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二章 異国の兵士は、騙る

お手並み拝見

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 私たちが『カルディア』の採掘のために討伐する化物はセグメントと呼ばれ、その名の通り体内に『カルディア』の欠片を有している。

 百年以上前、『カルディア』が発見された当時はそのような化物は存在していなかったという。それがある時期を境にして急に発生が確認され始めた。

 一部の学者は、地下へと続く穴から運悪くも地上の生物が侵入し、何らかの方法で『カルディア』と融合されたものこそがセグメントの起源であるとの報告を出している。
 大脳新皮質が発達していない未熟な生物は全て『カルディア』の共鳴と干渉を受けて、体蛋白の構造を変化させられてしまった結果だと言うのだ。

 この仮説は、地下洞窟にセグメント以外の生物が存在しないという事実に裏付けられている。

 しかし、これに対しての有力な反対説も存在する。
 まずもって、誰もセグメント誕生の瞬間を見たことがないのだ。
 短期間でそこまでの進化を生物が経験することは考えられないし、何より、ワニや狒々といった生物がそうも都合よくぽんぽんと穴に落ちるわけがないと述べる。確かに蜘蛛くらいなら何匹か落ちていてもおかしくはないが。

 とかく様々な考察がなされているが、『カルディア』をコアに持つ化物が何らかの地上生物に似た姿を有している、という事実は存在する。

 その姿や出現場所にある程度の規則性も見出されており、第何階層にどのような化物セグメントが存在するかはマニュアルの付属資料として全ての兵士に配布されている。

 それは一種の攻略本みたいなもので、それを見て予習すれば大抵の敵には対処できる、のだが。
 
 それでも対処しきれない敵というのは存在するわけで。
  
 相性というか、苦手というか。
 
 大体、ただでさえ気持ち悪いのにそれがあんなに大きくなったら。
 
 だから私が悪いわけじゃない。

「――って、ねえ聞いてる!?」
「あー、分かってる」

 男が気のない返事をした。

「あの、く、蜘蛛が悪いの。私は悪くないの。というか、男なら率先して退治しなさいよ!」

 今私は、先ほどの失態について必死の弁解をしているところで、自分でもよく分からないことを言っているのは分かっている。とにかく男に偉そうに言っていた手前、恥ずかしくて仕方がなかった。またそれはフィリアも同じらしく、さっきから俯きっぱなしだった。帽子のつばで顔が隠れているので表情は読めない。

 次に遭遇する敵がまたあいつじゃないことを祈りながら、私たちはさらに奥深くに進んでいく。
 急にクライスがぼそりと呟いた。

「収獲はあったな」
「何の話よ」

 さっきの事件を蒸し返そうとしているならもうやめてほしいのだけれども。棘を含めて言葉を返す。

「お前の実力の話だ。最初はこんなやつと一緒で大丈夫なのかと危ぶんだものだったが――」
「そんなこと考えてたのあんた」

 失礼極まりない。むしろ実力を疑いたいのはこっちの方だった。

「――考えを改めた。まだ術の精度は劣るらしいが、それを補って余りあるだけの瞬発力と威力を兼ね備えている。それだけに調整し甲斐がある」

 そう言って私と私のサイファーをじろじろと眺める。褒めているのか貶しているのかよくわからないセリフだ。なんとなくまだ私を下に見ている感じがするのが気に食わない。

「私のことはもういいわよ。それよりあんた、調整とか偉そうに言ってるけどチームでの潜入経験無いんでしょ? そもそも接続自体まともにできるか怪しいんじゃないの――ってこら! その流れはもういいから!」

 またこちらに伸ばしてきた手を今度こそはたき落とした。

「心配するな。それに関しては俺の得意分野だ。現に入隊試験の際のスコアとして出ているからな」
 数字に関しては偽装のしようが無い。あの男が裏で手を回したりしていない限りは。
「あっ、そう」

 それでも、私は実戦にしか興味が無かった。
 死の恐怖、プレッシャーが無い安全地帯で発揮するパフォーマンスに何の価値も無い。

「俺の方からも一ついいか」クライスがまた口を開いた。「もし手に負えない敵が出てきた場合は早めに教えてくれ。お前たちが戦闘不能になる前に」

「――あんた、友達いないでしょ」
「仲間はいないな」

 でしょうね。

「待って」

 さっきまでだんまりを決め込んでいたフィリアが会話を制止した。ぴりっとした空気を身に纏っている。

「なに?」
「――敵だな」

 私が何かに気付くより早く、男が呟く。
 そしてすぐに軽い衝撃が脳に走った。

 共鳴接続のノックバックだ。急な接続に、フィリアも微かに呻いた。徐々に別の意思が私の中に入ってくる感覚がする。

「戦闘中は繋ぐと聞いている」

 クライスが前方の空間を真剣な表情で見つめる。この通路の先には、地図によればさほど広くもない小部屋がある。

「……先に言いなさいよ」

 接続速度、強度ともに問題ない。男の実力が一つ保証されて喜ぶべきところだったけれど、なんとも気に食わない。

「手筈通りでいいんだな」

 男の方は何の意にも介していない様子だった。バシリスク以上なら退避、未満なら撃退。先程決めた通りだ。

 男はすでに戦闘態勢に入っていた。手に持った彼のサイファーが目まぐるしくもぐるぐると様々な色に変わっている。


 さすがに、驚いた。


 エンジニアはクラリアを行わない。
 それは、『番人』に所属するレベル5のエンジニアであっても例外ではない。
 
 『クラリア』とは、イミュートと対を成す概念だ。

 火や水などの属性を一つのコードとして与えるもので、それが定まると鈍色のサイファーが色を変える。
 つまり、イミュートでサイファーに形を与え、クラリアでサイファーに属性を与える。
 
 なぜエンジニアがそれを行わないかといえば、まず一つに必要がないからだ。
 戦いに直接参加しないエンジニアが火や風の能力を持ったとしても、何の役にも立たない。

 そしてもう一つ、もしエンジニアのサイファーに属性を持たせてしまうと、場合によっては前衛や後衛の属性との反発が起こる。火と水などはその典型だ。


 それなのに、こいつは。

 常識を知らないのか何なのか、彼のサイファーは明らかにクラリアの直前の様な反応を繰り返している。
 明らかに異常な状態を目にしながら私が何を言おうかと混乱している間に、小部屋の入り口に辿り着いてしまった。

「あ」

 相手の姿をいち早く捉えたフィリアがなんとも言えない声を上げた。

 部屋の中央に陣取っていたのは、果たして基準値のバシリスクであった。

 分類としては、生物的混合種。単にミックスとも呼ばれるが、その名の通り目の前の化物セグメントは異形をなしていた。

 言ってしまえば、蛇のコブラと鳥の大鷲を混ぜたような姿だ。
 蛇に嘴と羽と足を生やして少し横に引き伸ばせば、完成。神様が世界創世に飽きて暇つぶしにスケッチしたみたいなアンバランスな姿。

 私と同じくらいの身の長だが、体重は比べ物にならない。平均的な個体で六百キロ程度だ。

 そして言うまでもないが、奴は飛べない。確かに体重も一つの原因だが、それ以前の問題だ。

 ここは地下です。

「撤退だな。他の獲物を探そう」

 男がバシリスクの状態を確認して呟く。こちらが敵意を見せない限りは襲ってこず、殆どのセグメントはなぜか通路間を移動しないので、背を向けて別の道を探せば済む話だった。


 けれども。

「――いいえ、討伐よ」

 私は自らの作戦を翻した。まださっきの蜘蛛事件が尾を引いていたのもある。それ以上に目の前のこの男が持つサイファーが一体どんな働きを見せるのかを早く見たい気持ちもあった。

 フィリアと目が合い、お互いに軽く頷く。見た目に反して案外好戦的なのが彼女だ。
 男はわざとらしくため息を吐いた。

「……こうも戦闘狂だとはボスからも聞かされて無かったんだがな」

 そして、初めて笑みを浮かべた。
 その男の言葉とは裏腹に共鳴接続がさらに強まっていくのが分かる。


「……『闇に咲く赤アリス』、バスターソード。『透き通る碧キュアノス』、ボウガンに魔杖ロッドか……共鳴率八十%、悪くないな」

 私たちの能力を接続を通じて確認した男が言う。

 バシリスクがこちらの殺気に気付いた。

「気を引き締めろ」
「誰に指図してんのよ!」


 戦闘開始だ。
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