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三章 訳知る魔女は、謳う

意図した事故

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 第一世代の武器、とは、当時あらゆる近代兵器を弾き返した化物セグメントに対抗するために作られた最初の武器だ。
 単純に、『カルディア』を剣や槍の形に固めた物をそう呼ぶ。飛んで、第三世代の武器といえば、十年弱程前に開発された私たちが持つサイファーを指すのだが。

「第二世代――ううん、知ってる」

 説明を始めようとしたフィリアを制する。
 それは第一世代と第三世代の中間みたいな武器で、端的に言えば属性変化を起こすことの出来る武器だ。形状自体を変化させることは出来ない。その武器は漆黒の『レディアン』と呼ばれる物質で作られた鞘やカバーによって覆われている。勝手な共鳴反応を防ぐためだ。これはカルディアに対して反発反応を起こす物質として知られており、今ではカルディアの加工の際に主に利用されている。

 ただ、この第二世代はすぐに廃れた。

第三世代サイファーを使えるあいつがわざわざそんな獲物を持っているのはどうしてかしらね」

 新しいものがあれば、古いものはいらない。性能面で言えば、新世代の武器が旧世代の武器に劣る点は一つとしてない。

「ファッション?」
 冗談で言ったつもりが、驚いたことにフィリアは軽く頷く。
「それはあると思うわ――いいえ、そうじゃなくって」

 私の表情を見てかフィリアが柔らかな笑みを浮かべながら一言添えた。

「私が言っているのは、シンボルとして。第二世代の武器は、革命の象徴でもあるから」

 誰でも使うことの出来る武器から選ばれた者しか扱うことのできない武器への進化。性能を追求した結果そうなってしまった側面も無いではないが、この不自然な移行の背景には、選民思想と階級社会が隠れている。
「ふーん……」
 あいつがそれを知ってて持ってるのかは微妙なとこだと思うけど。
 それに、革命の象徴として認識された時代は一昔も二昔も前だ。
 今は兵士になって管理されることを選びさえすれば、この国ではサイファー、つまり第三世代の武器が支給される。そもそも革命だと騒ぎ立るような真似をすれば、国によっては統治元からそれ相応の対応を受けることになる。おそらく、この国でも、そうなる。

「私はそもそもエンジニアのあいつが武器を持ってくることがそもそも気に食わなかったんだけど」
「軍規では、特に制限されてはいないわね」

 さっきまでの、何かなぞなぞを出すような調子とは打って変わって、興味なさげに喉を潤すフィリア。私も缶に口をつけてから言葉を紡ぐ。

「武器に革命なんてかっこつけた意味付けなんて要らないわ。私にはあんなもの不信の象徴にしか見えない。私たちの実力を信じていないからあんなもの持ってくるのよ」
「あら、ネネカ。戦えない人より戦える人の方が好きな人だと思ってたわ」
 フィリアが意地悪なことを言う。
「それとこれとは話が別なの――ちょっと。何笑ってるのよ」フィリアがいやな笑みを浮かべた。「そもそも三人一組の制度が敷かれてない採掘場なら誰だって戦えるようになるわよ。強い奴じゃないと仲間も集まらないでしょうし。規則が無い戦場なら強くなるのも当然だわ」

 きっとクライスはこれまでも単独で潜入を繰り返して、そうやってサイファーの扱いを習熟してきたに違いない。軍からの支援態勢もろくになかったからこそ、自分自身で魔導のコードを組んだり解析したり試行錯誤して。そんな実力を積み上げる機会に囲まれていたはずだ。

 一方で、私は。ようやく第四階層に潜ることを許可された身分でしかない。

「この馬鹿みたいな国で馬鹿みたいな所属を決められて――ああもう、腹立ってきた!」

 女性を戦場に駆り出しておいて、兵士としての能力が高まり社会進出の道が拓けそうになると今度は監視役としてのエンジニアなんて職業を作り出して。そんなことしてるからこの国、というかこの大陸は発展しないのよ。今時男系重視の貴族国家なんて流行らないんだから!

「……ネネカ落ち着いて。その話はまた今度にしましょう」
「ふぃーりーあー。どうしてあんたはそんなにれいせいなのかなー?」
「え、ちょっと。怖いこわい、ネネカ、目が座ってるから、って、やっ」

 ベッドに悠々と腰掛けているフィリアに左腕で体重を掛けて押し倒す。

 戦闘時はサイファーとの共鳴の影響を受けて身体能力が向上するが、普段の彼女はどちらかというまでもなく非力だ。しかも軽い。

「さっきからジュースばっかりのんで、私ばっかり酔わせようとしてるでしょ」

 右手に掴んだままのチューハイの缶を振ってちゃぷちゃぷと音を立てた。

「それは私のせいじゃないから。ネネカが勝手に飲んでるんじゃないの。というか、私まだ飲めないから――」
「そんなの関係ない」
「あるわよ、というかネネカ、やる度にもうしないもうしないっていいながらまた今日も――」

 フィリアの非難を右から左に聞き流しながら、チューハイを口に含んだ。コトンと脇のベッドボードに空になった缶を置く。

 空いた右手を優しく彼女の顎に添えてほんの少しだけ上を向かせる。

「ダメよ、ネネカ、だめ」

 頬を心なしか赤らめたフィリアがか細い声を出した。触れ合う体温のせいであろうか。瞳はほんの少し潤んでいる。まだ若干抵抗の色を示す彼女の足の間に自らの足をねじ込ませて動きを止める。

「あっ。……ダメ、ん、んんーーーーー」

 その震える唇の間から、私の中で炭酸が抜け微温くなった液体を流し込む。

 フィリアの喉が、こくんと鳴った。
 
   ■
    
「えっと、何の話をしてたかしら」

 フィリアは先程と変わらずべッドに腰掛けていた。酔いが回ってか、顔に赤みが指している点だけが違っている。

「そう、彼がグレイン大陸で単独活動してたって話ね」
 フィリアが冷たい目で私を見下ろした。
「そ、そうそう。エンジニアとしての基本動作がなってなくてもサイファーの扱いがちゃんとしてればこそ、あれだけの芸当ができたってことよね」

 ちょっと呼吸が苦しいながらも頑張って声を出す。

「……で、あのー、酔いも覚めたしもうしないからこれほどいてくれない?」

 私の方はといえば、簀巻きにされて床に転がされていた。
 もがいたフィリアが左手でタオルケットを掴んでその端に紐のように引き伸ばしたサイファーを接着して引越しの荷物を梱包するようにぐるぐる巻きにするのにほんの数秒とかからなかった。

 本来、建物内でサイファーをイミュートなりクラリアなりで展開をすればすぐに事務職員に察知され、適当な警邏部隊を引き連れて飛んでくるのであるが、フィリアはそうならないように原型の特性を留めたまま形だけを絶妙にコントロールするという離れ技をやってのけた。

 ただ、本調子のフィリアなら金糸ならぬ鮮やかな銀糸を紡いだだろうが、今私の身体を縛る紐はところどころが細くなったり太くなったりと、雑だ。

「……反省してるようには見えないのだけれど」

 うにうにと躰をよじる私を見下ろして冷たく突き離す。こんな格好で反省を表現しろとは無茶を言う。
そして、そんなことより。

「……トイレ」

 ぼそっと呟いた私に向かってこれみよがしに「はあ」と大きくため息を吐いたフィリアは、ぱちんと指をならして拘束を解いた。

 そそくさと部屋を出る私の背後で、もう一度大きなため息が聞こえた。
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