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3章 魔法学園と暗雲
33 理想の人 (ヴァイオレット視点)
しおりを挟む平凡に暮らすこと。
それが私、ヴァイオレット・ウーストのささやかな夢である。
幼い頃から鍛錬の日々だった。
四人の兄たちや父と戦闘訓練に明け暮れる日々。
最初に武器を持ったのは三歳。
記憶にはないが、ナイフを使ってゴブリンを倒した私は、楽しそうにキャッキャと笑っていたらしい。
私の才能を見抜いた父は、私に色々な訓練をさせてきた。
帝国の中でも皇帝に続く最高位である、軍将軍家に生を受けた私の宿命だったのだろう。
来る日も来る日も鍛錬、鍛錬、鍛錬。
五歳で一般兵を倒せるようになり、六歳で将官クラスと善戦し、七歳には父に一撃を入れるまでに成長した。
女の子らしいことは何もできず、ひたすら武器を振ったり体力作りをする日々。
そんな日々に、私は疲れてしまっていた。
私の気持ちを変えてくれたのは、皇帝陛下からいただいた一冊の本だった。
皇帝陛下は父の叔父、私の大叔父にあたる方である。
とっても優しいお爺さんで、たまにお会いしたときは、私のことを自分の孫のように可愛がってくれていた。
八歳の誕生日、皇帝陛下からの誕生日プレゼントは宝石だったが、二人きりになったときにこっそりと一冊の本をくれた。
その本は、王国の貴族子女が平民の男性と恋をするお話。
私が女の子らしいことをできていないことを気にかけて、この本をくださったんだろう。
私は何度も何度も何度もその本を読んだ。
稽古の休憩中、就寝前、起床後、空き時間になるたびに読んでいた。
そして憧れた。
平民と結婚し、平凡だけど暖かい家庭を築いた貴族の女の子に。
やがて私は十歳になり、父から縁談の話をされた。
帝国は実力至上主義。
例え皇族に生まれても、実力が無ければ排斥されてしまう厳しい国家だ。
産まれた子供を見捨てない為にも、縁談の相手は実力の高い者同士でするのが慣例となっている。
私に来た縁談も、軍将軍家や軍団将軍家がほとんどであった。
望まない縁談を私は一蹴した。
私にはそれほどの実力があったし、それが認められる家系でもあった。
「どの縁談も良縁であったが、何故断ったのだ?」
「父上、私はもっと平凡な暮らしがしたいです。結婚するなら、平民としたいのです!」
私はその時、初めて自分の意思を父に伝えることができたと思う。
今までは父に言われた通り稽古をこなし、勉強もしてきた。
「平民と、か。果たしてヴィオレと結婚できる平民はいるのだろうか。狐人族は畏怖の象徴。ヴィオレが狐人族と知られたら、恐れられてしまい、碌な恋愛などできないだろう」
父は私を溺愛している。
厳格な父ではあるが、訓練中以外私に対しては甘々だ。
私が初めて明確に示した自分の意思を、父は無碍にすることができなかった。
「父上、私は狐人族を恐れず、かつ平凡な人を探してみせます! だから、お願いします」
ちょっと上目遣いを使った。
あの本でも貴族の子女が必殺技としてよく使っていたやつだ。
父にもかなり効いたようで、一瞬で頬が緩みきっていた。
「ごほん。ヴィオレの考えは分かった。では12歳になったら入学させようと考えていた、緑の大陸のアカデメイアで、平民の男性と恋愛をしてみなさい。卒業までに運命の相手を見つけられたら、ヴィオレの好きにしなさい。ダメだったら、縁談を前向きに考えて欲しい」
「分かりました父上。学園で平民の男性を射止めてみせます!」
父の言質を取れた。
まずは学園で平凡な平民を見つけて、仲良くならないといけない。
そして恋に発展して、手を繋いだりあの本みたいに情熱的なキスをしたり。
子供は三人がいいかな。女の子一人と男の子二人くらいで……。
脱線し過ぎてしまった。
ともかく、私が狐人族と分かれば平民のみんなはビックリして近づかなくなってしまうだろう。
この問題は解決しなければならない。
「ボクはビレット。ボクはビレット。うん、大丈夫。男の子に見える」
鏡の前の私は、ちゃんと少年に見えた。
私は狐耳を隠すために帽子を被った。
長かった髪の毛はショートにしている。
後は尻尾だが、ゆったりしたズボンを履くことで目立たないようにはできた。
よほどお尻をじーっと見られない限りは、気づかれることはないだろう。
私が考えた作戦はこうだ。
まずは男の子のふりをして、平民の男の子と友達になる。
信用できるくらい仲良くなったら、秘密を打ち明ける。
まずは狐人族であることを言って、反応を見る。
狐人族でも友達でいてくれるなら、女の子であることを打ち明ける。
ここまでできれば、後は相手から私が女の子と意識してくれるはず。
意識し始めた二人はやがて恋に落ちて……また脱線してしまうので考えないでおこう。
こちらからのアプローチもしないといけない。
体に軽くタッチしてみたり、物理的に距離感を詰めてみたり、イメージトレーニングはばっちしだ。
「よし、ボクはビレット。平民の男の子と結婚してみせる!」
学園には女の子として入学したが、制服は男ものを入手した。
上兄と三兄にやめてくれとせがまれたが、下兄を上目遣いで撃破し、制服を取ってこさせたのだ。
二兄はこれはこれでアリだが、恋愛は許さんと言っていた。
父に言質を取っているので、どの兄であろうと私を止めることはできない。
クラス分けも狙い通り、中間くらいのBクラスに入れた。
高貴な身分の者が少なく、大半は平民だった。
アダデンという貴族の取り仕切りにより、自己紹介が始まった。
みんなの自己紹介はちゃんと聞いて、運命の人を見つけてみせる!
「次はボクだね。ボクはビレット。剣が得意だよ。よろしく」
ユノアちゃんという女の子の挨拶の後で、私は自己紹介をした。
ユノアちゃんは平凡そうな子に見えて、どこか危険な気配がする女の子だ。
多分あの子、父上くらいの強さかそれ以上の実力がある。
私でも苦戦してしまうかもしれない。気をつけておこう。
私が自己紹介をしている間、とある人の視線が気になった。
自己紹介している間はみんな私に集中していたが、見ていたのはみんな顔だ。
だがその人だけは、私のお尻をずーっと見ていた。
私は狐人族だとバレたと思い、冷や汗をかいていた。
彼の自己紹介は一言一句聞き逃すまいと耳を欹てる。
名前はシンヤ。
目立った特徴もなく、平民。
彼が俯きがちに自己紹介を終えたとき、私は彼に対する目が獲物を狙う目に変わっていたかもしれない。
そう、私の理想はこんな人だ。
目立つところもなく、目立とうもせず、平穏に生きていそうな平凡な男の子。
顔もイケメンでもブサイクでもない。
よく見るとちょっとカッコいいかもしれないが、普通の範疇だ。
尻尾がバレたかもしれない件もあるし、帰りには絶対に話しかけようと決めた。
できるなら彼と仲良くなり、ゆくゆくは恋仲に……また気が急いてしまった。
◇
「シンヤ君。シンヤ君。ふふっ」
一日目が終わり、私は家に帰った。
食事中もニヤニヤが抑えられないほど、今日の収穫は大きかった。
ちなみに私の住まいは兄たちと一緒だ。
Sクラスでも特に成績が優秀な者には、研究室を借りられたり、学園内にいくつもある一軒家を寮代わりに使用できる。
兄たちは一軒家に四人で暮らしているほど、仲がいい。本当はみんな一人ずつ家を借りられるのに、一緒なのだ。
私も部屋を一室兄たちに借りて、そこから学園に通うことにした。
「俺の大事な妹をたぶらかした奴はシンヤというのか。ぶっ殺してやる」
「兄貴、やめとけって。生かしたまま苦痛を与えた方が良いだろ」
「やれやれ、愚兄共は物騒だ。それだからヴィオレに嫌われるんだよ。ここは穏便に圧力をかけて退学にしてやればいい」
「あのー、兄さんたち。ヴィオレちゃんから殺気を感じるんだけど。僕達は血の涙を流してでも、恋を応援してあげないと」
食事中に惚気顔でシンヤ君の名前を言ってしまったがために、兄たちはご立腹のようだ。
しかし兄たちよりも私の方が実力は上。
もしもシンヤ君に何かしようものなら、力づくで排除する。
四人がかりで来られると、流石の私でも苦戦してしまうけど。
父と五人がかりで来られたら、私は負けてしまう。まだまだ未熟者だ。
「で、ヴィオレちゃん。シンヤ君は良い人なのかい?」
下兄のウォルター兄さんは優しくて大好きな兄だ。
ちょっと大袈裟な人だけど。
「シンヤ君はね、私が狐人族って分かっても友達でいてくれたの! つい初めて友達ができてすぐにバラしちゃったけど、大丈夫だった!」
「やれやれ、ヴィオレのドジは相変わらずだな。そこが可愛いのだが」
三兄のウェールズ兄さんはキザでカッコつけである上に、失礼な人だ。
私はドジではない。
何もないところで転んだりしないし、うっかり物を落としたりもしない。
ちょっとした段差とかではつまづいたり、うっかり口を滑らせたりはするけど、ドジとまではいかないはずだ。
「しかし狐人族と聞いても友達でいるとは、逆に怪しいやつだなぁ。皇族の地位を狙っているのか? 命知らずめ」
二兄のウィックス兄さんは、バカに見えて実はかなり頭が回る。
「シンヤ君は狐人族を知らなかったの!」
「なんだ、シンヤとかいう野郎はバカか」
上兄のウァンクル兄さんよりは馬鹿ではないだろうから安心して欲しい。
でも、もしシンヤ君が狐人族が皇族であり、とんでもなく強いことを知ってしまったらどんな反応を示すのだろうか。
友達をやめてしまうだろうか。
その心配は次の日の授業で杞憂に変わった。
彼は狐人族が皇族だと知っても、変わらず友達でいてくれた。
やはり彼しかいない、彼が理想の人だと思った私は、思わず自分が男の子のフリをしていることまで伝えてしまった。
本当はもうちょっと仲良くなってから伝える予定だったけど、嬉しくていてもたってもいられなかった。
私が女の子と言ったとき、彼は少し意外そうな顔をしていたが、反応は薄かった。
ちょっと固まってはいたが、すぐに我に返ったのか「あー、そうなのか」と呟いていた。
でもこれで女の子だということも伝えてしまったし、後はシンヤ君の方から意識してくれるはず!
私からもしっかりアプローチしていかないといけない。
あの本のように平凡だけど優しいシンヤ君と恋仲になるのだ!
そしてゆくゆくは結婚して……などとまた妄想の世界に入りながら私はベッドに潜るのだった。
◇後書き
ちょっと忙しくて感想に返信できてません。日曜日にまとめて書きたいと思います。
一日一話更新になっちゃって申し訳ないです。
誤字脱字確認もあんまりできてないので、見つけられた方はこっそり教えて下さると嬉しいです。
次回、恋のライバル。
あ、一応ヴィオレはヴァイオレットの愛称です。誤字ではありません。
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