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四章 気障な道化は、導く

ヘブンズドア

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 案の定だった。

 司令本部棟五階にある窓口で私たちの十一番隊について照会してみたが、クライスの名前は私たちの名前の下で、同じく明るく表示されていた。

 失踪した兵士は、その欄が暗転する。
 つまり通常よりも暗く表示されるはずが、今見る限りではその処理がなされないままである。

 予感が確信に変わる。

 それが目的だと悟られないように、私はそこで修復済みのサイファーの受け渡しもしてもらった。
 あくまで照会の方をついでに、という体で。接続前に持つサイファーは、いつもより僅かに重く感じられた。

 窓口から離れ人を避けるようにして移動し、会話を聞かれないように声を抑える。

「つまり……そういうことよね」

 帰還時に部隊の人間に欠けが生じた時はすぐさまデータ上で失踪処理がなされる。そうして処理がなされた人物は、警邏部隊や偵察部隊の捜索対象名簿に組み込まれるというのが通常の流れだ。
 クライスが地下で消えてから二十四時間弱経った今でもなお処理が未了というのは、明らかに異常事態であることを示している。

「でも、私たちだけではないわ。サイファーを管理している研究本部長はもちろんだし、他にも事情に気付くはずの人間はい――」

 ここでフィリアがぐっと口をつぐんだ。
 私もすぐその気配に気付いたが、一瞬遅かったかもしれない。

 
「よう、お二人さん。俺の力が必要か?」

 せせら笑うとは、この顔のことを言うのだろう。
 マックス・ヘブンがまさにその笑みを浮かべながらそこに立っていた。

「どうした固まったりなんかして。らしくないじゃないか」

 私たちの話は聞かれていたかもしれない。もしかしたら、ずっと前から。こいつが絡むといつもろくなことがない。

「あら、訳知り顔ね」
 いつもなら気配を消してすっと遠ざかったりするフィリアが意外にも応対を始めた。
「当然だろ? 俺はずっともっと前から知ってるんだぜ?」

 そういえば、そうだ。

 一度に色んなことが起こったせいで記憶の整理がままなっていなかったが、こいつはクライスと面識というか何かの因縁があるみたいだった。

「そう。じゃあ私たちがこれからどうするつもりかも分かっているのかしら」
 フィリアの囁きに、いっそういやらしい笑みを浮かべるエンジニアのマックス。
「ああ。会いに行こうぜ。十人目と、それから、リスティナにな」

 歯車が噛み合い、回り始めた。
 
   ■
    
 申請はいとも容易く通った。

 私とフィリアとマックスの三人で臨時部隊を編成して、今は昇降機に乗って地下に潜るところだ。

 この男はかなりの権限を有していらしい。
 レベル5の番人と同等か、下手をすればそれ以上の。

 そして床はすぐに停止した。
 潜った階層は、なんと第一階層。
 一番浅い位置にある、いわば新兵の訓練のためだけにあるような層。門出の地とでも呼ぶべきところだが、その実水晶が発する橙色の光は鈍く、辺りは薄暗い。

「何年ぶりかしら」
 転移の魔床から降り立った私は懐かしむように地面を踏みしめながら呟いた。
「三人目くらいかのエンジニアをあなたの技で巻き込んで以来じゃない?」

 確かにそんなこともあった。
 いや、でも。

「待ってよ、フィリアの方が後じゃない。キックバックで、まさかの第一階層で意識不明の重体に追い込んだ――」
「……聞いてはいたけれど、いざ組むとなると少し不安になってくるな」

 エンジニアのマックスが先を歩き始める。

「そう思うなら自重して基本陣形を保ちなさいよ」

 言っても無駄なことは分かっていたけど。
 過去に一度パーティーを組んだ時も、こいつは最前線を歩いた。なんでも、女性に危険を背負わせるわけにはいかない、とかなんとか言って。クライスもそうだったが、こいつもなかなか食えない男だ。

「まあそう言うな。ここから先の道は俺しか知らないんだから」

 フィリアは黙って男の後を付いて行っている。
 その足取りから、なんとなくではあるけれど、彼女は目的地を実は知っているのではないかという疑念が頭に浮かんだ。

「それより、信じていいんでしょうね」

 私は気をそらすかのようにマックスに水を向ける。
 クライスに会うために最深部に行きたいなら協力する、と言われたので仕方なくこいつに従っていた。というのも私とフィリアのレベルでは、最深階層の五階層目に潜入することができない。だからこいつが知っているという『裏ルート』を頼るしか無かったという事情がある。

「もちろんだ。俺は女性に嘘をついたことはない」
「あっ、そう」

 口の減らないやつ。

 足取り軽くずんずんと先へ進んでいくマックスとは違って私の内心はどことなく重たかった。
 ウィッチ・ハットをかぶった彼女の表情は確認することが出来ない。今フィリアは何を考えているのだろう。なぜだかそれを聞いてはいけない気がした。

 私たちは障害らしい障害に遭わずに進んでいく。

 第一階層に出現する敵は、弱い。

 それこそコウモリとかトカゲみたいな奴ばかりだ。そうは言っても十センチとかの個体ではなく、それなりの、一メートル程のセグメントであるが、グルードを瞬殺する程の攻撃力を持つに至った私の敵ではない。

 のに。

 先頭を歩くこいつが邪魔で満足に戦えない。

 新しくなったサイファーの具合を試したかった私は余計にストレスが溜まった。情報は全て引き継がれているため、前のものと全く同じと言えば同じではあるけれど。
 
 共鳴接続すら行わず、意図的に私たちを戦闘に参加させまいとしているかのようでもある。
 
 柄の両端から刃の伸びた特殊な獲物を舞うように掲げ敵を倒すマックスの背中を見ながら進むこと数時間。私の苛立ちがちょうどピークに達しようかという時だった。

「……ここだ」

 辿り着いた部屋は、行き止まり。地図にも載っているかも定かでないような、最端の場所だった。

「こんなとこに何の用事? まさか時間稼ぎってわけじゃないでしょうね?」

 警戒心が高まる。

 グラン研究本部長のセリフを思い出す。確か猶予は二十四時間だったはずだ。無駄にしていい時間はない。

「まあ見てろって」
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