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四章 気障な道化は、導く

第四世代

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 不意に上から声が掛けられ、体がびくっと震える。

 ガラスケースの中に何が入っているのかが気になって一歩踏み出そうとしたまさにその時だった。
 先程、木の扉の前でスピーカー越しに聞いた声。
 部屋が暗いときは遠近感が無く気付かなかったが、正面奥のモニターと操作盤は一段高いところにあったらしい。今は両脇の階段と一応の鉄柵が確認できる。声はその上から聞こえてきた。

 と、ブツッと嫌なノイズが聞こえた後、大画面に軍服を来た私の全身が3Dで大写しにされた。

 その脇には補足するように私の名前や身長や体重、使用サイファーの能力など細かなプロフィールが表示されている。その体の上を矢印のポインタカーソルが走った。擬似的にではあるが、肉体を好きに弄られる感覚がして、なんとも言えない嫌な気分になった。

「相違ないか、と訊いているのであるが」
 様々なものに気を取られていた私にさらに声が掛けられた。
「――はい」

 有無を言わせぬその語調に気圧されながら答える。
 私の返事を聞いたからか、肘掛けのついた黒の革張りの椅子がぐるりと回転し、ようやくその男の顔が確認できた。 

「私はグラン・レグリアードだ。この研究棟の最高責任者であり、WiiGの先進技術開発部の長を兼任している」

 彼こそが研究本部の総督その人であった。
 顔を見るのはこれが初めてだ。
 男の名乗りを受け、自らの所属する指令本部の長であるひょろっこい男のことを思い出してなんとはなしに恥ずかしくなった。その歳は七十とも八十とも聞いていたけれど、目の前の男は腰掛けているものの背筋はぴんと伸び、ほりの深い精悍な顔つきをしていた。頭部には軍帽をかぶっているため髪がどうなっているかは分からないが、白い髭をたくわえており、身に纏う覇気といい、全身の雰囲気からは現役の将軍を思わせた。

「本来ならば君はここに出入りを許される立場には無いのだがね」
 淡々とした物言いであるものの、そこから彼の高圧的で傲慢な性格が十分に察することができる。私はむっとしながらも自分の立場を弁えてじっと堪える。
「しかし、当事者である君には直接話をする必要があると判断したのだ」
「当事者……とは、何のでしょうか」

 そもそも私が何故ここに呼ばれたかが分かっていない。というより聞かされていない。

「うむ――順にいこうか。まずは事務処理からだ。先の潜入で、君のサイファーが破損したとの報告が入っている」
「それは――はい」

 無惨に貫かれた私の剣の腹を思い出しながら答える。その後どうなったかは記憶にないのだけれど。

「既に、回収した欠片から君の戦闘記録などのデータは解析済みだが、今一度、君の口から何があったか聞かせてくれたまえ」

 一段高い位置から、再び男が命令してくる。

 私には、この老人の意図が全く読めなかった。

 帰還した兵士のサイファーからは、その使用状況やセグメントとの遭遇記録をデータとして採取可能だ。窓口で兵士に返却される前にそれは行われる。たとえ私のが壊れていたとしてもフィリアやクライスのものがあるはずなのだけれど。

「……どうしたのかね。何か口にし辛いことでも?」
「いえ、何を話せばいいものかと――既にグラン研究本部長は全てご承知のことかと思いまして」
「ふん、構わん」不愉快そうに鼻で笑う。「何を話せばよいか、と言ったな。潜入の経緯から全て話したまえ」

 私の皮肉は通じず、そしてその物言いはむしろ分かっているからこそあえて私の口から聞き出そうとしているように感じられた。

 非常に面倒に思いながらも、これほどの権威者がわざわざ私を『悪魔の花園』の中枢に呼びつけて話を聞きたいと言うからには、何かしらの深い訳があるに違いないとそう信じて一から説明することにした。

 あの事故が起きた潜入は、鉱物的混合種インテグレータの討伐を目的としていたものだ。それは特別任務をクライスが勝手にも指令本部長から受注してきたところから始まる。

 男はしばらく黙って聞いていた。
 時々、クライスの性格や仕事ぶり、エンジニアとしての能力などを遠まわしに聞かれたけれど、こんなところであいつの評価を上げるのも癪なので適当にはぐらかして答える。

「……ふむ。上がってきておる報告と何ら異なる点は無い、か」

 そしてディルナ・ディアスに遭遇して私の剣が破壊されたところまで話したとき、どことなく残念そうな声でグラン研究本部長が呟く。

「もう少し時間があると思っていたのだがな。彼のことはもっと時間を掛けてじっくり見たかったものだ」

 その老人は小さく呟くと、椅子から立って階段を降りてきた。同時に、私の背後に控えて立っていた白衣の男二人に手で何かの合図をした。彼らは左右の操作盤に別々に移動する。

「さて、君の武器の件だが」

 気が付けば老人はガラスケースを挟んだ向かい側に迫っていた。思ったよりも身長が高い。私は見下ろされていた。

「――既に修復は済んでいる。とは言っても、新しいサイファーに今までの情報を書き込んだだけなのだがね。『それ』でいいのなら、既に窓口で受け取れるように手配済みだ」

 それはありがたい話だった。つまり、またあのパイプに腕を突っ込んで血を抜く真似はしなくとも良いということだ。
 しかし、サイファーの更新手続きならばこの男が言うように指令本部の七階窓口か、もしくは何か特別な場合であっても同じく研究本部の七階窓口で処理を済ませられるはずだ。私をここまで呼び出す必要はない。

「それから――」案の定、話には続きがあった。「君の戦闘記録を見る限り、エンジニアからの支援をほとんど全く受けずに、これほどまでの実績を上げてきたということになるのだが……それについては、どうなのかね?」

 どう、と言われても。

 私は形態使役イミュート属性使役クラリアに併せて、サイファーのエネルギーによる身体強化も自前で行ってきた。

「……サイファーは、血を登録した使役者とこそ、もっとも強い共鳴を発揮します」私は言葉を選びながら質問に答える。「それならば、神経接続や身体共鳴による能力の強化は、エンジニアを介さずに戦士自身が行うのがもっとも効率がいいはずです」

 そしてそれが可能である者にとっては、エンジニアは必要ない。私が日頃から感じている不満を言外に含ませながら、できるだけ嫌味が無いように伝えたつもりだった。

「なるほど」

 老人が満足気な笑みを浮かべる。そしてたっぷりと息を吸ってから続きを話し始めた。

「やはり、私と考えが似ているようだ。そして君には適性がある。ならば、お見せしよう。これが、今日君をわざわざここに呼んだ理由の一つでもあるのだ」

 そう言って、グラン研究本部長は左右に分かれた白衣の助手二人に目で合図を送る。スイッチを弾きボタンを叩く音が微かに聞こえてきた後に、消えていた画面のいくつかが点灯した。壁面のモニターに何かのパラメーターのようなものが表示される。

 と、私とその男との間にあったガラスケースが青く光った。

 赤い台座の内部かにある機械が作動したらしい。空冷ファンの回るフィーンという音と、ガリガリと何かを削るような音が聞こえてくる。

 視線がその部屋の中央にある物体を捉えた。

 中にあるのは――


「これが、『第四世代』だ」
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