなった。早紀ちゃんは嬉しそうに「ざまぁみろ」と笑った。
 藍ちゃんが学校に来なくなってから、先生が騒ぎ出した。私たちは呼び出されて「いじめは駄目だ。藍ちゃんは傷付いているんだ。傷は薄くなるけど残るんだ」と怒られた。早紀ちゃんは先生の言葉をバカみたいと笑った。
 嘘つき。
 早紀ちゃんは藍ちゃんにメールも送ったらしい。何を言ったのかは分からないけど、今度はクラスメイトの全員の前で先生が告げた。「このクラスでいじめがありました。いじめはしてはいけない事です」その後続く説教は駄目、駄目を繰り返していた。その言葉はクラスの中の誰の心も動かさなかった。皆、深刻そうな表情の裏で、面倒くさそうに聞いていただけ。
 でも、早紀ちゃんは泣いた。まるで自分がいじめられたかの様に。クラスの女の子が「かわいそう」と彼女の周りを囲んで慰めていた。
 私たちのグループの中の子が早紀ちゃんに言った。「何で泣くの?バカみたい」早紀ちゃんはそれを聞いて、また泣いていた。
 私たちのグループは壊れた。早紀ちゃんは他の庇ってくれる子の中に入れて貰っていた。あなたは悪くないよ、と慰められていた。
 グループに、いじめに、先生に怒っていたのは数人の男子だけ。後は知らん顔。でも知らん顔しながら、自分たちだって笑っていた。悪口を言って、睨み付けて、早紀ちゃんが「死ね」って言うのを聞いて笑っていた。
 3年になってクラスが変わったけど、しばらくすると早紀ちゃんも元通り仲良くなった。藍ちゃんの姿はもう見る事がなかった。私は藍ちゃんをいじめていない。いじめていたのは早紀ちゃんだけだ。私は藍ちゃんとも仲良くしたかった、本当だもの。
「やっていないと嘘を付く人はやがてその嘘に自分自身が呑み込まれてしまう。でも、君は知っている、自分がした事を。違うかな?」どんな言葉でも、髭野先生の声は優しい。
 でも、嘘なんて付いてない。早紀ちゃんがいじめただけ、私は何もしていない。「いじめていません」
 少しの沈黙の後、部屋を除く顔があった。「先生、お父さんが来られました。お通ししても良いですか?」
「えぇ」木村先生がその声に応える。
「良いね?」髭野先生がもう一度繰り返した。「困った時は何時でも来るんだよ」
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