前衛女子が打ち破る世界と陽の光

紺色ツバメ

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二章 異国の兵士は、騙る

二人のエンジニア

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 共鳴接続を経て、接続対象のサイファーの情報を読み取ることはできる。
 それでも、通常戦闘中にエンジニアができるレベルと言えば、技の発動時に不足している魔力量や波長の補助を行うためのわずかな情報を拾うくらいでしかない。
 クライスは目を開け、言葉を返した。

「――ああ、そうだ」

 回答まで少し間があった。
 これだけのことをやってのけるだけの実力は一朝一夕で身につくものではない。ましてやまぐれなんて言葉で片付けようもない。戦闘中の高揚感と陶酔感から冷めた私はようやく頭が回るようになってきた。

「それともまさか、グレイン大陸の兵士はみんなあんたみたいな奴ばっかりなのかしら」

 私の追及に、決まりの悪そうな表情をこちらに見せた。

「得意分野なだけだ」
「剣を腰にぶら下げてる人が、魔導解析と魔力制御が得意分野、ね」

 フィリアが追い打ちをかける。呻き声のようなものが聞こえた。初めてクライスとのやり取りで優位に立てた気がする。
 そして私が言葉を続けようとしたところで、通路から別の気配を感じすぐに口を閉じた。
 

「おお、こいつは運命だな、『暴れ姫』」
 

 果たして、背後から掛けられた声はとても聞き覚えのある不愉快な声だった。
 ああもう。よりにもよってこんな時に。

「……あら。偵察部隊の皆さんがこんなところに何の御用でいらっしゃったのかしら」

 振り返るとそこにいたのは第九十九番部隊の三人。私たちが辿って来たのと同じ通路の入り口から姿を表した。

 マックス・ヘブン。

 私に話しかけてきたその男は、左右に二人の女性を従え歩いてくる。彼女たちのサイファーはそれぞれ薄い緑と、青。昼間の、喫茶店での不愉快な出来事を思い出す。

「仕事に決まってるだろ? インテグレータを追ってるんだ」

 なるほど。それでわざわざ三階層目の、こんな地図にも載っているような部屋に偵察部隊が現れたってわけね。

「そう。なら、どうぞお先に」

 その言葉に従ってかは分からないが、一人が陣形を解き、マックスの側を離れた。他の誰も視界に入っていないかのように、その少女はフィリアにまっすぐ歩み寄った。

「久しぶりね。どう、調子は」
「……まあまあね。あなたも元気そうじゃない」

 少女の名は、メア・ユーベリッヒ。
 フィリアの妹だ、と聞いている。
 身長は二人とも変わらないくらいだ。若干、メアの方が高いかもしれない。妹の方は帽子をかぶってはおらず、金色の短めの髪が耳のあたりでぴこぴこと跳ねていた。見た目だけで言えば、フィリアよりもメアの方が人懐っこい印象を与える。
 瞳は姉妹で同じ、綺麗な水色。
 サイファーの適性は遺伝するので、親子二代で兵士だとか兄弟姉妹がといった話は別段珍しくもない。この国の軍では兵士の個別の家庭事情に触れることはタブーとされているため、私もそれ以上の情報は知らなかった。

 マックスの方は私以外の人物には特段気を払っていないようだった。

「ここで会ったのも何かの縁だ。今から行動を共にするってのはどうだ? ちょうどさっき強い反応を感知したんでな。お前たちだけでは危険だぜ」
 私の注意を惹こうとしてか、先程より少しだけ声のボリュームが上がっていた。
「大きなお世話よ。あいにく、私たちにはもう優秀なエンジニアが付いてるの」

 別にこの身元不詳の新しいエンジニアを認めたわけじゃないけれど、勢いでついそう言ってしまう。

「強がりはよせよ姫。そもそもお前たちの隊に志願する酔狂な奴は――」

 マックスはたった今初めて私たちの隊のエンジニアの顔を捉えた。
 と、急に表情が曇る。
「お前は――」
 どうして、まで聞き取れたが、その後はあまりにも小さい声だった。

「何? もしかして知り合いなの?」
 明らかに異様な反応を示したマックスを訝しんで尋ねる。
「さあな。さっきも言ったが俺に仲間はいない」
 クライスが口を開く。表情は変わらないままだったが、腰元の剣の柄に手を掛けた。
 マックスもすぐに反応した。


「はっ。お前が俺を知らなかろうが、こっちはお前をよく知ってるぜ。役目を捨てた『十の贄ディカード・シンシア』が今更何をしにここに戻って来た」

 怒気を孕んだ、しかし静かな声。

 エンジニアであるはずのマックスの持つサイファーが、イミュート反応を起こして特殊な刃へと姿を変えた。持ち手の両端から刀身が伸びた、並の戦士では自らの体を傷つけないようにすることで精一杯になるであろう奇妙な武器。沈黙する男を前にマックスはさらに続ける。

「てめえ、リスティナだけでは飽き足らず、今度はそいつらを巻き込もうって腹かよ? え?」

 マックスの言葉に、クライスの纏う空気が明らかに変わった。左の脇に刀を差しているのに左足を一歩前に出した独特の姿勢を取る。

「……まさか、その若さで俺を知るやつがいるとは思わなかった。どこの生き残りだ?」

 二人の距離は互いの獲物以上の間合いであったが、それが問題にならない程の闘気が空間を包む。
 隣に居た私はまともにその殺気にあてられた。瘴気とも感じられるその重たい空気は、指定禁忌種と対峙した記憶を思い起こさせた。

「ちょ、ちょっとあんたたちいきなり何する気よ!? やめなさいよこんなところで!」

 私は反射的に武器を展開する。発火前のおとなしい刀身が私の正面に出現した。
 場にいた残りの三人も同様の反応をしたようだ。肌に粘りつく様な空気を感じながらそれぞれのサイファーにイミュートを施す。

 一分ほどの静寂が訪れるが、正気を保つのに精一杯だった。一瞬でも気を抜けばここにいる誰かに斬りかかってしまいそうになる。
 つうっと額から汗の雫が流れた。
 

「……ちっ。ここじゃ都合が悪いな」
 
 その沈黙を破ったのはマックスだった。

 手に持つ柄に両側の刃が吸い込まれていき、球体に戻って彼の手に収まる。
 同時にクライスの緊張もそれによって解かれたらしい。あたりの空気が一気に弛緩したのが分かった。
「どうするつもりだ?」
 しかし警戒心までは解いていない様子だ。依然武器に手をかけたままに尋ねる。

「……別にどうもするかよ。俺の想像が正しけりゃ、お前をそのままにしておく方が俺にとっては都合がいい結果になる。下手に上に報告して消えられても困るしな。だけどまあ、監視は付けさせてもらうぜ――俺のやり方でな」

 それだけ言うと彼は『話は終わりだ』と言わんばかりに踵を返した。
「メア、ユーリ、行くぞ」
「はい、マックス様」
「――じゃあ、また」

 偵察部隊の三人が消えたあとには、言いようの無い嫌な空気だけが残った。
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