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四章 気障な道化は、導く

デュアルコア

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 そう言ってマックスは壁に埋まる水晶の一つに触れた。

 直後、彼が触れた水晶の光がオレンジから緑へと変わった。そこを交点にバツ印の亀裂が走り、岩壁が縦長の長方形状に切り取られる。カメレオンが擬態を解いたかのように、どろっと土肌が溶け、人工物であることを示す、無機質の白い近代的な扉が現れた。

 どこからか電気が通っているのかそれとも『カルディア』そのものが動力源となっているのか、プシッとそのドアが左右に開く。

「ご新規二名様ご案内~」

 驚いた私をおちょくるような、おどけた調子でその奥へと進むマックス。
 突如出現した隠し扉に対して、意外にもフィリアもびっくりしているようだった。
 一瞬裏切りか何かの企みでここに誘き出されたかと想像した私の緊張が一気に弛緩する。滅多に見せないフィリアの驚きの顔は、私は好きだった。

 そうして進んだ先にあったのは、非常に見慣れた一台の昇降機。

 転移の魔床だ。

 幾度となく使ってきたものではあったが、操作主がいない点以外に、重大な違いがあった。
 まず、その角にある四本の支柱が全て壁から伸びている鎖に繋ぎ留められていた。それは、罪人が牢獄に縛り付けられている様を彷彿とさせる。加えて――

「どうやって動かすの? これ」

 四隅に設置されている支柱の上には、あるはずのものが無かった。
 球体に加工されたカルディアが乗っていない。つまり、動力源が無い。

 化物に破壊されたのかはたまた風化したのか、一つとして残っていなかった。たとえ一つ二つ残っていたとしても無駄ではあるけれど。エンジンがきっちり四つ揃わないと離陸はできない。

「何を言ってるんだ? 動力なら持っているじゃないか」

 私が声を上げる前に、それまで何の反応も示さなかったフィリアが一歩進み出てきた。

「こういうことね」
 自分の青いサイファーを手にとり、ほんの少しだけ爪先立ちになって、コトン、と一つの支柱の上に置いた。

「そうだ。さすがは魔女と呼ばれるだけのことはあるな」

 マックスの吐いた、どこかで聞いたようなセリフを振り払うかのようにフィリアが小さく身震いしたのを私は見逃さなかった。

「サイファーをエンジンにするってわけ?」
 ふわっと赤い球体が宙を漂って、青の対角線上の支柱に着陸する。
「そういうことだ。意思伝導率は原石よりも人間の血を吸ってる分こっちの方が高いしな」
「けどそれだと――」

 一つ足りない、と言おうとして、私は言葉を失った。

 マックスが浮かべたサイファーが、アメーバの如く二つにぷちっと分裂した。それはそのまま弧を描いて、残りの対角線の支柱に収まった。

 私は目の前で見た事実が信じられなかった。
 サイファーの核を破壊させずに二つに分かれさせるなんて不可能だ。

「――デュアルコア。実用に耐えるようになるまでにあと数年はかかると言われている技術ね」

 フィリアが私に小声で教えてくれるが、そもそも聞いたことすら無い言葉だった。大体、数年先に完成すると言われている技術をどういう事情でこいつが手にして扱えているのか。

「さて、行こうか。少し手伝ってくれるか?」

 分裂させた二つは、彼自身の直接接続。残りの赤と青は、共鳴による間接接続で繋ぐ。
 ピリッと脳に軽い刺激が走った。マックスとリンクしたのだろう。波長を彼の意思に従った正しい向きに流すためのアシストをしてやる。

 実質的に四つのサイファーに波長を流しこんで昇降機を操作し、より深くまで三人を導くマックス。

 それは一体どれほどの集中力を要するのだろう。その操作だけに特化したエンジニアであっても二人がかりでしかも直接接続のみで動かすものであるのに。

 こいつにレベル5相当の権限が渡されているのは当然なような気がした。むしろまだレベル4の位置に留まれていることが異常なくらいだった。

 そして四本の鎖がパキンと綺麗な音を立てて拘束を解く。
 どうやらこれもカルディアで出来ていたらしかった。重力落下を防ぐためのものだろう。
 目視では確認できない薄い膜が立方体の形で私たちを包んだ後、私たちの体は沈んでいった。
 
   ■
    
 数分後に徐々に減速を始めて停止した。
 それぞれがサイファーを回収する。

 動力を失った床が瞬間わずかに傾いたが、地面に接したようでこれで役目は終わりだと言わんばかりに静かになった。

「ここから先は、何が起きても何を見ても俺に質問をしないでくれ」

 二つのサイファーを再び一つにまとめあげながらマックスが言った。まさに今そのデュアルコアとやらについて訊きたかった私は出鼻を挫かれてぐうと鳴く。

「分かってるわ。もう一個人が介入していい範囲を超えてるもの」
「――ちょっとフィリア」

 勝手に同意しないでほしい。私はまだこいつを信用していない。それに今までのところでも聞きたいことは山程あった。

「物分かりがいいな。そうだ。俺もフィリア嬢のことは訊かない。フィリア嬢も俺のことは訊かない。これでおあいこだ」

 二人で勝手に話が進められる。そもそも何よその呼び方は。

「……何二人で通じあってるのよ。私は仲間外れってわけ?」
「いいや、姫。これは皆の保身のためだ。誰も何も知らない。これが一番いい結末ってわけさ。それとも――」
「――分かった、分かったわよ」

 それ以上は言われなくても分かっている。
 私にはもう進む以外の道はない。

「ただ、姫と呼ぶのはやめて」

 聞こえないふりをしたマックスが上で通ったものと寸分違わなく見える正面の白い扉に触れる。今度はさっきより動きが鈍く開いた。そして着いた部屋は想像を絶する景色だった。

 円形の部屋。白い壁。

 そして、無数の扉。

 二十はあろうか。三十はないだろうか。

 ぐるっと囲む様に、全く同じ造形の扉がほとんど壁と同化するように設置されている。それを見て私はグラン研究本部長の研究室に招かれた時の事を思い出していた。

「何よ、これ……」

 最深部に人工物が、しかもこれほどまでに――
 疑問が解決されることはないと分かってはいたが、口に出さずにはいられなかった。

 先の隠し通路といい、この訳の分からない部屋といい。こんなものがあるとは誰からも聞かされていない。噂すら流れなかった。

 あまりにも不自然だ。

 一晩で出来上がるようなシロモノではない。お金も時間もかかるし、そもそもここは国営のものだ。民間が手出しできる領域ではない。ということは、つまり、これはフィリアの言う通り、一個人が介入できる領域を超えている。国家機密の領域だ。

 それを、なぜマックスが知っているのか。
 それだけでなくここの侵入操作権限も有しているのは相当深い関係者であるはずだ。
 そして、このことを私たちに明かして良かったのかも気になった。

 私は、全てを飲み込んで男の背中を追う。
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