上 下
32 / 36
終章 彼女にとっての終わり

依って立つ瀬

しおりを挟む
 最深部のわずかに手前、審判の間。

 研究所拠点としての名残と招かれざる人間の排除のために迷宮にも似た構造をとるその終端。この地にある森を訪ねるには必ずここを通らなければならない。

 些かの熱気といくつかの波長とそれぞれの思惑がその部屋という一つの空間に入り乱れる。

「聞いていた話と違うのだけれど」

 この状況においても、フィリア・ユーベリッヒは冷静に、淡々と言葉を発し、事実を問う。

「確か私が伝えたのは『国家体制の転覆を図る危険分子の排除』だったはずだな。何がどう違う」

 サクヤは一瞥もせずに返答する。
 先ほど放った『虎砲(こほう)』の威力を示すように、何かが焼け焦げた匂いが辺りに漂う。
 鎧の右腕部を赤く変化させたサクヤ・ウィンザーはただ前方を見つめていた。ネネカ・ノイエン・ブランデンブルクが吹き飛んだ先で不自然なまでに発生している煙をじっと見つめると、やはり動く気配があった。

「実戦を長く離れるとどうも勘が鈍るな」

 そう言って自らの有する二つ目のサイファーに意思を通わせていく。

 そのクラリアは『処刑する煌炎プロメテウス』。

 静かに形が与えられていき、ネネカのものとは対照的な、機動力を重視した細い剣へとイミュートを遂げる。エクセキューショナーズソード、その鋒が丸められており、首を刎ねることに特化した剣だ。

「――何を呆けている」
「……そうね」

 サクヤの言葉を受け入れたかどうかは量りかねるが、フィリアも戦闘態勢に入る。

 後衛としての役目を十二分に果たすための、術の詠唱に特化した長尺の杖。メリットとしてはより正確に座標指定が行え、かつ波長が分散しない。

 ただ一人、マックス・ヘブンだけはエンジニアとしても何もせずにただ佇んでいた。目の前の事態に硬直しているわけではなく、成り行きを見守っているようであった。

 と、ごうと煙が巻き上がった。

 ネネカがサイファーを展開したのだ。

 その煙はイミュートと共に発生した豪炎に巻き込まれるように巨大な刀身に収束していく。

 それは、重い。

 物理的な重さではなく、反応が鈍い。

 ダメージのせいか、それとも調整不足か、不安を振り払うかのようにネネカは詠唱を続ける。

 何かを決心した目で前を見据える彼女の腹部は、先ほどの攻撃を受けて軍服の一部が吹き飛ばされ、大きく肌を露出させる穴が開いていた。白い肌が見える。

「あら、似合ってるわよ」

 そんなネネカの姿を見て、いつもの調子でフィリアが軽口を叩いた。

「――あんた、あとで覚えてなさいよ――ぶっ潰せ、『グラン・ナイン』!!」

 詠唱の結びの言葉に呼応して剣を包む炎が一際大きくなる。空中でぶんと半回転させて逆手に持ち直した剣を、大きく振りかぶって全身を躍動させながら対象に向かってぶん投げた。

 かつて凶蜘蛛を千々に消し飛ばした技だ。だがあの時とは違い、きっちりとイミュート後に詠唱してエネルギーを蓄えられている。威力もスピードも数段上をいく。

 攻城兵器の如く突進するバスターソードは、その柄から火を吹き、さらに加速する。赤い光線は腕を組んで涼しげに立つフィリアを大きく外れ、一直線にサクヤに直撃した。それ自体の衝撃に加え、直後剣が爆砕する時に生じる波動が威力を倍加させる。瞬く間に業火が白い鎧を覆い込んだ。

 辺りに先ほどとは比べ物にならないほどの熱気が充満する。

「おい、あの武器――」

 マックスが傍にいるフィリアにだけ聞こえるような声で呟いた。じっと炎を見つめるマックス。エンジニアの性か、それとも。

「ネネカは気付いてないのでしょうね」

 フィリアが腕を解き、杖を構える。

 ひゅん、と、爆炎から再結合した球状のサイファーが、所有者であるネネカの元に帰るべく飛び出てきた。

 再び戦闘態勢を整えて状況に備えるべく、帰ってきたサイファーを受け取りイミュートを施そうと一歩踏み出して手を伸ばした、その瞬間。

 一転して全身に赤を纏ったサクヤがそのサイファーを追うようにして余波の中から躍り出た。滑空とも呼べるスピードと軌道で術後のネネカを狙う。

「失策だな。その状態でどう防ぐ」

 間に合わない。

 対人戦が対セグメント戦と違うのは、急所というものを理解しているかどうかだ。
 もしこの相手が悪魔の狒々グルードだったら怒りのまま殴り飛ばして終いだろうが、文字通り戦を経験した歴戦の戦士であれば首か心臓を、それが叶わないならば手か足の腱を寸断しにかかる。

 が、そのネネカに焦る様子は見られない。

「――お生憎様。防ぐ必要は無いの」

 ガツン、と何かにぶつかってサクヤの突進が阻まれた。
 その表情から、彼女にとって明らかに不測の事態であったことが見て取れる。
 サクヤは危険を感じ、咄嗟に全身で衝撃を吸収してから脇に退こうと身を翻した。しかし、間に合わない。

「――対象の四肢を絡み取れクウェートリカ・コルプス・デトライヒ、『リッグ・リンガ・ツエラ』」
 サクヤの進路を阻んだ壁が崩壊すると同時、四本の柱が地面から天井に向かって立ち上った。それは彼女の手と足をかすめるようにして出現し、触れた箇所を氷漬けにすることで動きを封じた。
 上から見れば、四本の楔が空中のサクヤ・ウィンザーを捕えた格好だ。

 ネネカはここでようやく手にしたサイファーを再び大剣へと変容させる。

「私がいなければあなた今死んでたわよ」

 ゆっくりと、帽子をかぶり直したフィリアがネネカに近付いていく。

「いるのは分かってたじゃない」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

神様のミスで女に転生したようです

結城はる
ファンタジー
 34歳独身の秋本修弥はごく普通の中小企業に勤めるサラリーマンであった。  いつも通り起床し朝食を食べ、会社へ通勤中だったがマンションの上から人が落下してきて下敷きとなってしまった……。  目が覚めると、目の前には絶世の美女が立っていた。  美女の話を聞くと、どうやら目の前にいる美女は神様であり私は死んでしまったということらしい  死んだことにより私の魂は地球とは別の世界に迷い込んだみたいなので、こっちの世界に転生させてくれるそうだ。  気がついたら、洞窟の中にいて転生されたことを確認する。  ん……、なんか違和感がある。股を触ってみるとあるべきものがない。  え……。  神様、私女になってるんですけどーーーー!!!  小説家になろうでも掲載しています。  URLはこちら→「https://ncode.syosetu.com/n7001ht/」

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

さくらと遥香

youmery
恋愛
国民的な人気を誇る女性アイドルグループの4期生として活動する、さくらと遥香(=かっきー)。 さくら視点で描かれる、かっきーとの百合恋愛ストーリーです。 ◆あらすじ さくらと遥香は、同じアイドルグループで活動する同期の2人。 さくらは"さくちゃん"、 遥香は名字にちなんで"かっきー"の愛称でメンバーやファンから愛されている。 同期の中で、加入当時から選抜メンバーに選ばれ続けているのはさくらと遥香だけ。 ときに"4期生のダブルエース"とも呼ばれる2人は、お互いに支え合いながら数々の試練を乗り越えてきた。 同期、仲間、戦友、コンビ。 2人の関係を表すにはどんな言葉がふさわしいか。それは2人にしか分からない。 そんな2人の関係に大きな変化が訪れたのは2022年2月、46時間の生配信番組の最中。 イラストを描くのが得意な遥香は、生配信中にメンバー全員の似顔絵を描き上げる企画に挑戦していた。 配信スタジオの一角を使って、休む間も惜しんで似顔絵を描き続ける遥香。 さくらは、眠そうな顔で頑張る遥香の姿を心配そうに見つめていた。 2日目の配信が終わった夜、さくらが遥香の様子を見に行くと誰もいないスタジオで2人きりに。 遥香の力になりたいさくらは、 「私に出来ることがあればなんでも言ってほしい」 と申し出る。 そこで、遥香から目をつむるように言われて待っていると、さくらは唇に柔らかい感触を感じて… ◆章構成と主な展開 ・46時間TV編[完結] (初キス、告白、両想い) ・付き合い始めた2人編[完結] (交際スタート、グループ内での距離感の変化) ・かっきー1st写真集編[完結] (少し大人なキス、肌と肌の触れ合い) ・お泊まり温泉旅行編[完結] (お風呂、もう少し大人な関係へ) ・かっきー2回目のセンター編[完結] (かっきーの誕生日お祝い) ・飛鳥さん卒コン編[完結] (大好きな先輩に2人の関係を伝える) ・さくら1st写真集編[完結] (お風呂で♡♡) ・Wセンター編[不定期更新中] ※女の子同士のキスやハグといった百合要素があります。抵抗のない方だけお楽しみください。

処理中です...