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第1章 手紙

5 帰郷

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 同盟軍が新政府軍に降伏したという報を、仙台の傷病兵収容所で知った。
 一二日には解兵が決定。一七日には藩主様親子が謹慎処分となった。

 白河口の戦いで受けた銃弾は幸いにもかすり傷で済んだ。
 私はこれから自分の身がどうなるのか不安を抱えたまま、故郷へと向かうしかなかった。


 築館宿を過ぎて登米街道へさしかかると遠くから、「卓三郎様!」と呼びかける声が聞こえた。
 馬を引いて近づいて来た老夫は、長年、実家で下男として働いてくれている嘉助だった。

「白幡村からここまで来たのが?」

「お帰りなら、ここさ通られると思うて……」

 嘉助の顔を見るのは二年ぶりだった。心なしか痩せたように見える。

「夢じゃなかんべ! やっぱり神様はおった!」

 肩や腕をしきりに撫でてくる。幽霊でないことを確かめたいらしい。

「声が大きい!」

 あたりを見回した。
 嘉助は涙と鼻水を袖で拭くと、同様にぐるりと周囲を見た。

 激戦地となった会津での同盟軍の死者は、埋葬すら許されず戦場に放置されたままだと聞く。
 行き交う旅人の中で私たちに目を向ける者はほとんどないが、多かれ少なかれ不幸を抱えて
 生きているに違いなかった。

 登米街道を進むと、目前に迫川が姿を現した。

 幼い頃、何度もこの川で嘉助とヤマメ釣りをした。川原で塩焼きにして食べたこともある。
 馬上から斜め前を歩いている嘉助を見ると、頭のてっぺんの小さな髷に赤トンボがとまっている。

 脇道に入って人通りが疎らになると、嘉助は唄を歌い始めた。
 
   栗駒さまのお恵みで 今日も流れる迫川
   次会う時まで達者でと 仏の御加護は身に染みて……
 
 もの心ついた時から、聞き馴染んだ唄声だった。

「体の具合、いいみてえだな」

 振り返った嘉助の顔がキョトンとしている。

「声のハリでわがる。いい唄だ。初めて聞ぐ」

 嘉助は顔を皺くちゃにして、満足そうに笑った。

「たった今、おらが作った」

 脳裏に良輔の表情が浮かんだ。
 良輔は切支丹だった。
 耶蘇教を信じる者が潜んでいると聞いたことはあるが、こんなに身近にいたとは……。

 続いて韮山笠の男の歪んだ顔が浮かんだ。
 命乞いされると自分が偉大な力を有しているような錯覚に陥った。

 あの時の私は獰猛で、一瞬だが陶酔していたようにすら思う。
 後で他の敵に幾度か斬りかかられ応戦したが、どれだけ手傷を負わせたか覚えていない。
 気付くと刃は三分の一ほどしか残っておらず、黒い血の塊がこびりついていた。
 そして川へ落とされる前、辰蔵は私に向かって確かに笑った……。

 手綱を握る手に、温かい嘉助の手が触れた。

「よお生きて、お帰り下さいやした…」

 顔を上げることができなかった。鞍の上にポタポタと涙が落ちていった。
 
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