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第1部 護衛編

終わり、そして始まり③

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昨日は城の客室に泊まらせてもうことになった。

これまでもの簡素なしつらえの宿屋とは一転し、目がチカチカするほどの美しく煌びやかな部屋で、しかもふかふかのベッドで寝ることができ、長旅の疲れも癒えたように感じる。

(あまりにも豪華な部屋でビビったけど、結局疲れて寝ちゃったのよね。でもおかげで体が軽く感じるわ)

そうして今、スカーレットたちは応接室に呼び出され、レインフォードを待っていた。
やがてゆっくりと扉が開く。

もうここでは気さくな旅仲間という態度では入れないので深々と頭を下げていたのだが、入ってきたのは一人の青年だった。

明るい茶の長い髪を後ろに束ねている。
琥珀の瞳を囲むように、髪と同じ色の長いまつげに縁どられている。

纏う雰囲気は穏やかなもので、ぱっちりとした目の目じりが少し下がっているのがそう感じさせるのかもしれない。
穏やかな笑みを浮かべながら、青年はスカーレットたちを見回しながら言った。

「楽にして結構ですよ。私はタデウス・リーガイル。殿下の補佐官をしております。殿下は多忙ゆえここにはおいでになられません。約束していた報奨金は私からお渡しさせていただきます」

そう言いながらタデウスは一人ひとりの名を呼んで報奨金を手渡し始めた。

やはり、予想通りレインフォードは執務に追われているようだ。
最後にちゃんと顔を見て話せただけ良かったと思う。

(まぁ、なんか最後に変なこと言われたけどね)

未だに「それから、人間というのは秘密を暴きたくなるものだよ」という言葉に意味は分からない。

(まさか、女だってバレた?ってことはないわね)

スカーレットの持つ秘密などそれくらいだ。
だが、レインフォードがスカーレットを女だと疑っていたとしても、レインフォードの態度からは嫌悪感等は感じられなかったので、バレたとは考えにくい。

まぁ、そんなことをグダグダ考えたところで今更だ。

もう王太子であるレインフォードとは二度と会うこともないので、疑惑を持たれていようがいまいが関係ない。
そんなことを考えていると、名前を呼ばれたので、スカーレットははっと我に返り、タデウスの前に進み出た。

「貴方がスカーですね。無事殿下を王都までお連れくださいましてありがとうございました。家臣を代表して私からもお礼を言わせていただきます」

「ありがたいお言葉を頂戴しまして、ありがとうございます」

スカーレットがそう言うと、何故かタデウスにじっと見つめられてしまう。
手に握られている報奨金を受け取りたいのだが、タデウスは報奨金を手渡すこともなくスカーレットを穴が開くほど見つめて来るので戸惑ってしまうと同時に、居心地も悪い。

「あの…リーガイル様?」
「あ!失礼しました」

(何かしたかしら?)

そもそも彼とは初対面だ。
スカーレットが何かしたはずもないのだが、意味深な視線に心当たりがなく、首を傾げてしまった。

タデウスはスカーレットたち全員に報奨金を渡し終えると、再度深々と礼をした。

「この度は本当にありがとうございました。殿下は皆さんにもう一度お会いしたいと切望していらっしゃいました。何かの機会を設けたいと思いますので、その際には是非お越しいただければと思います。では、私もこれで失礼しますね」

にっこりと微笑むと、タデウスは応接室を出て行った。
パタリとドアが閉まると同時に、室内の雰囲気が急に緩んだ。

スカーレットとアルベルトはともかく、貴族らしく外向け用の顔をして正装したランとルイは、タデウスがいなくなったとたんに、首元緩めてダレた。
ランがドスンとソファーに腰かけて、あくび交じりに言った。

「はぁ、やっぱり外面を作るのは疲れるな。早く屋敷に戻るとするか。そうだ、せっかく報奨金を貰ったんだから、ワインでも買っていくかな」
「またお酒?」
「打ち上げだよ。スカーレットも来るよな?」
「あ、私はこのあと約束があるの」

昨日約束した通り、これからカヴィンと手合わせをする予定になっている。

「なんだ、そうなのかぁ?アルベルトはこのあと研修だよな。つまんねー」
「ラン、じゃあ俺たちだけ先に帰って一杯やることにしよう。スカーもアルも良かったら後で来なよ」
「分かったわ」

そう言うとランとルイは応接室から出て行こうとするのを、アルベルトもそのあとを追った。

「あ、僕も研修に行くよ。義姉さん、また屋敷で」
「ええ。研修頑張ってね」

そう言ってスカーレットは三人を送り出した。

さて、この後はカヴィンとの約束まで少し時間がある。
それまでどうやって過ごそうかと考えた時だった。コンコンとドアがノックされ、3人と入れ替わりで入ってきたのはカヴィンだった。

「やぁ、スカー君。もう終わった?ちょっと早いけど、手が空いたから約束の手合わせしないかい?」



スカーレットはカヴィンに案内されて闘技場へと向かった。
カヴィンは聞き上手な上に、話も上手い。

応接室から訓練場までは少し距離があるのだが、話が弾んでしまい、あっという間に感じられた。
通路を進んでいると、遠くから歓声が上がっているのが聞えてきた。

「ずいぶん賑やかですね」

何が起こっているのかと疑問を持ったスカーレットがそう言うと、カヴィンは逡巡したあと、何かを思い出したようだ。

「あぁ、そう言えば今日だったな」

何が今日なのかを尋ねる前にカヴィンを見つけた騎士の一人が駆け寄ってきた。

「団長、お疲れ様です」
「いまどういう状況?」
「最終決勝を行っていますが、当初の予想通りです」
「分かった」

騎士に短くそう答えたカヴィンは少し足早に訓練場へと進んでいくので、スカーレットもその後ろをついて行く。

訓練場が近づくにつれて徐々に歓声が大きくなった。
やがて訓練場のアーチの入り口を通ると、暗闇が一気に明るくなって、スカーレットは目を細めた。
光に目が慣れると、そこには円形の広場が広がっており、たくさんの騎士がそれを取り囲むように中央の広場で行われている試合に注目していた。

そしてスカーレットの目が慣れて戦っている騎士をはっきりと認めた時、ちょうど紫色の髪の騎士が相手の騎士を剣もろとも弾いた瞬間であった。

相手の体が空を舞い、放物線を描いたかと思うと、どすんという鈍い音と共に地面に叩きつけられていた。

「勝負あり!」

審判の声に、ひと際大きい歓声が上がる。

「やっぱりランセル、君が勝ち残ったんだ」

カヴィンはそう言いながら勝者となった紫色の髪の青年騎士の元へと歩いて行った。

「本来ならば君に決まるところなんだけど、どうしても一戦相手をしてあげて欲しい子がいるんだよ。お願いできるかい?」
「…承知しました」
「でももし君が負けてしまったら取り消しになるけど…いいかい?」
「はい。その相手に負けるのであれば、当然拝命する実力がなかったということですから」

にこやかに話しているカヴィンに対し、紫の髪の男は厳しい顔つきで話している。
何について話をしているのか分からないが、この状況ではカヴィンとの手合わせは難しいだろう。

(残念だけど、仕方ないわね。何か試合しているようだし)

会場の熱気から単なる訓練による手合わせには見えない。何か重要な訓練なのだろう。
それを邪魔するわけにはいかない。

スカーレットはそう思っていると、カヴィンが名前を呼び手招きした。

「スカー君、ちょっと来てくれる?」
「はい」
「今日は僕は手合わせできないんだけど、彼と試合してみてはどうかな?」
「えっ?」

この試合に乱入することを示唆され、スカーレットは一瞬戸惑ってしまう。
周囲を見渡すと騎士しかいない状況で、部外者のスカーレットが試合に参加していいのだろうか?

「でも、部外者のボクが参加するのは、皆さんの邪魔ではないですか?」

「ううん。この試合は希望者だけだし、たまたま騎士が残っただけで、一般の市民にも広く参加者を募集しているんだ。だからもし勝ったら賞金と褒美があるし、どう?やってみない?」

賞金という言葉に思わず反応してしまった。
少しでも稼げればそれだけ領民の生活を救う一助となる。お金はいくらあっても構わない。

それに一般市民も参加できるのであれば気が楽だ。

「分かりました。ではお願いします」

礼をして両者位置に着く。
紫の髪の騎士、たしか先ほどカヴィンがランセルと言っていた。

ランセルはスカーレットよりも20センチは背が高い。
がっしりした体躯で、かなり鍛え上げられているのが服の上からも分かる。
触れれば切れそうな鋭い切れ長の目、眉は薄いのでただでさえ殺気に満ちた空気を纏っているので、更に怖い顔つきに見える。

(眉無しって怖い!)

だがそうも言ってられない。これは試合だ。
賞金云々よりも前にスカーレットのプライドとして負けるわけにはいかない。

スカーレットは相手を見据えて剣を構える。

見物している騎士の間から「あんな子供にランセルが負けるわけないよな」「団長も何考えてんだ?」「おいおい、怪我じゃすまなくなるんじゃないか?」などスカーレットが負ける前提の事を話しているのだが、当のスカーレットの耳にはもう入らない。

集中するのは相手の動きだけだ。

「はじめ!」

その言葉に弾かれるようにスカーレットは地面を蹴った。
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