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第二話
しおりを挟む「、も、もう…無理っす、っ」
その言葉を最後に地面に倒れ込んだまま動かなくなった部下に、グウェンはふんと鼻を鳴らした。
屍のようになった副隊長の周りへ、先に訓練が終わっていた他の部下達が近寄っていく。
一見上官を案じているように見えるが、彼らの目的はそんなことではない。
倒れ込んだままの副隊長を面白そうに眺めたり、脇腹を突き回してみたりと、彼らはやりたい放題し始めたのだ。
仮にも副隊長に対する態度とは思えない暴挙にも、グウェンは呆れるだけで止めようとはしない。
何しろ当人である副隊長自身がグウェンに対して似たような態度を取っているのだ、同じようにやり返された所で文句を言う資格はない筈であった。
それにこんな彼らだって、有事の際には自分達上官のどんな命令にも忠実に従ってみせると知っているから、この程度のお巫山戯なら大目に見てやっているのだ。
哀れな副隊長が弄ばれている様を尻目に、グウェンは訓練場に置かれた時計へと視線を移した。
そしてこの時点でやっと、時刻が正午を過ぎようとしていると気がついた。
(思っていたより時間をかけてしまったな、急いで準備をしなければ)
グウェンは無言のまま考え事をしつつ、手に持ったままであった木剣をベルトに納めた。
辺りを見渡して怪我人がいないか確認するも、今回は誰もひどい怪我はしていないようであった。
ただ1人、副隊長だけが地面と熱い接吻を交わしたまま起き上がっていないのが気になるが、あれは単に体力の限界というだけであろう。
グウェンがそうやって結論付けられたは、叩きのめした時に骨折などの確かな手応えがなかったからという、なんとも野蛮ながらも的確な理由からだった。
元より訓練時間は午前中のみの予定であったので、後は隊長であるグウェンが許可を出すだけで訓練は終了となる。
隊員達が号令が掛かるのを待っているのが、空気として感じ取れた。
速やかに帰宅したいのはグウェンとて同じであったので、そのまま大きく口を開くと腹の底から声を出す。
「それじゃあ、後は各自片付けが済んだ者から解散して良しとする!
…ついでに副隊長が無事に帰れるよう、誰か介護してやってくれ」
グウェンの言葉を皮切りに、隊員たちはそれぞれの武器や備品などを片付け始めた。
念の為に副隊長のお守りをしてくれるよう声をかけたら、部下の1人が了承の意を返してくれた。
それは例の副隊長をしつこく突き回していた人物であった。
彼に任せれば副隊長がこれから揶揄われまくることになるとわかっていたが、グウェンは簡潔に謝意を述べるだけで、後は知らぬとさっさと訓練場を後にしたのだった。
このやりとりを見守っているだけの新人などは、去り行くグウェンの背中を信じられない物を見る目で見つめている。
すたすたと軽い調子で歩いているグウェンだって、副隊長と同程度かそれ以上の運動量をこなしている筈なのだ。
だというのに信じられない事に、彼は息切れ一つしていない。
さすがに着ている洋服は土埃と汗で汚れてしまってはいたが、他の隊員達に比べてみれば雲泥の差であった。
新人達はそこまで考えて尊敬と畏怖がない混ぜになった心境になるも、彼らだって数年も経てばそこらで副隊長を揶揄う隊員達のように図太く逞しくなるのだ。
そこまでの道のりが厳しく辛いものであることは、言うまでもないが。
そんな風に思われていることなど露知らず、グウェンは一刻も早く私室に帰ってシャワーを浴びようと急いでいた。
ちょうどグウェンがその足を、訓練場から少し離れた場所にある建物の中へと踏み入れようとしていた時のことである。
「くそっ!次の犠牲者はお前かもしれないんだからな、覚悟しとけよっ!」
それなりに遠い距離に居るはずの、副隊長の恨めしそうな怒鳴り声が聞こえてきたのだ。
ようやく復活したらしい彼は、予想通り部下達に散々揶揄われているようである。
どういった経緯で発した言葉かは、現場にいなかったグウェンにはわからないが、恐らくは筋肉痛でぷるぷると震える両脚を馬鹿にされたり、突き回されて怒っているのだろうな、と辺りをつけた。
それにしても、まるで幼い子供が怪物を怖がっているみたいな物言いである。
いい大人が言っているとは思えない発言に、グウェンは思わず歩きながら1人で笑ってしまった。
「、ふはっ」
いつも不機嫌そうに顔をしかめているグウェンの珍しい微笑みに、たまたまそばを通り過ぎようとしていた者達がぼおっと見惚れて立ち止まった。
彼は普段の表情が険しすぎるだけで、元来整った美しい容姿をしている男なのだ。
間近で彼の自然な笑顔を見かけた令嬢など、頬が熟れた林檎のように赤く染まってしまっており、完全に心を奪われているのが誰の目にも明らかであった。
実を言うとこうしてグウェンがふとした時に見せる素直な表情に、淡い憧れを抱いたり恋に落ちる女性は、それなりに存在している。
残念な事に殆どの女性が、訓練場で鬼神の如く剣を振るうグウェンの姿に、はたと正気に戻ってしまうのだが。
強すぎるというのも考えものである。
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