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一章 公国の姫君は、出会う
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地下への潜入の最小単位は三人一組の隊になるが、その隊は目的によってさらに三つに分類される。
一つは、討伐部隊。
私たちの第十一部隊はここに属している。
一から七十までの番号が与えられ、その任務は文字通り討伐だ。セグメントをサイファーで打ち倒し、コアである『カルディア』の回収を主な任務とする。
もう一つは、警邏部隊。
七十一から九十までの番号が与えられ、その任務は主に討伐部隊の援護となる。地下の状態の確認や物資の補給のみならず、負傷兵の救出もこの部隊が担当するため必然的に防御や治癒に特化した能力を持つ兵士が多く配属される。先日救出した部隊はここの所属だった。大方私たちの隊のエンジニアをサルベージしようとして返り討ちにあったのだろう。兵士のくせに戦いを主としないこの部隊が、私はどうにも好きになれなかった。
そして最後に、偵察部隊。
これは九十一番から百番までだ。
貧弱そうな名前とは裏腹に、ともすれば私たち討伐部隊よりも多くの危険を冒す部隊がこの偵察部隊だ。入り組んだ地下洞窟の、未だ踏破されていない部屋部屋を回り地図を作るのが主な任務となっている。
昇降機が開通してから百年が経った今でも、この地下構造は完全には明らかになっていない。
そもそもこの地下洞窟、昇降機を除いては人の手が全く加えられていないのだ。発見時から、それは網目の様な構造を有していた。現在確認されているのは五つの階層のみだが、まだ深くに更なる階層が控えている可能性だってある。
話を戻すと、その偵察部隊は現在、四部隊しか登録されていない。番号があるからといって必ず隊も存在するとは限らないのだ。また、それは偵察部隊に限った話ではない。
負傷・死亡・行方不明によって隊員が二名以上欠員すると、隊の登録が抹消される。
そこで行き場を失った兵士たちが仲間を集い、再登録を行うのが、ここ、地上七階にある『指令本部管理課』だ。ちなみに『研究本部管理課』というのもお隣の白い建物の七階にあって、こちらはサイファーの登録を受け付けている。
管理課の窓口は三つに分かれていて、それぞれ今説明した部隊のものだ。自分の所属する部隊の窓口で、自らのランクや権限、これまでの戦果を照会することができる。
私はそのフロアの端っこにある喫茶店の席で、黒いソファーに足を組んで座っていた。
「なんで私だけが小言言われなきゃならないのよ」
ぐいっとカップに入ったコーヒーをあおる。無糖のブラック。
吐いた言葉は独り言ではなく、隣に座った彼女に向けての恨み言だ。
「日頃の行いのせいじゃないかしらね」
フィリアが涼しい表情を浮かべながらティーカップに口を付けた。
彼女のオーダーはベルガモットティー。ミルクティーにして飲むのが彼女のお気に入りだ。
これは私のおごりだ。
昇級イコール昇給であるし、何よりこれはもう恒例の行事となっている。
「その日頃の行いのおかげで私は昇級したんですけれども」
「あら、それはおめでとう。ようやく私と並んだわけね」
「うるさいわね。そもそも実力で言えばずっと並んでたわよ」
「まあでもこれでようやく第四階層に進めるようになったじゃない」
「エンジニアが補充されればね。それもレベル4の優秀なエンジニアが」
優秀な、は特に語気を強めて言った。
あの男はまた新しいエンジニアをあてがうと言っていたけれど、全く期待はできない。
「他の隊はどうしてるのかしらね」
窓口を眺めながら私は呟いた。
ちょうど一人の男が警邏部隊の窓口で画面を見せてもらっているところだった。
窓口では、自分よりもレベルの低い人物であればその人物のステータスを知ることが出来る。
スカウトや引き抜き交渉に有益なデータだけど、検索には名前と所属隊番号が必要だったりもする。
「その辺の隊に聞いてみるのはどうかしら」
そう言って彼女が目で示した先は、喫茶店内のカウンター席だった。
数人の男女が並んで座って会話をしている。
「……いやよ」
特定の階にある喫茶店や食堂は、単に食事のためだけでなく、情報交換を求める兵士たちでも賑わう。
新種のセグメントの出現やその弱点、比較的安全なルートといった知識を共有するためだ。
統一研究機関が『祭壇』を発明して以降、地下洞窟での死傷者は激減したものの、命の危険があることには変わりない。サイファーを持つようになった私たち第三世代からも何人かの死亡報告は出ているから油断は決して出来ない。
だから彼らが行っている談笑は決して娯楽目的などでは――
「いいじゃんいいじゃん、ねえ」
そう、娯楽目的などでは――
「今度外出許可が下りたら教えてよ。俺はもう三枚も溜まってるし、こっちのことは気にしないでいいからさ」
娯楽目的など――
「え? 何なら今からでも一緒に討伐に向かう? 補助・調整どころか増幅まで任せとけって」
娯楽――
「あ、俺? そういえば名前教えてなかったっけ。俺はレベル4のマックス、知らない? ほら、『人間アンプ』のマックスさ。一度俺とシンクロし・よ・う・ぜ?」
ぶちっ。
「まるっきり娯楽目的じゃないのあんた!!」
耐え切れずに声を上げて席を立ち上がってしまった。
さっきまでいやらしい猫なで声で話し掛けていた男が、金色の髪をなびかせてこちらを向いた。
カウンターでそいつに絡まれていた女性はここぞとばかりに逃げ出した。
「……『暴れ姫』じゃないか。どうしたんだ、デートのお誘いか?」
「どうしてそうなるのよ。それからその呼び名はやめて。あと、ナンパするなら外でやって。こっちは真面目な話をしてるの」
この軽薄そうな男は、知らない相手ではなかった。
エンジニアの、マックス・ヘブン。
大声で話していた通りで、レベルは4。
むかつくけどその実力は確かなもので、共鳴したパートナーのサイファーの能力を異常なまでに増強させることができる。
どうして知っているのかというと、こいつとは一度隊を組んだことがあるから。
「ナンパとはひどいな、こっちだって仕事のお話をしてたんだぜ?」
「どこがよ。どう見てもいたいけな女の子を無理やり連れ出そうとしてただけだったじゃない。ねえ?」
フィリアに振った。
ウェイターに紅茶のおかわりを頼んでいるところだった。
「ちょっと!」
「……何?」
私は関係ないから混ぜないで。
目がそう言っていた。
分かってるわよ、私だって出来ればこんな奴と関わりたくはないの。
じゃあなんで声かけたのよ。
だって――
「またお前のところのエンジニアが再起不能になったんだってな」
私たちが無言の応酬を続けていると、そいつが正面のソファーにどさっと腰掛けてきた。
「ちょっと、座っていいって言ってないんだけど」
さっきまで無関心だったフィリアが抗議の声を上げる。
「なあ、俺がお前んとこのエンジニアになってやってもいいんだぜ」
全く意に介した様子は無い。
それどころか私たちのパーティーメンバーとして歓迎される気でいる。
「大きなお世話。行こ」
実力としては何ら申し分ないものの、目を瞑れない程の大きな欠点があるからどうしようもない。
私がエンジニアに対して抱く嫌悪感は、もしかしたらこいつが原因なのかもしれないと本気で思った。
「おいおいおい、つれないじゃないか」
肩をすくめる仕草にもイラっときた。フィリアも私と同じ感想を抱いたようで、無言で席を立つ。
「まあ、女の子はそういうところが可愛いんだけどな。よっと」
と、その男がソファーのバネを利用し跳ねるようにして起き上がった。テーブルの脇を音も無くすり抜け、流れるような動作で私の左手から伝票を掠め取る。
反応できなかった。
「……何のつもりよ、あんた」
そう言うのがやっとだった。そもそもこいつを視界に入れる気がなかったとはいえ、普通のエンジニアならば私の不意を突くなんて、できるはずもない。
「仔猫ちゃんたちの気分を害しちまったらしいからな。ここは俺が払っとくよ」
「――あっ、そう。お礼は言わないから」
不快感を精一杯表現したつもりなのだが、全く気にした様子もなくマックスはひゅうと口笛を吹く。
「いずれ、俺を頼ることになるさ」
背中に憎ったらしい声を聞きながら私たちは床を蹴るようにして喫茶店を出た。
一つは、討伐部隊。
私たちの第十一部隊はここに属している。
一から七十までの番号が与えられ、その任務は文字通り討伐だ。セグメントをサイファーで打ち倒し、コアである『カルディア』の回収を主な任務とする。
もう一つは、警邏部隊。
七十一から九十までの番号が与えられ、その任務は主に討伐部隊の援護となる。地下の状態の確認や物資の補給のみならず、負傷兵の救出もこの部隊が担当するため必然的に防御や治癒に特化した能力を持つ兵士が多く配属される。先日救出した部隊はここの所属だった。大方私たちの隊のエンジニアをサルベージしようとして返り討ちにあったのだろう。兵士のくせに戦いを主としないこの部隊が、私はどうにも好きになれなかった。
そして最後に、偵察部隊。
これは九十一番から百番までだ。
貧弱そうな名前とは裏腹に、ともすれば私たち討伐部隊よりも多くの危険を冒す部隊がこの偵察部隊だ。入り組んだ地下洞窟の、未だ踏破されていない部屋部屋を回り地図を作るのが主な任務となっている。
昇降機が開通してから百年が経った今でも、この地下構造は完全には明らかになっていない。
そもそもこの地下洞窟、昇降機を除いては人の手が全く加えられていないのだ。発見時から、それは網目の様な構造を有していた。現在確認されているのは五つの階層のみだが、まだ深くに更なる階層が控えている可能性だってある。
話を戻すと、その偵察部隊は現在、四部隊しか登録されていない。番号があるからといって必ず隊も存在するとは限らないのだ。また、それは偵察部隊に限った話ではない。
負傷・死亡・行方不明によって隊員が二名以上欠員すると、隊の登録が抹消される。
そこで行き場を失った兵士たちが仲間を集い、再登録を行うのが、ここ、地上七階にある『指令本部管理課』だ。ちなみに『研究本部管理課』というのもお隣の白い建物の七階にあって、こちらはサイファーの登録を受け付けている。
管理課の窓口は三つに分かれていて、それぞれ今説明した部隊のものだ。自分の所属する部隊の窓口で、自らのランクや権限、これまでの戦果を照会することができる。
私はそのフロアの端っこにある喫茶店の席で、黒いソファーに足を組んで座っていた。
「なんで私だけが小言言われなきゃならないのよ」
ぐいっとカップに入ったコーヒーをあおる。無糖のブラック。
吐いた言葉は独り言ではなく、隣に座った彼女に向けての恨み言だ。
「日頃の行いのせいじゃないかしらね」
フィリアが涼しい表情を浮かべながらティーカップに口を付けた。
彼女のオーダーはベルガモットティー。ミルクティーにして飲むのが彼女のお気に入りだ。
これは私のおごりだ。
昇級イコール昇給であるし、何よりこれはもう恒例の行事となっている。
「その日頃の行いのおかげで私は昇級したんですけれども」
「あら、それはおめでとう。ようやく私と並んだわけね」
「うるさいわね。そもそも実力で言えばずっと並んでたわよ」
「まあでもこれでようやく第四階層に進めるようになったじゃない」
「エンジニアが補充されればね。それもレベル4の優秀なエンジニアが」
優秀な、は特に語気を強めて言った。
あの男はまた新しいエンジニアをあてがうと言っていたけれど、全く期待はできない。
「他の隊はどうしてるのかしらね」
窓口を眺めながら私は呟いた。
ちょうど一人の男が警邏部隊の窓口で画面を見せてもらっているところだった。
窓口では、自分よりもレベルの低い人物であればその人物のステータスを知ることが出来る。
スカウトや引き抜き交渉に有益なデータだけど、検索には名前と所属隊番号が必要だったりもする。
「その辺の隊に聞いてみるのはどうかしら」
そう言って彼女が目で示した先は、喫茶店内のカウンター席だった。
数人の男女が並んで座って会話をしている。
「……いやよ」
特定の階にある喫茶店や食堂は、単に食事のためだけでなく、情報交換を求める兵士たちでも賑わう。
新種のセグメントの出現やその弱点、比較的安全なルートといった知識を共有するためだ。
統一研究機関が『祭壇』を発明して以降、地下洞窟での死傷者は激減したものの、命の危険があることには変わりない。サイファーを持つようになった私たち第三世代からも何人かの死亡報告は出ているから油断は決して出来ない。
だから彼らが行っている談笑は決して娯楽目的などでは――
「いいじゃんいいじゃん、ねえ」
そう、娯楽目的などでは――
「今度外出許可が下りたら教えてよ。俺はもう三枚も溜まってるし、こっちのことは気にしないでいいからさ」
娯楽目的など――
「え? 何なら今からでも一緒に討伐に向かう? 補助・調整どころか増幅まで任せとけって」
娯楽――
「あ、俺? そういえば名前教えてなかったっけ。俺はレベル4のマックス、知らない? ほら、『人間アンプ』のマックスさ。一度俺とシンクロし・よ・う・ぜ?」
ぶちっ。
「まるっきり娯楽目的じゃないのあんた!!」
耐え切れずに声を上げて席を立ち上がってしまった。
さっきまでいやらしい猫なで声で話し掛けていた男が、金色の髪をなびかせてこちらを向いた。
カウンターでそいつに絡まれていた女性はここぞとばかりに逃げ出した。
「……『暴れ姫』じゃないか。どうしたんだ、デートのお誘いか?」
「どうしてそうなるのよ。それからその呼び名はやめて。あと、ナンパするなら外でやって。こっちは真面目な話をしてるの」
この軽薄そうな男は、知らない相手ではなかった。
エンジニアの、マックス・ヘブン。
大声で話していた通りで、レベルは4。
むかつくけどその実力は確かなもので、共鳴したパートナーのサイファーの能力を異常なまでに増強させることができる。
どうして知っているのかというと、こいつとは一度隊を組んだことがあるから。
「ナンパとはひどいな、こっちだって仕事のお話をしてたんだぜ?」
「どこがよ。どう見てもいたいけな女の子を無理やり連れ出そうとしてただけだったじゃない。ねえ?」
フィリアに振った。
ウェイターに紅茶のおかわりを頼んでいるところだった。
「ちょっと!」
「……何?」
私は関係ないから混ぜないで。
目がそう言っていた。
分かってるわよ、私だって出来ればこんな奴と関わりたくはないの。
じゃあなんで声かけたのよ。
だって――
「またお前のところのエンジニアが再起不能になったんだってな」
私たちが無言の応酬を続けていると、そいつが正面のソファーにどさっと腰掛けてきた。
「ちょっと、座っていいって言ってないんだけど」
さっきまで無関心だったフィリアが抗議の声を上げる。
「なあ、俺がお前んとこのエンジニアになってやってもいいんだぜ」
全く意に介した様子は無い。
それどころか私たちのパーティーメンバーとして歓迎される気でいる。
「大きなお世話。行こ」
実力としては何ら申し分ないものの、目を瞑れない程の大きな欠点があるからどうしようもない。
私がエンジニアに対して抱く嫌悪感は、もしかしたらこいつが原因なのかもしれないと本気で思った。
「おいおいおい、つれないじゃないか」
肩をすくめる仕草にもイラっときた。フィリアも私と同じ感想を抱いたようで、無言で席を立つ。
「まあ、女の子はそういうところが可愛いんだけどな。よっと」
と、その男がソファーのバネを利用し跳ねるようにして起き上がった。テーブルの脇を音も無くすり抜け、流れるような動作で私の左手から伝票を掠め取る。
反応できなかった。
「……何のつもりよ、あんた」
そう言うのがやっとだった。そもそもこいつを視界に入れる気がなかったとはいえ、普通のエンジニアならば私の不意を突くなんて、できるはずもない。
「仔猫ちゃんたちの気分を害しちまったらしいからな。ここは俺が払っとくよ」
「――あっ、そう。お礼は言わないから」
不快感を精一杯表現したつもりなのだが、全く気にした様子もなくマックスはひゅうと口笛を吹く。
「いずれ、俺を頼ることになるさ」
背中に憎ったらしい声を聞きながら私たちは床を蹴るようにして喫茶店を出た。
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