上 下
2 / 20
1章 始まりの一日

01 目覚めたら貞操逆転世界

しおりを挟む

 ピンポーン、とインターホンが鳴った。

 良い夢を視ていた気がするのに、邪魔じゃまをされてしまった。

 寝惚ねぼまなここすり、名残なごりしさを感じながらもフカフカのベッドから身体を起こす。

 今日はせっかくの休日だから一日中惰眠だみんむさぼってやろうと思ったのに。

 荷物を頼んでいた覚えはないが、宅配便とかそんなところだろう。社会人になってから家族とも友人とも疎遠だからなぁ。
 うちに来客なんてまず有り得ないというやつだ。

「え、いや、どこ、ここ?」

 玄関に向かおうとしたが、自室とは部屋の間取りが違うことに気付く。そして発した自分の声に違和感を覚える。

 枕元まくらもとで充電されていたスマホを手に取り、写真アプリを起動する。インカメラに切り換えて写ったのは、まだひげも全然生えてこなかった頃の中学生くらいの俺の姿だった。

「は? なんか若返ってる? いやいや、逆行転生? そんなわけ……」

 これは夢だろうかと疑い始めたところに、もう一度ピンポーンとインターホンの音が響く。

「は、はーい」

 部屋を出て玄関を探す。

 全く、自分の家で玄関を探すなんてことになるとは思いもしなかった。
 そもそもここが俺の自宅なのかも怪しいが、他に住人が居そうな気配はなく、一人暮らしのようなので俺の家なのだろう。

 それにしても、結構広いな。高層マンションの丸々ワンフロアかよってツッコミたくなる。まぁ小市民な俺では高層マンションなんて行ったことも見たこともないのだが。

 玄関を見つけて急いで扉を開ける。
 インターホンを2回押されているから相手がしびれを切らしているかもしない。

「キャッ! は、肌が! し、しし、失礼致しました!」

 ガチャリと扉を開けると、滅多めったにお目にかかれない美女がいた。新調したばかりかのようなスーツからフレッシュな印象を感じる。
 美女はこちらを見ると軽い叫び声を上げながら、即座にクルリと半回転した。

 何かやらかしたかと思って自分の姿を確認したら、下はスウェットで、上はシャツ一枚。別に男なら珍しくもないラフな格好だったが、こちらを見ないように配慮してくれてるらしい。
 それかこの美女が相当初心うぶな子かってところだが、こんな美女なら学生時代に男なんていくらでも捕まえられるはずだから彼氏の1人や2人はいただろう。

「えっと、お見苦しい格好ですみませんが、御用件は何でしょうか?」

「ハッ! 男性の方の肌を不用意に見てしまい申し訳ありませんでした! えっと、な、何か上に着ていただけないでしょうか?」

 いやいや男性の肌って。この子、相当な箱入り娘なのだろうか。
 後ろを向いたまま耳が真っ赤になっているのがなんとも可愛らしい。

 しかし今から上に羽織はおる物を探すのは正直面倒だ。どこに服があるか分からない上に、突然の若返りと知らない自宅に困惑しているところである。
 さっさと来客の対応は終えて状況を整理したい。

「いやぁ、寝起きで申し訳ないです。御用件だけ先に伺っても宜しいですか? ちょっと予定が忙しいので」

 寝起きでこれから忙しいとはこれ如何いかに、と自分でツッコミたくなるが仕方ない。

「そ、そうですね。本日菅井すがい様は精液検査のご予定ですもんね。申し遅れました、わたくし本日の男性警護官と病院までの送迎を務めさせていただきます、3等級冒険者の裾野すその鏡花きょうかと申します。宜しくお願い致します!」

 本当に予定あるのかよ、俺。

 裾野すそのさんはペコペコと何度も頭を下げている。
 後ろを向いたままなので、こちらにお尻を突き出すようなかたちになっているが、気づいていないのだろうか。ふむ、安産型だな。

 自己紹介には気になるワードが多かった。

 精液検査。
 男性警護官。
 冒険者。

 変な夢でも見てるんじゃないかという疑いもあるが、これはひょっとして、ひょっとしちゃうんじゃなかろうか。

 貞操観念逆転あべこべ世界。

 そんな言葉が頭によぎる。

 ライトノベルなんかで見かける世界観で、男性が女性よりもかなり少なかったり、男性の性欲が弱く女性はその逆だったりする設定だ。

 他にもちからだったり、社会的役割も逆転していたりする。

 昔の言葉を変えて、益荒雄ますらおならぬ益荒雌ますらめ手弱女たわやめならぬ手弱男たわやおと言ったところか。

 ファンタジー世界によく見られる中世ヨーロッパではなく、時代は現代。
 現実世界とは並行世界パラレルワールドの関係であり、歴史上の人物が男女逆転している、なんてことも多い。

 男性警護官はそんな世界で、希少となった男性を守る存在である。

 そしてこの手の小説を読んでいて出てくるのが精液検査や、献精けんせいといった言葉だ。
 精子提供をするにあたり検査をし、ランクを決めるとかいうテンプレのやつだな。献精は、献血の精子版だと思えば想像しやすい。
 献血だとお礼の品として色々いただけるが、献精だとランクに応じて現金をもらえるんだよな。

 献精は男女比が偏ってしまった世界で人口の減少を抑えるために必要なことだ。

 さて、俺が貞操逆転世界に逆行わかがえり転生しちゃったのは何となく予想がついてきたが、問題は冒険者というワードだ。

 前述した通り、貞操逆転世界は大抵が現代という時代区分に位置する。

 ファンタジー世界のテンプレ、中世ヨーロッパならまだしも、現代に冒険者という職業があるのには違和感を覚えてしまう。

「あのー、裾野すそのさん。冒険者についてがくがないもので教えていただいても宜しいですか?」

かしこまりました! 冒険者とはダンジョンにもぐってモンスターを倒したり、ギルドで依頼いらいを受けたりする職業です。ダンジョンでレベルを上げると身体能力が一般の方とは一線をかくすものになります。そして男性を守る実力を身に付けた4級冒険者以上の者が、男性警護官の依頼を受けることができます!」

「マジかぁ。ダンジョンがあるのかぁ」

 ダンジョンにモンスターにレベルとは、ゲームみたいだ。最近はそういう小説もかなり増えたと聞くし、ありがちと言ったらありがちなのだろう。

 貞操逆転世界に転生ってだけでも信じられないのに、ファンタジー要素がプラスされてしまったか。

「はい! この辺りでも近くに初級ダンジョンが存在しますよ! わたしは上級ダンジョンを制覇せいはしたこともあるんです! ハッ! また申し訳ありません!」

 現代にダンジョンがあることに驚いてつぶやいたのを拾われてしまった。かなり小さい声だったのだが、裾野すそのさん、耳が良いんだな。

 俺が薄着なのも忘れてこちらに振り向き、まるでアピールポイントだとばかりに自慢じまんげに言い放った彼女は、すぐにまたペコペコと後ろ向きで謝罪し始めた。

 美人さんなのにおっちょこちょいで、反応が一々いちいち可愛い人だ。これからは心の内ではキョウカちゃんと呼ぶことにしよう。

 この家の近くにもダンジョンはあるのか。
 初級ダンジョンという名前から初心者向けだと想定できるし、ゲーマーとしては是非とも行ってみたいところ。
 状況把握はあくできて落ち着いてきたら、冒険者になってみよう。

 そうと決まれば、さっさと予定を済まさねばなるまい。

 精液検査でも何でもやってやろうじゃないか!

「色々教えていただいて有難うございます。えっと、これから病院でしたよね? 立ち話が長くなってしまい申し訳ないです。ささっと準備してきますね」

「はい、お待ちしております!」

 流石に女の子を家に入れるのはまずいと考え、玄関前で待ってもらうことになった。

 準備と言っても服の場所さえ分からない。
 まぁとりあえずタンスを探せば何かしら服はあるだろう。

 知らない家のタンスを探索する。
 これなんてRPG?

 物色の末にマトモな服に着替えることはできたが、見知らぬ男性用下着ブラみたいな物を発見したときは困惑せざるを得なかった。

 いやいや、流石に着けるわけないだろ……。


「お待たせしました。改めて今日は宜しくお願いします、キョウカさん」

「ッ!! は、はい!! 宜しくお願い致しますッ!!」

 この時、ついつい下の名前で呼んでしまっていることには気が付かず、なんだかキョウカちゃん嬉しそうだなぁと思って、やっぱり男と話すだけでも珍しい世界なのかと考察をし始める俺であった。


しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

ただのFランク探索者さん、うっかりSランク魔物をぶっとばして大バズりしてしまう~今まで住んでいた自宅は、最強種が住む規格外ダンジョンでした~

むらくも航
ファンタジー
Fランク探索者の『彦根ホシ』は、幼馴染のダンジョン配信に助っ人として参加する。 配信は順調に進むが、二人はトラップによって誰も討伐したことのないSランク魔物がいる階層へ飛ばされてしまう。 誰もが生還を諦めたその時、Fランク探索者のはずのホシが立ち上がり、撮れ高を気にしながら余裕でSランク魔物をボコボコにしてしまう。 そんなホシは、ぼそっと一言。 「うちのペット達の方が手応えあるかな」 それからホシが配信を始めると、彼の自宅に映る最強の魔物たち・超希少アイテムに世間はひっくり返り、バズりにバズっていく──。 ☆10/25からは、毎日18時に更新予定!

男女比の狂った世界は、今以上にモテるようです。

狼狼3
ファンタジー
花壇が頭の上から落とされたと思ったら、男女比が滅茶苦茶な世界にいました。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

【悲報】人気ゲーム配信者、身に覚えのない大炎上で引退。~新たに探索者となり、ダンジョン配信して最速で成り上がります~

椿紅颯
ファンタジー
目標である登録者3万人の夢を叶えた葭谷和昌こと活動名【カズマ】。 しかし次の日、身に覚えのない大炎上を経験してしまい、SNSと活動アカウントが大量の通報の後に削除されてしまう。 タイミング良くアルバイトもやめてしまい、完全に収入が途絶えてしまったことから探索者になることを決める。 数日間が経過し、とある都市伝説を友人から聞いて実践することに。 すると、聞いていた内容とは異なるものの、レアドロップ&レアスキルを手に入れてしまう! 手に入れたものを活かすため、一度は去った配信業界へと戻ることを決める。 そんな矢先、ダンジョンで狩りをしていると少女達の危機的状況を助け、しかも一部始終が配信されていてバズってしまう。 無名にまで落ちてしまったが、一躍時の人となり、その少女らとパーティを組むことになった。 和昌は次々と偉業を成し遂げ、底辺から最速で成り上がっていく。

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

処理中です...