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1章 始まりの一日
08 間話1-1 キョウカ
しおりを挟む幼い頃にテレビで見た『手付きとなった冒険者たち』という特集番組が心に深く残っていた。
「ダンジョンは命の危険と隣り合わせで、決してラクな場所ではありません。それでも、今の私があるのは、ダンジョンのおかげです。冒険者になり、死ぬ気で鍛えたからこそ、男性と共に過ごせるんです」
男性の近くで働き、たまに会話を楽しむ姿。彼女たちの幸せそうな笑顔に、私は心奪われた。
10歳になった裾野鏡花は、冒険者になった。
幾度となく血反吐を吐き、数えきれないほど挫折した。
それでも立ち上がり、素敵な男性との出会いを、未来を求めて死線を乗り越えていった。
いつか素敵な男性と出会えることを夢見て。
「男性を病院へ送迎する護衛!? 勿論受けます!」
それから、私に人生最大のチャンスが舞い込んできた。
なかなか男性の護衛の依頼が回ってこず、気が付けば3級冒険者になっていた。多分、ソロで攻略してたから、協調性がないってギルドから評価されていたのかも。
このチャンスだけは何とかモノにしなくてはならない。
依頼は15歳になる男性の精液検査の護衛だ。
依頼を受けるにあたり、寿引退(第3種契約)した先輩たちに連絡を取り、いくつかアドバイスをいただいた。
初の精液検査を受ける男性は絶望したり、取り乱したりと色々大変らしい。
行きたくないと言いだし、説得するまで時間がかかる。男性のご機嫌取りをしながら、何とか連れて行くことになるから頑張ってと激励の言葉をいただいた。
私は気を引き締め、なんとしても男性の機嫌を損ねるようなことはしないと誓った。
「キャッ! は、肌が! し、しし、失礼致しました!」
やっちゃった。もう終わった。
依頼当日、意を決して呼び鈴を押した私は、初っ端から大変なことを仕出かした。
男性の肌を不用意に見てしまったのである。
ドアを開けて出てきたのは絶世の美男子と言っても過言ではない少年だった。
しかし少年は寝巻き姿なのか、無防備な服装で私の前に姿を現したのだ。
私だって女である。そんな姿を見せられたら、実は誘ってるんじゃないかとムラムラしてしまう。だが、失礼なことがあっては絶対にならないのだ。
咄嗟の判断で回れ右をして180度回転し、すぐに謝罪の言葉を述べた。
菅井仁軌様は私の失態で機嫌を損ねた様子もなく、冷静に会話をしてくれた。
言葉からはこちらを気遣うようなニュアンスもあり、こんなに優しくて丁寧な対応をしてくれる男性がいたのかと驚いた。
驚きながらも、どんどん惹かれていく。
見た目は勿論のこと、話せば話すほど人の良さが滲み出ているように感じる。
世の男性みんなが優しくないとは言わないが、この人の優しさに触れると他の男性なんて霞んでしまう。
こんな人の手付きになれたなら。
幼い頃からの夢が頭にチラつく。
ダメダメ、ヘンなこと考えてないで、任務に集中しないと。
着替えを終えた菅井様が出てくる。
男性にしてはまだまだ露出が多い服だったが、これ以上騒ぎ立てるのは良くないと考え、出かかった言葉と唾液をゴクンと飲み込んだ。
「お待たせしました。改めて今日は宜しくお願いします、キョウカさん」
全身に電撃が走る。
男性に、それも優しくてカッコいい素敵な人に、名前で呼ばれてしまったのだ。
「ッ!! は、はい!! 宜しくお願い致しますッ!!」
私の返事は声が上擦っていたが、そんなことも考えられないくらい興奮と幸福感が押し寄せてきていた。
と、同時に、ほんの少し黒い感情も浮かんできてしまった。
これから彼が行う精液検査では、2人に1人がGランクという生殖能力無しの結果が出る。
その結果が出た男性の警護官は基本的に1名となる。
もし、その1枠を私が獲得できるなら、こんな男性と人生を共に歩めるなら、私は悪魔に魂を売ることさえ厭わないだろう。
国から冒険者ギルドに依頼がきたということは、彼に専属警護官は存在しない。
彼の第3種契約枠を独占できるかもしれないという希望から、私は彼のランクがGになることを願ってしまった。
Gランクは男性が1番なりたくないランクなのに……私は最低な女だ。
だが結果は、思いもよらないものになった。
彼はAランク、それも他の追随を許さないほど優秀な精力を持っていたのだ。
私はこの結果に心から安堵した。
Aランクであれば、警護官の人数に上限は設けられない。
これから実施されるであろう警護官の選定で、私は知り合いということもあり有利になるだろう。
それでも、倍率だけはどうにもならない。採用枠の上限がないとはいえ、無限というわけではないのだ。多く選ばれても10人、少なかったら5人といったところ。
何としてもその枠だけは勝ち取らなければならない。
これは私の、最初で最後の恋なのだから。
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