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第1部 護衛編

終わり、そして始まり④

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スカーレットが間合いを詰めると同時に、ランセルもまた地面を蹴って間合いを詰めた。
互いの剣がぶつかる。

剣が弾かれるとそのまま打ち合いが始まった。

二度三度となく激しく打ち合い、剣がぶつかるたびに小さく火花が散った。
ランセルは畳みかけるように剣を振り下ろす。それをスカーは何とか受け止めるが、ランセルの剣は通常の騎士が持つものより大きいもので、重量も重い。

それゆえ、叩きつけるように振り下ろされる一撃が重く、受け止める度に柄を握るスカーレットの手がじんと痺れた。

しかもランセルは打ち込むスピードが速い。
普通の騎士が1回打ち込む間に3回は打ち込んでくるほどだ。
大剣を軽々しく扱えるということからも体も相当鍛えていることが分かる。

(下手な体術は使えないわね)

スカーレットは防戦一方でいるのに対し、ランセルは顔色一つ変えず淡々と言った。

「ほう、俺の剣をこんなに受け止められるとは」

正直受け止めるだけで褒められるのは不本意ではあるが、実際今は受け止めることしかできていない。
なんとか反撃しなくては。

スカーレットはそう思うと、ランセルが剣を振り上げた瞬間にぐっと間合いを詰めた。

そして振り下ろされたランセルの剣を、鍔の近くで受け止めると、鍔を使ってランセルの剣を巻き取った。

不意をつかれたランセルはバランスを崩してぐらりと体を揺らすが、鍛えた体幹は簡単にはぶれない。
ぐっと足に力が入り、むしろスカーレットが吹き飛ばされそうになった。

だが、体が空に浮いた瞬間に、スカーレットは素早く身を翻し、体を回転させてランセルを切りつけた。

(浅かったわ)

着地をしてランセルを見ると、確かに肩を切ることができたが傷は浅い。
少し剣が掠った、そんな程度である。

「軽い体重を活かした攻撃か。なかなか面白いな」

そう言うランセルは元々厳しい顔つきはそのままだったが、纏う空気に怒りが滲んでいる。

「パワーもスタミナも貴殿の方が上ですから。ボクが生かせるのは素早さと軽さしかありません」

スカーレットはそう言いながらゆっくりと立ち上がる。
ランセルと見据えたまま少し息が上がるのを、深呼吸して整えた。

(まともな打ち合いをしていたら私の剣が持たないわ。なるべく距離を置きながら攻撃のチャンスを探るしかない)

スカーレットがそう考えていると、ランセルが不思議な構えを取った。
腰を落として体勢を低くすると、剣を下げて背中に置くように構えたのだ。

(なに、あの構え)

そう思った瞬間、ランセルがスカーレットに向かって走り出す。
そして体を半回転させながら剣を横に薙いだ。

大剣の重さに遠心力が加わりこのまままともに受けたら大けがは免れない。
風圧で土が巻き上がる中を、スカーレットは転がるように避けた。

確かにこれを受けたら確実に負けだ。多分この攻撃がランセルの必殺技なのだろう。
だが、それこそがスカーレットにとってのチャンスとなった。

ランセルが攻撃したあと、次に構える前に一瞬の隙ができたのだ。
そこをスカーレットは見逃さなかった。

走る。一回目の助走、そして二回目に更に早く。

その不規則に加速するスカーレットのスピードにランセルは惑わされた。
そしてスカーレットは最後に体制を低くして地面を蹴り、そのままランセルの足元から一気に剣を振り上げた。

大剣であるランセルはスカーレットの攻撃に反応することができず、側面から切りつけられた。

普通の騎士ならば深手を負うだろうが、そこはランセルだ。
反応して剣で受け止めようとした。
だがスカーレットが剣を滑らせて重心を変えたので、ランセルの剣は彼の手を離れた。

そしてランセル自身もバランスを崩して片膝をついた。
スカーレットはそんなランセルの首元に剣を突きつける。

「勝者、スカー・バルサー」

どよめきが会場に響いた。

「バルサー?貴殿は『赤の騎士将軍』の縁者か?」
「はい」
「なるほど、強いはずだ」

ランセルはそう言うと納得したようにふっと小さく笑った。
眉なしの顔は少々怖いが、纏う雰囲気が柔らかくなった気がする。
そこにカヴィンが拍手をしながらやって来た。

「ランセルを倒すなんて、本当に強いんだね。さすが殿下が褒めただけあるよ」

カヴィンは目を丸くし、感心したように言った。
次にランセルを見ると、残念そうな苦笑を浮かべて尋ねた。

「ランセル、いいよね」
「はい、問題ございません。己の実力不足を痛感いたしました」

ランセルの言葉に一つ頷くと、スカーレットの肩を軽く抱いて訓練場の外へと歩き出した。
何が起こったのか、そしてランセルとの会話の意味が分からず、頭上に「???」とクエスチョンマークが浮かぶ。

「カヴィン様、どちらに向かっているのですか?」
「言ったよね。賞金と褒美みたいなものがあるって」

確かに試合前にそう言っていたのを思い出した。
ということは、これからその賞金を貰えるのだろうか。

疑問に思いながらカヴィンの後をついて行くと、やがてピタリと足を止めたのは重厚な黒い木製のドアの前だった。

ドアには細かいレリーフが施されており、それに金があしらわれている。
とてもその辺の部屋というようには見えない。しかるべき人間が使用する部屋だろう。

「カヴィンです。スカー様をお連れしました」
「入れ」

ドア越しなのでくぐもってはいるが、中から聞いたことのあるような声がする。

(この声、知ってる。誰だっけ?)

そう考えながらも、スカーレットは背をぴんと伸ばした。
相当高位の人物に会うのだろう。そう思うと伯爵令嬢として反射的に背筋が伸びた。

「失礼いたします」
スカーレットはそう言って入室すると、正面の大きな執務机が目に入った。

そしてそこに座っていたのはレインフォードだった。
予想外の人物との再会にスカーレットは目を丸くしてしまった。

「レインフォード殿下…?」
「スカー、一日ぶりだな。やっぱり君が優勝したのか」

そう言って笑うレインフォードの脇にはタデウスが控えていた。

「殿下から聞いた時には信じられませんでしたが…驚きですね」
「僕もびっくりしました。スカー君は本当に強い。これなら職務も真っ当できると思います」
「カヴィンがそう言うのであればそうなのです」

3人の間で何やら話が進んでいるが、ここでもやはりスカーレットは状況が呑み込めずに一人戸惑っていた。

するといつの間にタデウスがスカーレットの元にやってきて、一枚の文書とペンを差し出してきた。

「ここに賞金の引き渡しと褒美を受け取ったことを示すサインをしてください」
「はぁ」

先ほどの報奨金のようにポンと渡されるかと思いきや、今回はサインをすることを疑問に思いながらも、やはり事務手続きは必要なのだろうと納得した。
前世で言うところの支払い証明書みたいなものなのだろう。

(事務手続きってどこの世界でも必要なのね)

そう思ってサインをした途端、レインフォードがニヤリと笑った気がした。
その笑みの意味が分からないが、何かとてつもなく嫌な予感がする。

「勤務は明日からです。10時に城に出仕してください」
「え?出仕って…どういうことですか?」
「先ほど、契約しましたよね?」
「契約…」

スカーレットは慌ててタデウスが持つ文書をひったくると、すぐさまその内容を確認した。

確かに賞金の受け取りについての書類であった。
だが、その下にあったのは褒美として「王太子付近衛騎士および補佐官を任命する」と記載があったのだ。

「う、うそ!褒美ってこの役職の事ですか?で、でも騎士でもない私…いや、ボクが近衛騎士なんてありえないですよね」

近衛騎士は騎士の誰もが憧れるエリート職だ。
それを騎士でもない自分が拝命できるわけがない。

動揺するスカーレットをよそに、レインフォードは心底楽しそうな笑顔を浮かべて説明した。

「近衛騎士の登用試験をさっき受けたじゃないか」
「えっ、も、もしかして…さっきの試合のことですか?」
「そう。それにスカーは文官としての能力も高いし、俺の仕事を手伝ってほしい」
「む、無理ですよ!」

スカーレットは半泣きになりながら首を振った。
いくらなんでも王太子付補佐官など荷が重すぎる。
それに男装生活をこれ以上するのは嫌だ。

「貴方は契約書にサインしてしまったわけですし、殿下はこうと決めたら譲らないのです。諦めてください」

タデウスが同情するように言った。
スカーレットは今度は縋るような顔でカヴィンを見たが、彼も眉を下げて同情の表情を浮かべるだけであった。

「だから言っただろう?『男というものは逃げられると追いたくなる生き物だ』と」
「そ、そんなぁ‥‥!!」
「だから、スカー、これからもよろしく頼むよ」

にっこりと笑うレインフォードの目は、捕食者のものでスカーレットはもう逃げられないことを悟った。
こうして、スカーレットの男装生活はまだ続くということになってしまったのだった。


1部護衛編 完
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