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19.逆らえない主従関係
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天平殿で皇后である陶貴妃に挨拶した際に感じた印象、安和院で他の即妃たちから聞いた乾廉や姜刈の噂話などを忖度なしに告げる。乾廉は時折、口を挟みつつ相槌を打ちながら春咏お話しにじっくり耳を傾けていた。
「李蝶艶さまだけは乾廉さまお呪いに関してきっぱり否定されていましたね」
春咏から蝶艶の話題を出しておきながら、どこかで乾廉の反応が気になっている自分もいた。あそこで、はっきりと乾廉を信じて堂々と庇った彼女の姿は凛々しく、羨ましかった。
「加術士の娘だからな。聞いての通り、父親が俺の専従加術士だったんだ。病に倒れ任を離れることになったときも李家の加護を、と術を残していったほど熱心だった」
父親がそこまでして乾廉に仕えていたのなら、父の名誉にかけても彼が呪われているなどといった事実はありえないと言いたいだろう。
しかし蝶艶のあのときの行動の理由はきっとそれだけではない。色恋沙汰に縁なく生きてきた春咏だが、彼女が乾廉に向ける視線の意味くらいは理解できる。
「乾廉さまが献上した御酒を飲まれたと聞いて、とても喜んでいましたね」
『あの……御酒はお気に召していただけたでしょうか?』
不安げに尋ねた蝶艶の表情が、乾廉の回答を聞いてぱっと明るくなった。
「それにしても、わざわざいただいたその日のうちに飲むとは、乾廉さまも律儀なお方です」
さりげなく呟くと、どういうわけか乾廉は目を丸くした。余計な話をし過ぎたかと、春咏は自分の発言を後悔する。
「酒を飲んだことがない俺の加術士が、体を張ってまで毒味してくれたからな。飲まないわけにはいかないだろう」
謝罪する前に乾廉の口から意外な言葉が紡がれ、虚を衝かれる。
蝶艶のためかと思っていたら、まさかの切り返しに春咏の頬が一瞬で熱くなった。あの酒の中身は最初から保証されていたので、春咏がしたのは毒味とも言えず、ただ酔いが回っただけだ。
居た堪れなくなり身を縮めると、乾廉はさりげなく春咏の頭を撫でた。
「俺はいい加術士を持った」
褒められるのは光栄だが、この扱いはまるで子どもに対するものだ。反射的に彼の手を払いのけそうになったが行動には移さず、抗議意味を込め彼を睨みつける。しかし乾廉は笑顔だった。むしろ春咏の瞳をじっと覗き込むように顔を近づける。
「普段、お前は口元を覆いほとんど顔を隠しているから、こうしてじっくり見られるのはいいな。綺麗な顔をしている」
薄明りの中、目はすっかり慣れている。それではなくても、お互いの表情がわかるほどにふたりの距離は近い。
「見る必要などありませんよ」
軽く言い返し顔を背けようとしたが、春咏の頤に手をかけそれを阻んだ。
「そう言うな。自分の専従加術士の顔もよく知らないのでは話にならない」
「そ、そんなことはありません。加術士に必要なのは、術に関する腕と知識で」
せめてもの抵抗にと春咏は視線は逸らす。思えば、加術士である自分のさらけ出した素顔をこんなにも近くで見られた経験などほぼない。
「あまり見られるのは得意ではありません」
「普段、俺をずっと見ているのに?」
正直に告げると、やや軽い調子で返される。春咏は眉をひそめた。
「当然です。私はあなたの専従加術士なので」
主をあらゆる厄災から守り導くのが加術士の使命だ。
「なら、主には素直に従うんだな。自分のものをしっかり見てなにが悪い?」
さっきから詭弁の繰り返しだ。ここまで従う必要はないと突っぱねることもできるが春咏はさっさと諦める。乾廉との関係性だけではない。春咏自身が乾廉に触れられ、見られること自体がそこまで嫌ではないのだ。
それからどちらも言葉を発さず、沈黙が部屋を包む。燈籠の中で燃える炎の音さえ聞こえそうなほどの静寂に、春咏は思わず微睡みそうになってしまう。
「李蝶艶さまだけは乾廉さまお呪いに関してきっぱり否定されていましたね」
春咏から蝶艶の話題を出しておきながら、どこかで乾廉の反応が気になっている自分もいた。あそこで、はっきりと乾廉を信じて堂々と庇った彼女の姿は凛々しく、羨ましかった。
「加術士の娘だからな。聞いての通り、父親が俺の専従加術士だったんだ。病に倒れ任を離れることになったときも李家の加護を、と術を残していったほど熱心だった」
父親がそこまでして乾廉に仕えていたのなら、父の名誉にかけても彼が呪われているなどといった事実はありえないと言いたいだろう。
しかし蝶艶のあのときの行動の理由はきっとそれだけではない。色恋沙汰に縁なく生きてきた春咏だが、彼女が乾廉に向ける視線の意味くらいは理解できる。
「乾廉さまが献上した御酒を飲まれたと聞いて、とても喜んでいましたね」
『あの……御酒はお気に召していただけたでしょうか?』
不安げに尋ねた蝶艶の表情が、乾廉の回答を聞いてぱっと明るくなった。
「それにしても、わざわざいただいたその日のうちに飲むとは、乾廉さまも律儀なお方です」
さりげなく呟くと、どういうわけか乾廉は目を丸くした。余計な話をし過ぎたかと、春咏は自分の発言を後悔する。
「酒を飲んだことがない俺の加術士が、体を張ってまで毒味してくれたからな。飲まないわけにはいかないだろう」
謝罪する前に乾廉の口から意外な言葉が紡がれ、虚を衝かれる。
蝶艶のためかと思っていたら、まさかの切り返しに春咏の頬が一瞬で熱くなった。あの酒の中身は最初から保証されていたので、春咏がしたのは毒味とも言えず、ただ酔いが回っただけだ。
居た堪れなくなり身を縮めると、乾廉はさりげなく春咏の頭を撫でた。
「俺はいい加術士を持った」
褒められるのは光栄だが、この扱いはまるで子どもに対するものだ。反射的に彼の手を払いのけそうになったが行動には移さず、抗議意味を込め彼を睨みつける。しかし乾廉は笑顔だった。むしろ春咏の瞳をじっと覗き込むように顔を近づける。
「普段、お前は口元を覆いほとんど顔を隠しているから、こうしてじっくり見られるのはいいな。綺麗な顔をしている」
薄明りの中、目はすっかり慣れている。それではなくても、お互いの表情がわかるほどにふたりの距離は近い。
「見る必要などありませんよ」
軽く言い返し顔を背けようとしたが、春咏の頤に手をかけそれを阻んだ。
「そう言うな。自分の専従加術士の顔もよく知らないのでは話にならない」
「そ、そんなことはありません。加術士に必要なのは、術に関する腕と知識で」
せめてもの抵抗にと春咏は視線は逸らす。思えば、加術士である自分のさらけ出した素顔をこんなにも近くで見られた経験などほぼない。
「あまり見られるのは得意ではありません」
「普段、俺をずっと見ているのに?」
正直に告げると、やや軽い調子で返される。春咏は眉をひそめた。
「当然です。私はあなたの専従加術士なので」
主をあらゆる厄災から守り導くのが加術士の使命だ。
「なら、主には素直に従うんだな。自分のものをしっかり見てなにが悪い?」
さっきから詭弁の繰り返しだ。ここまで従う必要はないと突っぱねることもできるが春咏はさっさと諦める。乾廉との関係性だけではない。春咏自身が乾廉に触れられ、見られること自体がそこまで嫌ではないのだ。
それからどちらも言葉を発さず、沈黙が部屋を包む。燈籠の中で燃える炎の音さえ聞こえそうなほどの静寂に、春咏は思わず微睡みそうになってしまう。
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