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終章 彼女にとっての終わり
依って立つ瀬
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最深部のわずかに手前、審判の間。
研究所拠点としての名残と招かれざる人間の排除のために迷宮にも似た構造をとるその終端。この地にある森を訪ねるには必ずここを通らなければならない。
些かの熱気といくつかの波長とそれぞれの思惑がその部屋という一つの空間に入り乱れる。
「聞いていた話と違うのだけれど」
この状況においても、フィリア・ユーベリッヒは冷静に、淡々と言葉を発し、事実を問う。
「確か私が伝えたのは『国家体制の転覆を図る危険分子の排除』だったはずだな。何がどう違う」
サクヤは一瞥もせずに返答する。
先ほど放った『虎砲(こほう)』の威力を示すように、何かが焼け焦げた匂いが辺りに漂う。
鎧の右腕部を赤く変化させたサクヤ・ウィンザーはただ前方を見つめていた。ネネカ・ノイエン・ブランデンブルクが吹き飛んだ先で不自然なまでに発生している煙をじっと見つめると、やはり動く気配があった。
「実戦を長く離れるとどうも勘が鈍るな」
そう言って自らの有する二つ目のサイファーに意思を通わせていく。
そのクラリアは『処刑する煌炎』。
静かに形が与えられていき、ネネカのものとは対照的な、機動力を重視した細い剣へとイミュートを遂げる。エクセキューショナーズソード、その鋒が丸められており、首を刎ねることに特化した剣だ。
「――何を呆けている」
「……そうね」
サクヤの言葉を受け入れたかどうかは量りかねるが、フィリアも戦闘態勢に入る。
後衛としての役目を十二分に果たすための、術の詠唱に特化した長尺の杖。メリットとしてはより正確に座標指定が行え、かつ波長が分散しない。
ただ一人、マックス・ヘブンだけはエンジニアとしても何もせずにただ佇んでいた。目の前の事態に硬直しているわけではなく、成り行きを見守っているようであった。
と、ごうと煙が巻き上がった。
ネネカがサイファーを展開したのだ。
その煙はイミュートと共に発生した豪炎に巻き込まれるように巨大な刀身に収束していく。
それは、重い。
物理的な重さではなく、反応が鈍い。
ダメージのせいか、それとも調整不足か、不安を振り払うかのようにネネカは詠唱を続ける。
何かを決心した目で前を見据える彼女の腹部は、先ほどの攻撃を受けて軍服の一部が吹き飛ばされ、大きく肌を露出させる穴が開いていた。白い肌が見える。
「あら、似合ってるわよ」
そんなネネカの姿を見て、いつもの調子でフィリアが軽口を叩いた。
「――あんた、あとで覚えてなさいよ――ぶっ潰せ、『グラン・ナイン』!!」
詠唱の結びの言葉に呼応して剣を包む炎が一際大きくなる。空中でぶんと半回転させて逆手に持ち直した剣を、大きく振りかぶって全身を躍動させながら対象に向かってぶん投げた。
かつて凶蜘蛛を千々に消し飛ばした技だ。だがあの時とは違い、きっちりとイミュート後に詠唱してエネルギーを蓄えられている。威力もスピードも数段上をいく。
攻城兵器の如く突進するバスターソードは、その柄から火を吹き、さらに加速する。赤い光線は腕を組んで涼しげに立つフィリアを大きく外れ、一直線にサクヤに直撃した。それ自体の衝撃に加え、直後剣が爆砕する時に生じる波動が威力を倍加させる。瞬く間に業火が白い鎧を覆い込んだ。
辺りに先ほどとは比べ物にならないほどの熱気が充満する。
「おい、あの武器――」
マックスが傍にいるフィリアにだけ聞こえるような声で呟いた。じっと炎を見つめるマックス。エンジニアの性か、それとも。
「ネネカは気付いてないのでしょうね」
フィリアが腕を解き、杖を構える。
ひゅん、と、爆炎から再結合した球状のサイファーが、所有者であるネネカの元に帰るべく飛び出てきた。
再び戦闘態勢を整えて状況に備えるべく、帰ってきたサイファーを受け取りイミュートを施そうと一歩踏み出して手を伸ばした、その瞬間。
一転して全身に赤を纏ったサクヤがそのサイファーを追うようにして余波の中から躍り出た。滑空とも呼べるスピードと軌道で術後のネネカを狙う。
「失策だな。その状態でどう防ぐ」
間に合わない。
対人戦が対セグメント戦と違うのは、急所というものを理解しているかどうかだ。
もしこの相手が悪魔の狒々グルードだったら怒りのまま殴り飛ばして終いだろうが、文字通り戦を経験した歴戦の戦士であれば首か心臓を、それが叶わないならば手か足の腱を寸断しにかかる。
が、そのネネカに焦る様子は見られない。
「――お生憎様。防ぐ必要は無いの」
ガツン、と何かにぶつかってサクヤの突進が阻まれた。
その表情から、彼女にとって明らかに不測の事態であったことが見て取れる。
サクヤは危険を感じ、咄嗟に全身で衝撃を吸収してから脇に退こうと身を翻した。しかし、間に合わない。
「――対象の四肢を絡み取れ、『リッグ・リンガ・ツエラ』」
サクヤの進路を阻んだ壁が崩壊すると同時、四本の柱が地面から天井に向かって立ち上った。それは彼女の手と足をかすめるようにして出現し、触れた箇所を氷漬けにすることで動きを封じた。
上から見れば、四本の楔が空中のサクヤ・ウィンザーを捕えた格好だ。
ネネカはここでようやく手にしたサイファーを再び大剣へと変容させる。
「私がいなければあなた今死んでたわよ」
ゆっくりと、帽子をかぶり直したフィリアがネネカに近付いていく。
「いるのは分かってたじゃない」
研究所拠点としての名残と招かれざる人間の排除のために迷宮にも似た構造をとるその終端。この地にある森を訪ねるには必ずここを通らなければならない。
些かの熱気といくつかの波長とそれぞれの思惑がその部屋という一つの空間に入り乱れる。
「聞いていた話と違うのだけれど」
この状況においても、フィリア・ユーベリッヒは冷静に、淡々と言葉を発し、事実を問う。
「確か私が伝えたのは『国家体制の転覆を図る危険分子の排除』だったはずだな。何がどう違う」
サクヤは一瞥もせずに返答する。
先ほど放った『虎砲(こほう)』の威力を示すように、何かが焼け焦げた匂いが辺りに漂う。
鎧の右腕部を赤く変化させたサクヤ・ウィンザーはただ前方を見つめていた。ネネカ・ノイエン・ブランデンブルクが吹き飛んだ先で不自然なまでに発生している煙をじっと見つめると、やはり動く気配があった。
「実戦を長く離れるとどうも勘が鈍るな」
そう言って自らの有する二つ目のサイファーに意思を通わせていく。
そのクラリアは『処刑する煌炎』。
静かに形が与えられていき、ネネカのものとは対照的な、機動力を重視した細い剣へとイミュートを遂げる。エクセキューショナーズソード、その鋒が丸められており、首を刎ねることに特化した剣だ。
「――何を呆けている」
「……そうね」
サクヤの言葉を受け入れたかどうかは量りかねるが、フィリアも戦闘態勢に入る。
後衛としての役目を十二分に果たすための、術の詠唱に特化した長尺の杖。メリットとしてはより正確に座標指定が行え、かつ波長が分散しない。
ただ一人、マックス・ヘブンだけはエンジニアとしても何もせずにただ佇んでいた。目の前の事態に硬直しているわけではなく、成り行きを見守っているようであった。
と、ごうと煙が巻き上がった。
ネネカがサイファーを展開したのだ。
その煙はイミュートと共に発生した豪炎に巻き込まれるように巨大な刀身に収束していく。
それは、重い。
物理的な重さではなく、反応が鈍い。
ダメージのせいか、それとも調整不足か、不安を振り払うかのようにネネカは詠唱を続ける。
何かを決心した目で前を見据える彼女の腹部は、先ほどの攻撃を受けて軍服の一部が吹き飛ばされ、大きく肌を露出させる穴が開いていた。白い肌が見える。
「あら、似合ってるわよ」
そんなネネカの姿を見て、いつもの調子でフィリアが軽口を叩いた。
「――あんた、あとで覚えてなさいよ――ぶっ潰せ、『グラン・ナイン』!!」
詠唱の結びの言葉に呼応して剣を包む炎が一際大きくなる。空中でぶんと半回転させて逆手に持ち直した剣を、大きく振りかぶって全身を躍動させながら対象に向かってぶん投げた。
かつて凶蜘蛛を千々に消し飛ばした技だ。だがあの時とは違い、きっちりとイミュート後に詠唱してエネルギーを蓄えられている。威力もスピードも数段上をいく。
攻城兵器の如く突進するバスターソードは、その柄から火を吹き、さらに加速する。赤い光線は腕を組んで涼しげに立つフィリアを大きく外れ、一直線にサクヤに直撃した。それ自体の衝撃に加え、直後剣が爆砕する時に生じる波動が威力を倍加させる。瞬く間に業火が白い鎧を覆い込んだ。
辺りに先ほどとは比べ物にならないほどの熱気が充満する。
「おい、あの武器――」
マックスが傍にいるフィリアにだけ聞こえるような声で呟いた。じっと炎を見つめるマックス。エンジニアの性か、それとも。
「ネネカは気付いてないのでしょうね」
フィリアが腕を解き、杖を構える。
ひゅん、と、爆炎から再結合した球状のサイファーが、所有者であるネネカの元に帰るべく飛び出てきた。
再び戦闘態勢を整えて状況に備えるべく、帰ってきたサイファーを受け取りイミュートを施そうと一歩踏み出して手を伸ばした、その瞬間。
一転して全身に赤を纏ったサクヤがそのサイファーを追うようにして余波の中から躍り出た。滑空とも呼べるスピードと軌道で術後のネネカを狙う。
「失策だな。その状態でどう防ぐ」
間に合わない。
対人戦が対セグメント戦と違うのは、急所というものを理解しているかどうかだ。
もしこの相手が悪魔の狒々グルードだったら怒りのまま殴り飛ばして終いだろうが、文字通り戦を経験した歴戦の戦士であれば首か心臓を、それが叶わないならば手か足の腱を寸断しにかかる。
が、そのネネカに焦る様子は見られない。
「――お生憎様。防ぐ必要は無いの」
ガツン、と何かにぶつかってサクヤの突進が阻まれた。
その表情から、彼女にとって明らかに不測の事態であったことが見て取れる。
サクヤは危険を感じ、咄嗟に全身で衝撃を吸収してから脇に退こうと身を翻した。しかし、間に合わない。
「――対象の四肢を絡み取れ、『リッグ・リンガ・ツエラ』」
サクヤの進路を阻んだ壁が崩壊すると同時、四本の柱が地面から天井に向かって立ち上った。それは彼女の手と足をかすめるようにして出現し、触れた箇所を氷漬けにすることで動きを封じた。
上から見れば、四本の楔が空中のサクヤ・ウィンザーを捕えた格好だ。
ネネカはここでようやく手にしたサイファーを再び大剣へと変容させる。
「私がいなければあなた今死んでたわよ」
ゆっくりと、帽子をかぶり直したフィリアがネネカに近付いていく。
「いるのは分かってたじゃない」
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