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五章 片割れの少女は、誘う

明く姿

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 彼女の言葉を完全に信用した訳ではなかったが、ある程度の事情は知っているようだったので使えるだろうと判断した。共に深部へと潜っていく。念の為に、彼女に先を歩かせ、何かあったら対応出来る体勢を保つ。

 なぜか赤の他人であるという気がしなかった。

「お前は俺のことを知っているらしいな」

 この今の俺の姿を見て、何の特別な反応も示さないということは、彼女は少なくとも裏の世界に関わりのある人間だということだ。

「ええ、グレイン大陸での事故のこともね」
「……何のことだ?」
「今更とぼける必要もないわよ。どうせもうそろそろ上の世界でも出回る情報だし」
「…………」
「別に信じてくれなくてもいいわ。あなたがその体でどうやって向こうの二つの『森』まで辿り着いたのかさえ教えてくれれば」

 どうやら彼女は『地下の森』計画を知っているらしかった。

「――大したことはしていない。『森』と少し話をして、それから生命力を分けてもらったくらいだ」
「最深部まで潜って?」
「……いや、その時は『森』の思念体が飛んできて俺の侵入を拒んだ。止めてくれたといった方が正しいかもしれないが」
「興味深いわね。それが調和を乱す原因になってあの……」

 そう言ってしばらく思案にふける。気が済んだところでまた口を開いた。

「向こうではそれで済んだみたいだけど、こっちではそうはいかないわ。その思念体の通り道を塞ぐ人工物と番人がいるから」
「なるほど。それでお前はその回避策を教えてくれるというわけか」

 俺の言葉に、少女は微妙な反応を返した。

「正確には違うのだけれど、今はそうなるのかしらね」
 そして俺が追加で質問を投げかける前に、少女は自ら素性を明かした。
「私たちの主な任務は監視と諜報なの」

 俺は素直に疑問をぶつける。
「それは誰からの指示なんだ?」

「WiiGに決まってるじゃない」

 極めて端的な回答だった。
 だが俺はあまりにもな回答に驚いて足を止めてしまった。

 これまでずっと、WiiGからこの身を隠して活動してきた。そもそもこの外見ですら、もともとの俺の容姿の面影の一切を残していないものだ。この不幸な能力によって作り変えられた、紛い物だ。

「……それならなぜ俺に協力している」

 返答によってはこの少女を切り捨てる必要がある。

 迂闊だった。世界各地に拠点を持つあの組織なら、全部門に動員をかければ人間一人の確保など大した時間は掛からない。俺の素性と顔と目的を把握した人間をそのままにしておくわけにはいかない。


「え、ちょ、ちょっと、ちょっと待って。えなに、ど、どうしたの」

 俺の殺気を受けて少女が目に見えてうろたえ始めた。その態度と表情を見て、俺は一瞬で毒気を抜かれてしまう。

「…………どうしたもなにも」

 こっちのセリフなんだが。

 俺の目的に関しては、この少女は正しく理解しているようだった。それなのに、俺がWiiGに対して反応することを予期していなかった。そうして巡り始めた俺の思考は、すぐに妨げられてしまった。

「――い、み、分かんないんですケド!」
 少女は大変ご立腹だった。
「なんなのもう! 冗談でやったんだったら本気で怒るよ!? もう協力しないよ!? なんなの? ここから先一人で行きたいの!?」

 笑ってはいけないことは分かっている。
 なので俺は必死に堪えた。

 初めてメアを年相応の女の子として俺の中で捉えられた気がした。先程までの態度はどこに行ったんだ。

「いや、まだ単に俺が理解できていないだけだと思うんだが……」

 なぜか俺の方が弁明する羽目になった。何らかの背景事情をまだ知らないだけな気がしながら、言葉を続ける。

「WiiGのシステムそのものを破壊しかねない俺の行動が、なぜWiiGに容認されているんだ。先程監視と言ったが、何か様子を見なければならない事情でもあるのか?」

 少女はしばらく呆けた顔をしていたがすぐに戻ってきた。

「え、はあ!? まさかショーグンから何も聞いてないの!?」

「将軍……ボスのことか? 入国から入隊まで世話にはなったが、それ以外で何か聞かされたことはないんだが」

 当時はなりふり構っていられる状態でも無かった。信頼できるかではなく自らに益をなす人物かどうかだけでしか判断をしていなかった。

 メアが本当に大きなため息をついた。

「あなたもあの人も、頓着がなさすぎるというか雑というか……物事は結果が出れば良いってものじゃないんだから……というか、お姉ちゃんもこんな状態でよくサポートしてきたわね」

 徐々に、最初の調子を取り戻しつつあった。残念に思いながらも怒りが収まったのは良いことだった。メアは長く息を吸った。

「――そもそも組織というのは一枚岩で成り立たせることはとても難しいの」

 しかし少女の口から出てきた言葉は、一言で無理やりまとめたような雑なものだった。

「……よく分からないんだが」

 説明を諦めたようにも聞こえる。

「つまり、私たちはWiiGにあってWiiGじゃない存在。あなたはもしかしたら違う名前で聞いたのかもしれないけれど――」
「いや、ボスからは何も聞いてない」
「……そう」
「要するに内部分裂か」

 それは思想の違いに依るものだろう。

 大陸統一政府が大陸の全ての国々を管理できているわけではないのと同じように、統一研究機関が三つの大陸統一政府を完全に制御しているわけではない。
 政府、国、軍、人、それぞれに思惑があり、そうとは知られないようにしながら活動している。

「人聞きの悪い言葉を使うのね――止まって」

 少女が言葉の途中で制止を掛けた。

「楽しいお話はここまで。これからは現実的なお話をしましょう」

 今いる部屋から下り坂になっている通路へと出るちょうどその時だった。俺に背を向けた姿勢から、体ごと振り返ってまっすぐ俺の目を見据える。

「ここから森へ至るルートはこの先一本しか無い。けれど、ここからは森の自浄作用がより強く働くわ」
「……それで?」
「このままでは、あなたはこの先に進むことはできないわ」
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