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1章 始まりの一日

06 冒険者ギルド支部へ

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 冒険者ギルド。

 ダンジョンに挑む冒険者たちをサポートする国営の組織である。

「わっ、男性だよ。しかもイケメン」
「依頼とかかな?」
「男性が直接来るって珍しいよなぁ」
「眼福、眼福」
「私たちと同じ冒険者なわけないよね?」
「初級ダン近くだから可能性はあるかも」

 異世界で冒険者ギルドと言ったら柄の悪い人たちが真っ先に絡んでくるテンプレがイメージされるが、現代の冒険者ギルドは手続きするためのお役所って感じだな。

 ファンタジー装備を身に付けてる人が何人かいるくらいで、それ以外は特に目につくものはなさそうだ。

 男性の受付もいるみたいだが、人気にんきで混み合っている。俺は勿論そちらに行くわけはなく、パッと見で好みの受付嬢のところにやって来た。

「えっ? こっち来るの? あ、いらっしゃいませ。本日はご依頼ですか?」

 この世界は女性が苦手な男性ばかりのため、受付嬢のところに来る男性は滅多にいないのだろう。

「冒険者登録ってできますかね? 身分証は持ってきました」

「えぇ!? 登録!? 珍しいけど、この子Gランクだったのかなぁ。あ、いえ、冒険者登録ですね。かしこまりました。ではこちらの書類をご記入下さい」

 受付嬢のお姉さんは思考がダダ漏れだな。

 精子ランクがGランクというのは、生殖能力がないランクのことだな。このランクの男性は、働く人が多い。
 冒険者になる男性は少ないながらも存在しているようだ。

 サラサラと必要事項を記入していく。

 冒険者になるためには講習を受けなければならず、詳しい説明はそこでされるらしい。

 1番早い講習の日程は、明後日か。早めにダンジョンに行ってみたいし、予約しておこう。

「講習を終えるまではダンジョンに入ることが許可されませんのでご注意下さい。初期スキルの鑑定は本日なさいますか? と言っても、初期スキルは1つしかないことが多いから、男の人は【男精】スキルで埋まってて残念な結果になっちゃうけど……」

 また心の声漏れちゃってるなぁ。

「いえ、鑑定は大丈夫です」

 俺のスキルは1級冒険者兼警護官のマロンに鑑定してもらっているので既に把握はあく済みだ。

 所持スキルは【女難】、【夜の帝王】、【男聖】の3つだな。
 男聖は精力が強いってだけだろうから分かるが、他2つの効果は知らないし、後で調べておこう。

「では、手続きは以上です。講習会は明後日の午後1時です。当日は運動のしやすい服装でお越し下さい。はぁ、カッコよかったなぁ。女性相手に物怖じしないし、言葉も丁寧で優しそうだし、もう最高」

 最後まで思考ダダ漏れだった茶髪ロングの受付嬢さん。
 胸元に坂上さかがみモチと書かれたネームプレートを見つけ、随分ずいぶん可愛らしい名前だなぁと思いつつ、心の内ではモチちゃんと呼ぶことにした。

 用事も終わったことだし、帰ろうかと思ったところで、刺すような視線を感じた。

「おい、お前、男なのにどうして女の受付なんかに行ってんだよ。しかもあんなデカ女のとこに。おかしいだろ」

 帰り際になってイチャモンをつけて来たのはこの世界で初めて見た男性だった。
 ほっそりしてて頼りない見た目のわりには、言葉づかいが荒い。

 まさか現代世界の冒険者ギルドでヤバいやつに絡まれるテンプレを経験することになるなんて、なんか感動してしまう。

 デカ女はモチちゃんのことを言っているのだろう。確かにモチちゃんはデカい。色々と。

「あぁ、お気に触るようなことをしてしまったなら、すみません。しかし、私がどの受付に行こうと貴方あなたには関係ありませんよね?」

「はぁ!? 女のとこ行くのはびてるみたいじゃねぇかよ。それにそんな口調してたら女に付け入られるぞ! お前みたいな男がいたら男の価値を下げるんだよ! だから次からは俺の受付に来い!」

 段々と空気がピリついてくる。

 こいつの言い分はかなりヤバいが、俺を心配していそうなものもあるため、なんか悪いやつじゃなさそうな気もしてきた。

 少数である男性の立場って、俺の想像以上にツラいものなのかもな。
 いつ女性に襲われてもおかしくなくて、本当は毎日おびえながら暮らしているのだろう。

 口調を荒くしたり、虚勢きょせいを張ったりするのは、自衛のために身についた言動なのかもしれない。

 同情の余地よちはあれど、モチちゃんをデカ女と馬鹿バカにしたことだけは許してやる気はないがな。

「ヤバいヤバいどうしよう。私が担当したから男性同士の喧嘩けんかになっちゃう。もう絶対クビだぁぁぁ」

 モチちゃん、ちょっと空気読んで欲しい。今はシリアスな場面だ。心の声を漏らす時間じゃないぞ。

「それでも貴方にとやかく言われる筋合いはありませんよ。個人の自由ですからね。それと、俺の言動をけなすのは構いませんが、モチちゃんをデカ女と呼んだことは見過ごせません。彼女に謝罪して下さい」

「はぁっ?! 背も胸もデケェ女なんて気持ち悪いだけだろ! デカ女って呼んで何が悪いんだよ!」

 あ、貞操逆転世界では胸が大きい女性は嫌悪けんおされる傾向があるんだったな。
 女性が苦手な男性は、女性性おんならしさを感じる部分がダメらしい。

 背が高いのがダメなのは単に威圧感があって怖いとか、そんなところだろうか。

 この世界でのモテない要素を兼ね備えてしまったモチちゃん。
 大丈夫、俺はそんなところ気にしないからな!

「い、今、モチちゃんって言われた!? あーもう、クビになっても良い! あんなカッコいい子にちゃん付けで名前で呼ばれるなんて最高!」

 なんだかんだ楽しんでるなぁ、モチちゃん。下の名前の印象が強かったから、苗字を忘れてしまったなんて言えない。

「言動が悪い人に注意をするのは構いません。マナー的な要素もありますから。しかし外見をけなすのは違うでしょう? 貴方は外見的特徴を揶揄やゆされたら不快な気持ちにはならないのですか?」

「なっ、いや、でも相手は女だぞ。俺たち男は貴重な存在なんだ。女なんていて捨ててもくさるほどいるだろ」

 その女性がいなければ、この世界では男なんて何もできないだろうに。

「相手が女性だから何を言っても構わないと? 確かに男性の存在は貴重でしょうが、同じ人間です。女性がいなければ、男は暮らしていけないでしょう。都合の良いときだけ助けてもらって、あとはどんな暴言をぶつけても良いのですか?」

「いや、それは、だから……くそっ、お前はもうギルドに来るんじゃない! 女の肩を持つ裏切り者がっ!」

京極きょうごく君、そこまでにしておきましょうか」

 ついに反論できなくなってわめき散らかし始めた男を止めたのは風格がある壮年そうねんの女性だった。

「し、支部長。この男をつまみ出してくれよ! 男は貴重な存在なのに、女を大切にするとか、おかしいだろ!」

「そうね、貴重な存在は大事よね。その考えでいくと、貴方はこのギルド支部には必要ないわ。1級冒険者に警護されているこの方のほうが、貴重という話になってしまうもの」

「なっ?! こいつはGランクじゃないのか!?」

 驚いて目を見張る京極きょうごく君と呼ばれた男。支部長は冷徹れいてつな瞳をしながら、「そういうことじゃないでしょうに」と呟きながら小さな溜息ためいきいた。

「えぇ。相手は少なくとも、貴方より貴重な男性よ。それとは関係なしに、京極君の態度は目に余るわ。追って沙汰さたくだします。今日はがってもらって結構よ」

「待てよ支部長! 俺をクビにするってのかよ!」

 支部長はヤンヤンと騒ぐ男に「帰りなさい」と一言げると、男は渋々しぶしぶ去っていった。それから俺の目の前に支部長がやってきて、腰よりも深く頭を下げた。

「この度は当ギルド支部の職員がご迷惑をおかけ致しまして、大変申し訳ございませんでした」

「あぁ、いえ、大丈夫ですよ。こちらこそ、騒がしくしちゃってすみません」

 その瞬間、騒ぎを見学していた周りの人々が一斉にパチパチと拍手を送ってくれた。

「カッコよかったよー!」
「ほんとほんと、スカッとしちゃった!」
「アタシもあんな子にかばってもらいたい~」
「ヤバい。れた」
「ちょ、それって涙だよね?!」
「女に優しい男の子って、実在したんだね!」

 まるでオタクに優しいギャルみたいな言い方だな。そんなにこの世界の男は女に優しくしないものなのか。

「ご寛恕かんじょいただき、有難う存じます。かさねて当職員の坂上さかがみをお気遣いいただき感謝致します。フフッ、胸がく思いでしたわ」

「こちらこそ、間に入っていただけて助かりました。有難うございます」

 男の態度には、日頃から鬱憤うっぷんが溜まっていたのだろう。女性たちは何を言われても言い返すことができず、仕方ないと割り切っては我慢する。

 別の価値観を持つ俺としては、このような状況をどうにかしたいとは思うのだが。

 それから支部長の飛鳥井あすかいさんやモチちゃんに感謝と謝罪を何度もされ、お礼とおびを兼ねた品までいただいてしまった。

 俺の年齢が15歳なのを知った支部長が、同い年の娘がいるからお礼として渡したいとか言い始めたときはどうなるかと思ったが、結局ダンジョン産の魔道具をもらって、冒険者ギルドを後にした。

 魔道具なんて、ワクワクしちゃうな!


「はぁ、本当に大事に至らなくて助かりました」
「男同士の喧嘩は殴り合いくらいになんねぇと、アタシら割り込めないからなぁ」
「ヤキモキした。あの男、許せない」

「でも、カッコよかったですよね」
「くそっ、あんなの惚れるっての」
「ぐっしょり」

 気分良くなっている俺とは裏腹に、警護官たちは気が気じゃなかったことを、帰宅してから教えられることになるのだった。



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