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可哀想な子 1
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本当は知っていた。
気が付かないフリをしていただけ。
私は随分前から全てを知っていたの。
県内トップクラスの共学の私立海が丘高校。偏差値も高くて、スポーツや習い事も同時に頑張っている生徒が多い。授業料が高いせいか裕福な家庭の生徒が多く、荒れている生徒はいない。先生は一人ひとりの生徒に目を配ってくれ、勉強もその他の事も丁寧な指導をしてくれる。生徒が先生の悪口を言っているのを聞いた事がないのは、初めてだった。
何も勉強しなくてもトップを取れる秀才がたくさんいる中で、私の成績はあまり良くない。この学校に合格できたのも不思議なくらいだった。スポーツも習っている訳ではないし、得意でもない。部活は調理部に入った。そんな私が唯一誇れるのは、父と原宿に遊びに行ったときに芸能事務所の人に声をかけられた事くらい。勉強もスポーツも自慢できない私の自慢。
クラスで出来た友達二人はとても頭が良い。美奈ちゃんはその上ピアノも上手い。亜美ちゃんはバレエをしていて、何時も姿勢が良くてカッコいい。二人ともしっかりしているから、私は美奈ちゃんと亜美ちゃんに付いて回っているだけ。
私には密かに憧れている先輩がいる。サッカー部のキャプテン、瀬戸先輩。サッカーはルールすら分からないけど、瀬戸先輩がすごくうまい事だけは分かる。噂では大学の強豪校からスカウトが来たらしい。私が憧れているのは三人だけの秘密。
授業が終わり廊下に出ると、その瀬戸先輩が目の前にいた。うちのクラスのサッカー部員を呼び出している。先輩はちらっと私の方を見た。
「今、こっち見たよね?話しかけちゃいなよ」美奈ちゃんが私に囁いた。
亜美ちゃんの頬が何故か赤くなっていて、瀬戸先輩と私の間をキョロキョロしている。
私は身体が動かなかった。やっぱり瀬戸先輩はカッコいい。テレビに出てくる芸能人のように顔がカッコいい訳ではないけど、背が高いし、何処か大人びていた。
「瀬戸先輩、今度の試合っていつですか?」美奈ちゃんがニコニコ笑いながら、言った。
私の腕にくっついている美奈ちゃんの腕が身体を押してくる。
瀬戸先輩は美奈ちゃんを見てから、私の方を一瞬だけ見た。「来週の日曜日」
ついに美奈ちゃんが私の背中を押した。私は一歩進んで、少しだけ瀬戸先輩に近付いた。「あの」
「来るな」冷ややかな声だった。
私の目の前が凍った。
「俺に話しかけるな」瀬戸先輩は私を見下ろしながら、私から逃げるように後退った。その冷たい声は初めて男の人から、私に向けられた声だった。
「先輩?」クラスから出てきたサッカー部の子が瀬戸先輩と私を交互に見ている。「どうかしたんですか?」彼のその声でクラスの中からクラスメイトが次々に出て来て、廊下がざわめきだした。
なんで?気が付いた時には、私は泣いていた。なんで瀬戸先輩にそんな事言われなきゃいけないの?瀬戸先輩とは話したことすらないのに。口には出せなかった。
美奈ちゃんと亜美ちゃんがオロオロしながら、私の腕を擦ってる。
廊下にいた他のクラスの先生が飛んできて、瀬戸先輩と小さな声で話をしている。瀬戸先輩の声が聞こえた。「すみません」
何処からか若い女性の先生が走って来て、小さな声で言った。「ちょっと場所を移動しましょうか」
私は美奈ちゃんと亜美ちゃんに支えられて、泣きながら先生の後を歩いていた。二人は不安げな顔で「大丈夫?」と何度も声をかけてくれた。
教室を通る時、誰かが言った。「瀬戸先輩ひどい」皆が不安げな表情で私たちを見ていた。
職員室の隣の小さな部屋。廊下と職員室の二方向にドアがあり、職員室のドアは何故かない。小さな机を真ん中にして、三人掛け用のソファーと一人用のソファーが二つあり、私たちは三人掛け用のソファーに座らされた。ソファーはふわふわで座ると、身体が半分程沈んだ。美奈ちゃんと亜美ちゃんは私の隣に座った。
部屋に連れて来てくれた若い先生が私たちに事情を聴き、私たちはそのままの事を話した。私が密かに瀬戸先輩に憧れていた事は誰も言わなかった。先生がティッシュの箱を机の上に置き、近くにゴミ箱を引き寄せてくれていた。
私はまだ泣いていた。何故だか分からなかった。美奈ちゃんと亜美ちゃんも何故だか泣きそうな表情をしていて、私の腕を握っていた。
「違います」瀬戸先輩の声。職員室にいる声が聞こえる。「すみません、騒いでしまって」
若い先生はちらっとだけ職員室の中を見た。
職員室の騒めきと、ボソボソと話す瀬戸先輩と先生の声。何を言っているのか、何を話しているのか、聞こえない。
「違うよ、先生。あいつは俺の友達の妹をいじめたんだ!」瀬戸先輩の怒鳴り声。
その瞬間、美奈ちゃんと亜美ちゃんが私の腕からそっと手を離した。私は察した。2人とはもう仲良くできない事を。
気が付かないフリをしていただけ。
私は随分前から全てを知っていたの。
県内トップクラスの共学の私立海が丘高校。偏差値も高くて、スポーツや習い事も同時に頑張っている生徒が多い。授業料が高いせいか裕福な家庭の生徒が多く、荒れている生徒はいない。先生は一人ひとりの生徒に目を配ってくれ、勉強もその他の事も丁寧な指導をしてくれる。生徒が先生の悪口を言っているのを聞いた事がないのは、初めてだった。
何も勉強しなくてもトップを取れる秀才がたくさんいる中で、私の成績はあまり良くない。この学校に合格できたのも不思議なくらいだった。スポーツも習っている訳ではないし、得意でもない。部活は調理部に入った。そんな私が唯一誇れるのは、父と原宿に遊びに行ったときに芸能事務所の人に声をかけられた事くらい。勉強もスポーツも自慢できない私の自慢。
クラスで出来た友達二人はとても頭が良い。美奈ちゃんはその上ピアノも上手い。亜美ちゃんはバレエをしていて、何時も姿勢が良くてカッコいい。二人ともしっかりしているから、私は美奈ちゃんと亜美ちゃんに付いて回っているだけ。
私には密かに憧れている先輩がいる。サッカー部のキャプテン、瀬戸先輩。サッカーはルールすら分からないけど、瀬戸先輩がすごくうまい事だけは分かる。噂では大学の強豪校からスカウトが来たらしい。私が憧れているのは三人だけの秘密。
授業が終わり廊下に出ると、その瀬戸先輩が目の前にいた。うちのクラスのサッカー部員を呼び出している。先輩はちらっと私の方を見た。
「今、こっち見たよね?話しかけちゃいなよ」美奈ちゃんが私に囁いた。
亜美ちゃんの頬が何故か赤くなっていて、瀬戸先輩と私の間をキョロキョロしている。
私は身体が動かなかった。やっぱり瀬戸先輩はカッコいい。テレビに出てくる芸能人のように顔がカッコいい訳ではないけど、背が高いし、何処か大人びていた。
「瀬戸先輩、今度の試合っていつですか?」美奈ちゃんがニコニコ笑いながら、言った。
私の腕にくっついている美奈ちゃんの腕が身体を押してくる。
瀬戸先輩は美奈ちゃんを見てから、私の方を一瞬だけ見た。「来週の日曜日」
ついに美奈ちゃんが私の背中を押した。私は一歩進んで、少しだけ瀬戸先輩に近付いた。「あの」
「来るな」冷ややかな声だった。
私の目の前が凍った。
「俺に話しかけるな」瀬戸先輩は私を見下ろしながら、私から逃げるように後退った。その冷たい声は初めて男の人から、私に向けられた声だった。
「先輩?」クラスから出てきたサッカー部の子が瀬戸先輩と私を交互に見ている。「どうかしたんですか?」彼のその声でクラスの中からクラスメイトが次々に出て来て、廊下がざわめきだした。
なんで?気が付いた時には、私は泣いていた。なんで瀬戸先輩にそんな事言われなきゃいけないの?瀬戸先輩とは話したことすらないのに。口には出せなかった。
美奈ちゃんと亜美ちゃんがオロオロしながら、私の腕を擦ってる。
廊下にいた他のクラスの先生が飛んできて、瀬戸先輩と小さな声で話をしている。瀬戸先輩の声が聞こえた。「すみません」
何処からか若い女性の先生が走って来て、小さな声で言った。「ちょっと場所を移動しましょうか」
私は美奈ちゃんと亜美ちゃんに支えられて、泣きながら先生の後を歩いていた。二人は不安げな顔で「大丈夫?」と何度も声をかけてくれた。
教室を通る時、誰かが言った。「瀬戸先輩ひどい」皆が不安げな表情で私たちを見ていた。
職員室の隣の小さな部屋。廊下と職員室の二方向にドアがあり、職員室のドアは何故かない。小さな机を真ん中にして、三人掛け用のソファーと一人用のソファーが二つあり、私たちは三人掛け用のソファーに座らされた。ソファーはふわふわで座ると、身体が半分程沈んだ。美奈ちゃんと亜美ちゃんは私の隣に座った。
部屋に連れて来てくれた若い先生が私たちに事情を聴き、私たちはそのままの事を話した。私が密かに瀬戸先輩に憧れていた事は誰も言わなかった。先生がティッシュの箱を机の上に置き、近くにゴミ箱を引き寄せてくれていた。
私はまだ泣いていた。何故だか分からなかった。美奈ちゃんと亜美ちゃんも何故だか泣きそうな表情をしていて、私の腕を握っていた。
「違います」瀬戸先輩の声。職員室にいる声が聞こえる。「すみません、騒いでしまって」
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職員室の騒めきと、ボソボソと話す瀬戸先輩と先生の声。何を言っているのか、何を話しているのか、聞こえない。
「違うよ、先生。あいつは俺の友達の妹をいじめたんだ!」瀬戸先輩の怒鳴り声。
その瞬間、美奈ちゃんと亜美ちゃんが私の腕からそっと手を離した。私は察した。2人とはもう仲良くできない事を。
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