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1章 始まりの一日
01 目覚めたら貞操逆転世界
しおりを挟むピンポーン、とインターホンが鳴った。
良い夢を視ていた気がするのに、邪魔をされてしまった。
寝惚け眼を擦り、名残惜しさを感じながらもフカフカのベッドから身体を起こす。
今日はせっかくの休日だから一日中惰眠を貪ってやろうと思ったのに。
荷物を頼んでいた覚えはないが、宅配便とかそんなところだろう。社会人になってから家族とも友人とも疎遠だからなぁ。
家に来客なんてまず有り得ないというやつだ。
「え、いや、どこ、ここ?」
玄関に向かおうとしたが、自室とは部屋の間取りが違うことに気付く。そして発した自分の声に違和感を覚える。
枕元で充電されていたスマホを手に取り、写真アプリを起動する。インカメラに切り換えて写ったのは、まだ髭も全然生えてこなかった頃の中学生くらいの俺の姿だった。
「は? なんか若返ってる? いやいや、逆行転生? そんなわけ……」
これは夢だろうかと疑い始めたところに、もう一度ピンポーンとインターホンの音が響く。
「は、はーい」
部屋を出て玄関を探す。
全く、自分の家で玄関を探すなんてことになるとは思いもしなかった。
そもそもここが俺の自宅なのかも怪しいが、他に住人が居そうな気配はなく、一人暮らしのようなので俺の家なのだろう。
それにしても、結構広いな。高層マンションの丸々ワンフロアかよってツッコミたくなる。まぁ小市民な俺では高層マンションなんて行ったことも見たこともないのだが。
玄関を見つけて急いで扉を開ける。
インターホンを2回押されているから相手が痺れを切らしているかもしない。
「キャッ! は、肌が! し、しし、失礼致しました!」
ガチャリと扉を開けると、滅多にお目にかかれない美女がいた。新調したばかりかのようなスーツからフレッシュな印象を感じる。
美女はこちらを見ると軽い叫び声を上げながら、即座にクルリと半回転した。
何かやらかしたかと思って自分の姿を確認したら、下はスウェットで、上はシャツ一枚。別に男なら珍しくもないラフな格好だったが、こちらを見ないように配慮してくれてるらしい。
それかこの美女が相当初心な子かってところだが、こんな美女なら学生時代に男なんていくらでも捕まえられるはずだから彼氏の1人や2人はいただろう。
「えっと、お見苦しい格好ですみませんが、御用件は何でしょうか?」
「ハッ! 男性の方の肌を不用意に見てしまい申し訳ありませんでした! えっと、な、何か上に着ていただけないでしょうか?」
いやいや男性の肌って。この子、相当な箱入り娘なのだろうか。
後ろを向いたまま耳が真っ赤になっているのがなんとも可愛らしい。
しかし今から上に羽織る物を探すのは正直面倒だ。どこに服があるか分からない上に、突然の若返りと知らない自宅に困惑しているところである。
さっさと来客の対応は終えて状況を整理したい。
「いやぁ、寝起きで申し訳ないです。御用件だけ先に伺っても宜しいですか? ちょっと予定が忙しいので」
寝起きでこれから忙しいとはこれ如何に、と自分でツッコミたくなるが仕方ない。
「そ、そうですね。本日菅井様は精液検査のご予定ですもんね。申し遅れました、私本日の男性警護官と病院までの送迎を務めさせていただきます、3等級冒険者の裾野鏡花と申します。宜しくお願い致します!」
本当に予定あるのかよ、俺。
裾野さんはペコペコと何度も頭を下げている。
後ろを向いたままなので、こちらにお尻を突き出すようなかたちになっているが、気づいていないのだろうか。ふむ、安産型だな。
自己紹介には気になるワードが多かった。
精液検査。
男性警護官。
冒険者。
変な夢でも見てるんじゃないかという疑いもあるが、これはひょっとして、ひょっとしちゃうんじゃなかろうか。
貞操観念逆転世界。
そんな言葉が頭に過る。
ライトノベルなんかで見かける世界観で、男性が女性よりもかなり少なかったり、男性の性欲が弱く女性はその逆だったりする設定だ。
他にも力だったり、社会的役割も逆転していたりする。
昔の言葉を変えて、益荒雄ならぬ益荒雌、手弱女ならぬ手弱男と言ったところか。
ファンタジー世界によく見られる中世ヨーロッパではなく、時代は現代。
現実世界とは並行世界の関係であり、歴史上の人物が男女逆転している、なんてことも多い。
男性警護官はそんな世界で、希少となった男性を守る存在である。
そしてこの手の小説を読んでいて出てくるのが精液検査や、献精といった言葉だ。
精子提供をするにあたり検査をし、ランクを決めるとかいうテンプレのやつだな。献精は、献血の精子版だと思えば想像しやすい。
献血だとお礼の品として色々いただけるが、献精だとランクに応じて現金をもらえるんだよな。
献精は男女比が偏ってしまった世界で人口の減少を抑えるために必要なことだ。
さて、俺が貞操逆転世界に逆行転生しちゃったのは何となく予想がついてきたが、問題は冒険者というワードだ。
前述した通り、貞操逆転世界は大抵が現代という時代区分に位置する。
ファンタジー世界のテンプレ、中世ヨーロッパならまだしも、現代に冒険者という職業があるのには違和感を覚えてしまう。
「あのー、裾野さん。冒険者について学がないもので教えていただいても宜しいですか?」
「畏まりました! 冒険者とはダンジョンに潜ってモンスターを倒したり、ギルドで依頼を受けたりする職業です。ダンジョンでレベルを上げると身体能力が一般の方とは一線を画すものになります。そして男性を守る実力を身に付けた4級冒険者以上の者が、男性警護官の依頼を受けることができます!」
「マジかぁ。ダンジョンがあるのかぁ」
ダンジョンにモンスターにレベルとは、ゲームみたいだ。最近はそういう小説もかなり増えたと聞くし、ありがちと言ったらありがちなのだろう。
貞操逆転世界に転生ってだけでも信じられないのに、ファンタジー要素がプラスされてしまったか。
「はい! この辺りでも近くに初級ダンジョンが存在しますよ! 私は上級ダンジョンを制覇したこともあるんです! ハッ! また申し訳ありません!」
現代にダンジョンがあることに驚いて呟いたのを拾われてしまった。かなり小さい声だったのだが、裾野さん、耳が良いんだな。
俺が薄着なのも忘れてこちらに振り向き、まるでアピールポイントだとばかりに自慢げに言い放った彼女は、すぐにまたペコペコと後ろ向きで謝罪し始めた。
美人さんなのにおっちょこちょいで、反応が一々可愛い人だ。これからは心の内ではキョウカちゃんと呼ぶことにしよう。
この家の近くにもダンジョンはあるのか。
初級ダンジョンという名前から初心者向けだと想定できるし、ゲーマーとしては是非とも行ってみたいところ。
状況把握できて落ち着いてきたら、冒険者になってみよう。
そうと決まれば、さっさと予定を済まさねばなるまい。
精液検査でも何でもやってやろうじゃないか!
「色々教えていただいて有難うございます。えっと、これから病院でしたよね? 立ち話が長くなってしまい申し訳ないです。ささっと準備してきますね」
「はい、お待ちしております!」
流石に女の子を家に入れるのはまずいと考え、玄関前で待ってもらうことになった。
準備と言っても服の場所さえ分からない。
まぁとりあえずタンスを探せば何かしら服はあるだろう。
知らない家のタンスを探索する。
これなんてRPG?
物色の末にマトモな服に着替えることはできたが、見知らぬ男性用下着みたいな物を発見したときは困惑せざるを得なかった。
いやいや、流石に着けるわけないだろ……。
「お待たせしました。改めて今日は宜しくお願いします、キョウカさん」
「ッ!! は、はい!! 宜しくお願い致しますッ!!」
この時、ついつい下の名前で呼んでしまっていることには気が付かず、なんだかキョウカちゃん嬉しそうだなぁと思って、やっぱり男と話すだけでも珍しい世界なのかと考察をし始める俺であった。
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