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三章 訳知る魔女は、謳う
許すとか許さないとかそういうんじゃないけど
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「……ごめん。まだ怒ってる?」
私は若干見上げながら尋ねる。
戻ってきてから自然と正座になってクッションに座っていた。残っていたアルコール類は全て跡形もなく片付けられている。
「それはもういいから。忘れて」
怒っているというより呆れているようだ。
もう恒例ともなっている感はあったが私は黙っていた。
「まったく、あなたが彼についての話がしたいって言うから付き合ってあげたのに、全然違う方に話を持っていくから――」
「ごめんなさい」
まだ根に持っているみたいだったのでからできるだけ何事もなかった感を装いつつ話を戻すことにした。
「そう、もう一つ気になることが出来たんだけど。そもそもあいつ、チームプレイは五年振りとか言ってたじゃない」
「……そうね」
「でも五年よりも前に遡ると、今度は『祭壇』が完成されてない時期にならない?」
今から約五年前、三つの大陸から研究者が集まって開発された特殊な機械だ。実物を見た人にまだ出会ったことはない。これによって化物の棲息領域の限定が実現されている。
「そうね。それは単に、彼が前の時代でも戦士として活躍してたってことだと思うわ」
フィリアの方もようやく元の調子に戻り始めたみたいだった。
「それじゃあ、私からも一つ」
「なに?」
「かなりの実力を持つ戦士だったのに、グレイン大陸から出てきてる、ってこと」
「『かなりの実力を持つ戦士』って何よ」
「そこに食いつかないで」
「……で? 大陸から出るのがそんなに難しいこと?」
三大大陸が同盟を結んでWiiGが設立された今となってはもうどこも国内みたいに行き来が可能になっていた。確かそのWiiGが設立された年も五年前だ。
「グレイン大陸の軍に所属していた、ってことが問題なのよ」
「それはさっきも話したじゃない。細かい規制は国に依るんでしょ」
私の言葉にフィリアがいたずらっぽく笑った。
「ええ。でも自由な国の方がよっぽど数が少ないもの」
そこでフィリアはもったいぶって言葉を区切った。
続きを促すべく私はじっと目を見つめてみる。
もし規制の強い国が、実力のある兵士をわざわざ外に出す場合、どういう理由があるか考えてみる。その国との関係が協力関係であれば、支援が目的だろう。逆に敵対関係にある時は――
「いや、そんな、まさかあんな奴が軍事情報員なんて」
半分冗談で笑いながら回答を口にしたものの、フィリアの方は少し真面目な表情をしていた。
「でも、軍の脱退のみならず大陸を出ることまで認められたというのなら、上からの何らかの命令があったと考えても不自然じゃないわよね?」
未だ戦火が燻っている地域もあるが、それは国同士の戦いではなく、どれも沈静化されていない内戦のようなものでしかない。カルディアが初めて発見されてから、それを巡る戦いは幾度となく繰り返されてきた。けれどもそれは祭壇が完成するより前の話でしかない。
それなのに。
「……グレイン大陸が、このメリエント大陸を狙ってるってこと?」
カルディアの安定的な採掘が可能になった今、わざわざ別大陸のカルディアを奪おうとするなんて普通の発想じゃない。正気じゃない。急に突きつけられた可能性に不安になる。
「まあ、そんなこともあるかもしれない、ってことよ」
ふっと全身の力を抜き、フィリアはベッドにごろんところがった。
「なんなの? からかってたの?」
緊張し始めた私と対照的にフィリアはあっけらかんとしていた。何か別の真実を確信しているようでもあった。
「そうだけど、そうじゃないわ」
「なによ、もう」
小悪魔のような笑み。フィリアのこういうところが、好きだけど嫌い。
私は今日起こった出来事を反芻して、そしてとある会話を思い出した。
「あ、そうだ! あの腹立つ討伐部隊との一件――」
「そうね、あれはあれで気になるからちょっと私の方で調べてみることにするわ」
「……なによ、違うの?」
フィリアの意図するクライスがスパイで無いヒントが何を示すのか見当がてんでつかない。
私はむっとした表情をしてしまっていたらしく、それを見たフィリアがまるで慰めるような優しい口調で言葉を投げかけてきた。
「そんなに気になるなら、明日彼に直接聞いてみるのはどうかしら。サイファーは研究棟の方で監視されてるでしょうし、すぐにおかしな動きは取れないはずよ」
フィリアの言う通りだ。
血を登録されたサイファーは、登録を解除されるまで所有者の元を決して離れない。この解除操作は、研究棟でも限られた権限を持つ人間しか行うことができず、さらにサイファーの位置情報も向こうで管理されている。つまり、居住フロア以外であいつがこそこそしていればすぐに見つかるというわけだ。
もうこれだけで十分スパイとして動けない気もするのだけれど。
「……そうね。もし何か怪しい動きがあったらその場でボコボコにしてあげるんだから」
「ネネカらしいわね」
フィリアが呆れたような声を上げた。
私は若干見上げながら尋ねる。
戻ってきてから自然と正座になってクッションに座っていた。残っていたアルコール類は全て跡形もなく片付けられている。
「それはもういいから。忘れて」
怒っているというより呆れているようだ。
もう恒例ともなっている感はあったが私は黙っていた。
「まったく、あなたが彼についての話がしたいって言うから付き合ってあげたのに、全然違う方に話を持っていくから――」
「ごめんなさい」
まだ根に持っているみたいだったのでからできるだけ何事もなかった感を装いつつ話を戻すことにした。
「そう、もう一つ気になることが出来たんだけど。そもそもあいつ、チームプレイは五年振りとか言ってたじゃない」
「……そうね」
「でも五年よりも前に遡ると、今度は『祭壇』が完成されてない時期にならない?」
今から約五年前、三つの大陸から研究者が集まって開発された特殊な機械だ。実物を見た人にまだ出会ったことはない。これによって化物の棲息領域の限定が実現されている。
「そうね。それは単に、彼が前の時代でも戦士として活躍してたってことだと思うわ」
フィリアの方もようやく元の調子に戻り始めたみたいだった。
「それじゃあ、私からも一つ」
「なに?」
「かなりの実力を持つ戦士だったのに、グレイン大陸から出てきてる、ってこと」
「『かなりの実力を持つ戦士』って何よ」
「そこに食いつかないで」
「……で? 大陸から出るのがそんなに難しいこと?」
三大大陸が同盟を結んでWiiGが設立された今となってはもうどこも国内みたいに行き来が可能になっていた。確かそのWiiGが設立された年も五年前だ。
「グレイン大陸の軍に所属していた、ってことが問題なのよ」
「それはさっきも話したじゃない。細かい規制は国に依るんでしょ」
私の言葉にフィリアがいたずらっぽく笑った。
「ええ。でも自由な国の方がよっぽど数が少ないもの」
そこでフィリアはもったいぶって言葉を区切った。
続きを促すべく私はじっと目を見つめてみる。
もし規制の強い国が、実力のある兵士をわざわざ外に出す場合、どういう理由があるか考えてみる。その国との関係が協力関係であれば、支援が目的だろう。逆に敵対関係にある時は――
「いや、そんな、まさかあんな奴が軍事情報員なんて」
半分冗談で笑いながら回答を口にしたものの、フィリアの方は少し真面目な表情をしていた。
「でも、軍の脱退のみならず大陸を出ることまで認められたというのなら、上からの何らかの命令があったと考えても不自然じゃないわよね?」
未だ戦火が燻っている地域もあるが、それは国同士の戦いではなく、どれも沈静化されていない内戦のようなものでしかない。カルディアが初めて発見されてから、それを巡る戦いは幾度となく繰り返されてきた。けれどもそれは祭壇が完成するより前の話でしかない。
それなのに。
「……グレイン大陸が、このメリエント大陸を狙ってるってこと?」
カルディアの安定的な採掘が可能になった今、わざわざ別大陸のカルディアを奪おうとするなんて普通の発想じゃない。正気じゃない。急に突きつけられた可能性に不安になる。
「まあ、そんなこともあるかもしれない、ってことよ」
ふっと全身の力を抜き、フィリアはベッドにごろんところがった。
「なんなの? からかってたの?」
緊張し始めた私と対照的にフィリアはあっけらかんとしていた。何か別の真実を確信しているようでもあった。
「そうだけど、そうじゃないわ」
「なによ、もう」
小悪魔のような笑み。フィリアのこういうところが、好きだけど嫌い。
私は今日起こった出来事を反芻して、そしてとある会話を思い出した。
「あ、そうだ! あの腹立つ討伐部隊との一件――」
「そうね、あれはあれで気になるからちょっと私の方で調べてみることにするわ」
「……なによ、違うの?」
フィリアの意図するクライスがスパイで無いヒントが何を示すのか見当がてんでつかない。
私はむっとした表情をしてしまっていたらしく、それを見たフィリアがまるで慰めるような優しい口調で言葉を投げかけてきた。
「そんなに気になるなら、明日彼に直接聞いてみるのはどうかしら。サイファーは研究棟の方で監視されてるでしょうし、すぐにおかしな動きは取れないはずよ」
フィリアの言う通りだ。
血を登録されたサイファーは、登録を解除されるまで所有者の元を決して離れない。この解除操作は、研究棟でも限られた権限を持つ人間しか行うことができず、さらにサイファーの位置情報も向こうで管理されている。つまり、居住フロア以外であいつがこそこそしていればすぐに見つかるというわけだ。
もうこれだけで十分スパイとして動けない気もするのだけれど。
「……そうね。もし何か怪しい動きがあったらその場でボコボコにしてあげるんだから」
「ネネカらしいわね」
フィリアが呆れたような声を上げた。
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