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プロローグ

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 地下数千メートル。
 ごつごつとした岩肌で周囲を固められた大聖堂のような空間。

 差し込む光はないが、しかし辺りは橙色のぼうっとした灯りに包まれていた。壁の所々から石英のような尖った鉱物が突き出ていて、それが不規則に明滅している。その空間は肌を刺すような凍てついた空気で満たされていた。

 そんな深い深い大地の底に、一人。

 男が叫ぶ。
 
「俺を――俺を騙したのか!」
 
 彼は地に臥していた。
 その四肢はゆっくりと大地に絡め取られていく。まるで彼自身が一つの鉱物に変化していくかのように。その肌は、徐々に黒に染まる。
 
 まだかろうじて動くその首を向けた先には、少女が立っていた。

「……ごめんね」

 彼を見下ろしながら、寂しそうに呟く。口元は微かに笑っているようでもある。この場には、彼ら以外の人の姿はなかった。

「――そこは、お前が立つべきところではないんだ!!」

 牙を剥き、叫ぶ。

 彼が言うように、少女は本来そこに立つ資格を持たないはずであった。彼を含め、選ばれし十人のみがその資格を有する。だが、彼が寸前に展開した術式を契機にこのような状況に陥っていた。

 彼にとっては全く予想外のことだった。
 唱えた呪文は、彼の身体を包み、安寧へと導くはずのものであった。

 が、この少女が何か細工をしたのだ。

「……もう、決めたことなの」

 顔を背け、踵を返してそびえ立つ岩壁へと歩を進める。十数メートルの高さがあった。
 少女に呼応するかのように、水晶の色が一斉に橙から翡翠に変わる。輝きを増し、少女の体に纏わりついていく。

「――――」

 彼が再び何か叫んでいるが、それは周囲に響き始めた甲高い共鳴音によってかき消され、少女の耳には届かない。

 急に音がやんで、カッと光が弾けた。それは爆炎のように広がり、彼の視界を奪う。



「……さよなら」

 少女が呟く。

 その背中に、天使のような羽が垣間見えた。
 直後。

 彼の体が、硝子のように砕け散った。
 
   ■
  
 それは、三つの大陸の物語。

 それぞれが独立して特殊な政府を持ち、『カルディア』と呼ばれる、無限の可能性を秘めた鉱物の研究によって栄華を極めた世界。

 『カルディア』とは、三大大陸の一つである、イリニ大陸で最初に発見された物質で、内部に循環構造を持つ〈生きた金属〉である。

 特別であるのは、『カルディア』の孔隙に四元素が圧縮されて蓄えられている点にある。その元素は、相剋と相生という現象を互いに与え、季節を巡るが如く生成流転を繰り返す。発祥地であるイリニ大陸の統一政府は、その時に生じるエネルギーを取り出すことに成功したのだ。

 そうして発電から上下水道、輸送にまで応用が可能になった魔法の鉱石は、すぐに人々の生活に欠かせないものとなっていった。

 しかしいくらその『カルディア』がとてつもないエネルギーを有しているといっても、鉱物である以上は埋蔵量に天井がある。

 その後、技術的困難性、物理的限界による『カルディア』の枯渇、採掘の危機が幾度となく叫ばれ、その度に戦争が起こった。資源を巡る争いは、更なる困窮を引き起した。

 事態を重く見た三大陸の各元帥は、抜本的解決を図るべく統一の研究機関を設立した。それは後のWiiGウィーグの前身となる。

 最終的な結末としては、その施設で研究され、実験的に施行された『地下の森計画』によって、人類は安定的な『カルディア』の供給を受けることが可能になった。だがその計画によってどのような作戦が実行されたかについては、歴史の表舞台に出ることは無かった。唯一その功績だけが、三人の元帥と五人の研究者のものとなった。つまり彼らのみがその作戦の全容を知り、且つ現在も生きている者達となる。

 表向きに伝わっている内容はこうだ。
 生きる魔石の共鳴を制限し、領域を画定する装置『祭壇』の発明――

 この祭壇こそが『カルディア』の安定供給を実現している。
 ただし。
 安定してはいるが、安全であるわけではない。
 その採掘には常に危険が伴う。
 従って、採掘場には訓練を受け特別な装備を身に着けた兵士しか足を踏み入れることができない。
 
 魔石を特殊な製法で固め、使役者の血を注いで完成する『サイファー』。

 各国の兵士達はこの兵器を手に、日夜深い深い地下へと潜る。

 人類の未来のために。
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