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五章 片割れの少女は、誘う

黒の真実

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 『地下の森計画』

 五年前に実行に移されたその計画の全容を知る人間は今は数人といないだろう。俺も全体を把握しているわけではない。だが、その計画の鍵となる立ち位置にいたことで、一般参加者よりは深いところまで知っている。

 俺を含めた十人が、計画の核となった。

 『十の贄ディカード・シンシア』と陰では呼称されていたらしい。

 俺達に伝えられていた表向きの作戦はこうだ。

 まず、世界政府の軍隊から派遣される精鋭の兵士達を率いて各部隊からそれぞれの地下ダンジョンの最深部に潜る。
 それから、そこに眠る最大級の『ウルトラ・コア』を、十人が有することとなった特殊な能力でもって共鳴接続し制御する。そして、天文学的な数値のエネルギーを波長に変換し、地下に存在する数百数千の化物セグメントと一斉に接続する。
 その波長の流れを逆向きにすることで、化物共のコアからエネルギーを全て吸い取って、ウルトラ・コアでもって回収する。
 最後に、そうして完成したこの究極のウルトラ・コアに、破壊と定点指定と再結合を施すことによって地上へと転送する。

 分かりやすく表現するなら、ドリップコーヒーのように抽出した美味しい部分を地上に持って帰って頂こうとする作戦だ。
 
 出涸らしとなった化物共は消滅することになる。

 理想そのものだ。
 事実俺もそう思った。
 そして自ら作戦への参加を志願した。
 地下資源が地上資源になるのだ。
 今後は、エネルギー確保のために命の危険を冒して化物と退治する必要もなくなる。それを望まないわけがない。
 

 だが――
 
――始まりは七年前。

 サイファーが開発されたのとほぼ同時期であったことで、全世界的に行われた適性検査については誰も何の疑問も抱かなかった。俺はその試験によって見出された素材だったらしい。

 その後すぐにグレイン大陸にあった統一研究機関お抱えのラボに送致され、『同期』が始められた。白い壁の部屋一面に精密機器やらモニターやらが並べられており、俺はその手術台の上に横たえられた。次に目が覚めたときには、全てが終わっていた。


 俺の体には、『カルディア』から生成された心臓が移植された。

 機能的にはセグメントの体内に存在するコアと全く同種のものだ。つまり俺は、現状においては化物の心臓を有している。

 施術が終わってからの約一年間は、ずっと地下で戦闘訓練というなの拷問を受けながら過ごしていた――
 膿を吐き出すように、俺は過去を彼女に話していた。

「まあそれも、建物と敷地内から出ずに過ごすここの兵隊たちと何ら変わりないが、な」
 身体を屈め、左手の剣を振るう。
 
「――グギャアアアア!」

「どうかしら。考査証次第で外出許可ももらえるし、案外自由な――」
 彼女のサイファーは今やブルーのレイピアに変わっていた。連続で突き出された剣先から、無詠唱であるのにも関わらずレーザーのような光線が何本か走った。
 
「グル――ガアアアアア!!」

「――ものよ。でも変じゃない? 七年前に研究室送りにされて、それから訓練を一年こな、しただけでは五年前にはならないわよ」
 こちらに顔を向けながら、ひらりひらりと踊るように敵の爪をかわす。
 
「ゴアアアア!! グルルルル――」

「ああ、その最後の一年は」
 そう言いながら羽やら牙やらを振り回す翼竜の正面に踊り出る。

 大きく翼を伸ばした横と首から尻尾までの奥行きがそれぞれ十メートル程の巨大なリグ・ドラゴンが俺に気付いて少女から標的を改めた。その竜の土色の体は今や満身創痍、ボロボロの状態だった。

 だが傷付きながらも鎌首を逸らし、必殺の一撃を俺に喰らわせるべく口腔に力を溜める。

「腹側よりも背中の方が近いわね。私が空けた穴の十五センチ右」
 敵のリーチ外に出たメアから的確な指示が飛ぶ。俺は刀を縦に回転させて放り投げた。軌道は山なり、竜の頭をふんわりと越える軌道だ。
 俺自身は、竜の真正面に立ったまま。
「――ずっと寝ていた。体の細胞が全て変化し馴染むまでにそれだけの時間が掛かったってこ――」
 
「ガアアアッ!!!」

 言い終わる前に、竜の口から大砲の如く巨大な岩が撃ちだされた。それはまさに鉄球のようで、俺が元いた場所に叩きつけられると地盤が大きく抉れ上がった。もしそのままの位置にいたらただでは済まない威力だ。

「――ことらしい」

 分子レベルに分解した俺の身体は、空中、竜の背中側で再結合する。原理としては、例の緊急救難要請に用いる紫水晶の『イーラ』と同じだ。

 分解、座標指定、再結合。

 刀は、再結合先の座標指定の目印として使う。

 この技を発動する度に、嫌でも過去のあの出来事を思い出してしまう。
 実体を伴った左手で刀をそのまま宙で掴み、刀の重さも利用しながら遠心力で身体をひねりメアの指示通りの位置に刀を突き立てる。

「――――」
 
 音にならない悲鳴がドラゴンの口から漏れ聞こえ、そのまま崩れ散る。俺はその土くれの上に着地した。

「不可逆的な変化でなければいいのだけれど」

 メアはそう言ってくれたものの、俺自身は気付いている。
 この身体は、もう元に戻ることはないと。
 血液も流れていないし睡眠はおろか、とうとう人間が摂るような通常の食事をも必要としなくなった。
 
 しかし、だいぶ慣れてもいた。

 森の自浄作用が働き始めるこの領域では、彼女からの接続支援を受けない限りは俺自身が完全に化物に成り下がるか霧散してしまうかする、この身体に。

「これで三つ目だな」
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