次期皇帝の臈たし偽りの華

くろのあずさ

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11.誰しもが背負う傷

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 加術士としての知識は苦ではなく身についたのに、興味のないことはここまで覚えられないものなのか。

 加術士としての役目はもちろん、その合間を縫って春咏は慶雲から後宮について容赦ない詰め込みが行われた。しかし彼も乾廉の側近としての役割を担ってのことなので、迷惑をかけるわけにはいかない。

 いよいよ、春咏が華楼宮に輿入れする日となった。

 王都北西部に位置し、市中よりはずれたある屋敷で、内密に春咏の支度を進めていた。

 瑚家が昔懇意にしていた貴族の館で、今は一族共々王都を出て移り住んでいる。そこで慶雲は、春咏に用意した衣装を着せ、化粧を施し髪を結っていた。

 旗袍は乾廉が指定したとおり青地で、金糸を使い龍と蓮の刺繍があしらわれている。頭には金と珊瑚が使われている髪飾りがあてがわれた。

「手慣れているんですね」

 鏡の前で女としてできあがる自分を春咏は複雑な面持ちで見つめながら、慶雲に声をかける。

 衣装を用意するだけならまだしも、慶雲自身がここまで異性の髪や化粧までできるのは意外だった。

「母と姉たちが化粧師をしていたので」

 端的な回答に意識が向き、つい振り返りそうになる。それを慶雲に両方のこめかみを押さえられ、すんでのところで前に固定されて阻まれた。

「華楼宮に出入りして、幼い私も助手としてついていっていました。この技はそのときに習得したものです」

 だから後宮の事情やしきたりにも詳しかったのかと合点がいく。

「お母さまたちは今も?」

 ごく自然な流れで聞くと、急に慶雲は押し黙った。個人的なことを話したくないのか。不思議に思い鏡越しに彼を見つめた。

「賊徒に押し入られ、残念ながら……」

 ぽつりと呟かれた内容は、なかなか衝撃的なものだった。

「家族を失い途方に暮れていたところ、乾廉さまに声をかけていただいたんです。憐れみかもしれませんが、本来俺のような人間が彼の侍従になどなれません。あの方には返しても返せないほどの恩がある」

 そこで慶雲は手を止め、鏡に映る春咏と目を合わせた。

「だから、乾廉さまに害をなす者は許さないし、彼が呪われているなどの不名誉はなんとかしたいのです」

 覚悟の滲んだ物言いだった。そこで春咏は、着替えを迫られたときのことを思い出す。野盗に襲われ、そのときの傷を見せたくないと告げたら、慶雲はあっさりと引き下がった。同情を覚えたのか、彼もつらい過去があるらしい。

「今までの非礼はお詫びします。あなたを信じましょう。ですから、どうか乾廉さまのために」

「だめですよ、慶雲さま」

 慶雲の言葉を遮り、春咏はきっぱりと告げた。続けて首を動かし、うしろにいる慶雲を直接見遣る。

「そんな簡単に信じては。これからも私を含め、乾廉さまに近づく者には変わらず目を光らせていてください」

 虚を衝かれた慶雲は、ややあって眉をひそめため息をついた。

「言われなくても当然です。それにしても、あなたは変わった加術士ですね」

「まぁ、女装して後宮に乗り込むわけですから。それから私に対して、無理に敬語はいりませんよ。一人称も素のままでどうぞ」

 先ほど彼は過去を語る中で自分を俺と言っていた。呆気にとられる慶雲をよそに、春咏は首だけではなく、体ごとくるりと振り返った。

 余裕たっぷりの笑みを浮かべている春咏に、慶雲は妙な取り繕いが馬鹿らしく感じる。

「根回しはしておいた。くれぐれも正体がばれないように」

「御意」

 春咏が答えたのとほぼ同時に扉の向こうから声がかかる。慶雲が返事をして入ってきたのは和銅だった。

「これは、これは……いやはや、慶雲殿好みに仕上がりましたねー。」

「和銅! ふざけるも大概にしろ!」

 早速茶々を入れる和銅に反射的に慶雲が噛みつく。しかし春咏は和銅に続いて現れたもうひとりの人物に釘付けになった。
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