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プロローグ
しおりを挟む「おーい、仁坊ー、競輪行くぞー」
「ジィちゃん、今行く~」
ジィちゃんと出かけるなんて、久しぶりだなぁ。それになんだか、俺の声が幼く感じる。
仕事へ行かずに真っ昼間からジィちゃんと競輪。最高だな。
「仁坊、この車券買っといてくれるか?」
「もぅジィちゃん、僕まだ子供だから買っちゃダメなんだけど」
「大丈夫大丈夫。ジィちゃんはちょっとトイレ行ってくるわ。釣りでジュースでも買って待っててなぁ」
全く、ジィちゃんは。
あれ?
俺子供じゃないから買っても大丈夫なはずなのに、おかしいな。
あぁ、そっか。これ夢なんだな。
ジィちゃんは3年ほど前に亡くなっている。
最近家族とも疎遠だし、子供の頃が恋しくなってこんな夢を視てしまっているのだろう。
「今日は散々だっなぁ。仁坊、来週はナイター競馬だぞぉ」
「もう、ジィちゃん。今日あんだけ負けたのに。しょうがないなぁ」
ジィちゃんの楽しそうな表情に、幼い俺の呆れ顔。
なんだかんだ言っても、ジィちゃんと出かけるのは俺の楽しみだったな。
どこかおかしくって、懐かしくなって、寂しい気持ちになって、込み上げてくるものがある。
「そうだ、仁軌。将来お嫁さんができたら、ジィちゃんみたいにギャンブルばっかりするんじゃないぞぉ」
「僕はしないよ! それに、僕にお嫁さんなんてできないよ。学校で……ううん、なんでもない」
冗談や下ネタばっかり話すジィちゃんが、俺を仁軌って呼ぶときは、真剣な話をするときや、真面目なことを言ってるときだ。
いつも笑顔でくしゃくしゃの表情のジィちゃんが、キリッと真面目な顔をするのが俺はなんとなく好きだった。
「学校でなんかあったか? 辛いことがあったら、いつでもジィちゃんに言うんだぞ」
「うん、ジィちゃん。何にもないよ! 大丈夫!」
あぁ、嘘をついてしまった。
俺は子供の頃、女の子グループにからかわれたり、イジメられたりしていたんだ。
ジィちゃんは何か察してくれていたのかもしれない。それでも俺は、ジィちゃんの悲しい顔を見たくなかった。心配させたくなくて、一人で抱え込んでしまった。
「そうか。ジィちゃん早く曾孫を抱っこしたいから、女の子とは仲良くするんだぞぉ」
「う、うん」
ごめんな、ジィちゃん。
結局俺はジィちゃんに曾孫を見せてあげられなかった。
青年期は3次元の女性が苦手になって、2次元の女の子にハマった。
大人になってからは女性不信は回復したが、2次元にハマったことからは抜け出せずに今でもドップリ。
特に好きなのは、現実には存在しない人外娘だ。
あ、人外娘が好きな人外スキーだからといって、普通の女の子を好きになれないとかじゃないがな。
結局、三十路手前になって、未だに彼女ナシ、経験ナシ。
俺、このままだとジィちゃんと天国で顔を合わせられないよ。
「仁軌がお嫁さんもらえなかったら、ジィちゃんがなんとかしてやるからな」
「もぅ、そんなのいいって。ジィちゃんは心配性だなぁ」
ぐはっ、ジィちゃんの心配した通りになっちまったよ。
ジィちゃん孝行の為にも、そろそろ婚活とか考えないと、か。
この夢を視た意味は、そろそろなんとかしろ、っていうジィちゃんのメッセージかもしれない。
貯金はそこそこあるし、これを機に色々と始めてみようかね。
「そうだ、仁坊。お嫁さんいっぱい作ってハーレムにしたらどうだー。賑やかで楽しいぞー」
「もぅ! ジィちゃん!」
「ハハハハ」
全く、彼女もできたことない俺が、ハーレムなんてできっこないだろジィちゃん。
そんなことが可能なのは、男性の数が極端に少ない貞操逆転の、所謂あべこべ世界くらいなものだ。
貞操逆転世界に転生できたら……いや、そんなラノベみたいな非現実的なこと、起こるわけがないか。
「仁軌はジィちゃんの孫だからハーレムくらい作れるぞ」
「はぁ、ハーレムなんてムリだよ」
「ムリじゃないぞぉ。ジィちゃんがドイツに出張してた頃はベルリンの壁っていうのがまだあってな、東ドイツと西ドイツの両方で彼女を作って……九州の出張でも……北海道の子は医者の卵で…………」
ジィちゃんの昔話は長いけど、まるで本の中の話みたいで嫌いじゃなかったな。
めちゃくちゃモテたジィちゃんの血が、本当に俺に流れているのか疑わしくなるよ。
性格も全然違うし、なんか似てるのは名前くらいだ。
俺は菅井仁軌で、ジィちゃんが菅井金次。
俺の名前の由来がジィちゃんなのは、誰が見ても分かることだろう。
「仁軌は優しい子だから、女の子を大切にできる。だから仁坊、好きなだけハーレムを作れ!」
「いや、僕にハーレムはムリだって!」
ジィちゃん、楽しい夢を視せてくれてありがとな。
ハーレムは無理だろうけど、頑張って3次元の女の子と仲良くなってみるよ。
夢の終わりが近づいて、段々と意識と記憶が薄れてゆく。
夢の内容は忘れてしまっても、決意だけは忘れないように深く心に刻むとしよう。
『仁軌、これから大変だろうが、ジィちゃんは応援してるぞ』
笑顔のジィちゃんが、どこか嬉しそうに、励ますように、俺のことを見守っているような、そんな気がした。
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