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一章 えまーじぇんしー

えまーじぇんしー【三】

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 入場者数が多い今日は、トラブルがなかったとしてもどうせコノハさんにとっては忙しい日だ。

 ゴーレムを使役するのは、相当の魔力と集中力が要る。この姿の僕だと一体か、せいぜい二体が限界。今コノハさんは二十体以上も同時に動かしている。

  無理を言っていると分かっていても、この仕事はコノハさんにしか頼めない。

「いや、うん、大丈夫、問題ない」

 コノハさんは俯きがちに、こちらにちらちらと目をやりながら落ち着きなさげに話す。

 コノハさんとは僕がこのダンジョンの経営を任されるよりも前から一緒だった。何かあるごとに頼りにしてきたし、これからも頼りにすると思う。コノハさんがまだ僕に対して少し距離を置いているように感じるのがちょっとだけ残念だけど。

「――あ、ちょうど今着いたって。もう手配してくれてたんだね」

 マップ上で赤い点が点滅し、さっきメアが依頼したセットが目的地に到着したことを知らせてくれる。ゴーレムはダンジョンの壁の裏側に隠された通路を使って、バケツリレー方式でモンスターを運ぶ。そして目的のブロックに到着すると、プラント越しに『出荷』する――プラントは勇者は通れないが、モンスターであれば素通りする。

ただ、このままだと段ボールの中のモンスターは眠ったままなので、仕上げが要る。

「あ――うん、ちょっと待っててくれ」

 コノハさんが言う。それからまたカメラがぐりんと向きを変え、何もない天井の岩肌を映して制止する。音しか聞こえなくなった。

「あれ見られるのいやがるよね、コノハちゃん」
 メアが小声で僕に囁く。
「うん。なんでだろうね」

 何をやってるのかは分かるけど、どうやってるかは僕は知らない。

「あれ? メアはあるの?」

「うん。でもお兄ちゃんにだけは絶対見せないって言ってたよ」

 メアがテレビ電話のカメラの向きを操作しようとがちゃがちゃとレバーを動かすものの、向こう側でゴーレムに抑えられているみたいで、全く動かない。

「ダメだー」

 メアがあきらめた。

「――――」

 何を言っているか聞き取れない大きさで、コノハさんの声が微かに聞こえる。聞き取れたとしても魔法詠唱だからほとんど意味は分からないんだけど。

  モンスターの体内には、魔力の核が埋め込まれている。その核は段ボールの中にモンスターが詰められている間はただの石の欠片に等しい。それを正しく機能させるには、外から直接魔力を加えてやって核を『起こして』あげる必要がある。簡単に言えばモンスターの起動スイッチをオンにするみたいなもので、コノハさんはそれを遠隔で行える。

 ゴーレム使いならではの方法で。

「んっ――」

 静かにしていたせいで、モニタールームにコノハさんの吐息が響いた。

 魔力はコノハさんの体から、只一体の特別製の銀のゴーレムを通じて現地にいる通常のゴーレムに渡され、そこからモンスター個々に注入される。
  配送先側のカメラは特に掴まれていないので、映像が確認できた。ゴーレムの指が段ボールを突き破って中に入っているのが見える。そのまま紙の包装紙を破るように段ボールを引き裂くと、中からリザードアーミーが出てきた。ゴーレムは肩をつかむと、プラントの茂みに向かって放り投げた。人は通れないけど、モンスターはプラントを素通りできる。

  別画面に移された第四階層Q5のブロックに、リザードアーミーが飛んで入ってくるのが見えた。投げ込まれたリザードアーミーは着地に失敗してべたっと一回地面で跳ねた。

  ターゲットの22番は隣のP5にいるので、間に合ったみたいだ。前方にいる組のボス戦イベントがまだ終わっていないので、ここで少し待ってもらいたかった。

  ゴーレムがもう二個の段ボールに対しても同じ作業をする間、「んあっ」とか「――ぁっ」とかいう呻きが二回ほど聞こえてくる。

 核を起こすだけの刺激があればいいので、流さなきゃならない魔力量自体は大したことないはずだった。そうでなければ多い日には何百と行うこの作業で、コノハさんは干からびてしまう。だけど、ゴーレム二体を経由して魔力を流すこと自体にどんな負担があるかは僕にはわからない。

「大丈夫? コノハさん」

 二体のトカゲと一頭のワニが放り込まれたことを確認して声をかける。作業中に邪魔になるのを避けたかったから。


  少しの間。


「大丈夫、異常ない。終わった」

 またカメラがぐるんと回って、上から下へと角度が戻ってコノハさんが映った。見る限りでは特に変わりはない様子だった。

「ふーん?」

 メアがなぜか不審げな細い目で見ている。

「もう、ただでさえ忙しいコノハさんに負担掛けてるのはメアのせいでもあるんだからね。少しは反省して。それからちゃんとコノハさんにお礼言って」


「コノハちゃん――」メアが口を開く。「って、お兄ちゃんと話すときだけしおらしくなるよね」


「急に何の話!?」

 コノハさんが画面の向こうで絶句の表情で固まった。

「お兄ちゃんに対してはなんか甘えてる感じがする」

 どこをどう捉えれば『甘えてる』になるのかがわからない。むしろきっちりと仕事をこなしてくれている。メアと違って。


「な、な」絶句からコノハさんが戻ってきた。「なんてことを言うんだ!」


 僕が何か言う前にコノハさんが反論し始めた。
「ちがうの?」
「違う。私は決して甘えてなどいない。それに、ミルメアに対する接し方と違うのは当然だ。クレフは我が主なのだから、節度と敬愛をもって接するのが当然だ。それが分からないミルメアにはしおらしいと、そういう風に映ったんだろう」
 コノハさんが早口で一息に言い切った。
 メアが言う。
あるじとか尊敬とか言ってるくせにお兄ちゃんのことクレフって呼び捨てで呼んでるじゃん」

「それは」

「この前だって私と一緒にお風呂に入ってるときに『わたしもクレフのことお兄ちゃんって呼んでみたらどんな反応するかな』なんて言って――」

「ぅわああああああああ!」




 ごりごりごり、とスピーカーから嫌な音が聞こえて、テレビ電話の画面が砂嵐になった。ゴーレムが掴んでいたカメラを握りつぶしてしまったらしかった。

「仲いいのはいいけど、ほどほどにしてね……」

 それ以上は何も言えなかった。

「あ、そうだ、あともう一つ聞きたかったのに――コノハさん、聞こえる? コノハさーん」

 ゴーレムのあの手の大きさだと、カメラの下に付いているモニターもスピーカーも全部つぶされてしまっている気がする。

ざーという音しか聞こえなくなったので、仕方なくスピーカーのスイッチを切る。

「リックに頼んでいた方の件がどうなったか聞きたかったのに……」
 メアのせいだ。
「メア、ちょっとコノハさんに電話して――あれ? メア?」

 横にいたメアがいなくなっている。


「おなか冷えてきたからズボン取ってくるー」


 背後で声が聞こえた。

「え、ちょっと!」

 振り返るとお尻だけが見えてちょうど扉が閉まるところだった。

「いっぺんに食べるからだろ……というかなんでズボン履いてなかったんだよ……」
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