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第1部 護衛編

目が覚めて

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ゆっくりと意識が浮上する。
ぼんやりとした視界に、クリーム色の壁紙の天井が映った。

(ここは…私は…)

記憶を辿ってみる。
最後に見たのはリオンが顔を歪めてナイフを振り下ろす顔。そして次の瞬間閉ざされた意識。

(そうか…リオンに殺されそうになって、誰かの声が聞こえて、意識を失ったんだわ)

そう思い出したスカーレットの耳にバリトンの美声が名を呼んだので、声の方を向くと、そこにはベッドの傍らに座ったレインフォードの心配そうな顔があった。
それを見て、スカーレットは勢いよく起き上がった。

「っ!?」
「スカー、目が覚めたか」
「レ、レインフォード様!?」

自分がベッドに寝かされている状況と、記憶を失う最後に聞いた声。それが示すのは一つだけだ。

「レインフォード様が助けて下さったんですね」
「あぁ。間に合ってよかった。痛い所はないか?」
「はい、大丈夫です。助けてくださってありがとうございました」

そう言ってから、スカーレットは次になんと言ったらよいか分からず、言葉を詰まらせた。
レインフォードにあの状況をどう告げるべきか、言葉が見つからなかったからだ。

あんなにレインフォードに尽くしていたリオンが裏切り、レインフォードを殺そうとしていたなんて。
そして、自分をも殺そうとしたことが、今でも信じられない。

悪い夢でも見ているようだった。

(私が意識を失う前にレインフォード様が私の名前を呼んだのは、リオンが短刀を振り上げて私を殺そうとした時よね)

ということは、レインフォードは自分が殺されそうになっている場面を目撃したことになる。
だから、何故スカーがリオンに殺されそうになっていたのかを説明する必要があるだろう。

そして、ひいてはリオンがレインフォードを殺そうとしていたことを告げることになる。
その事実はレインフォードを傷つけるだろう。

しかし、隠すことは不可能だ。
そう思ってスカーレットが意を決して口を開こうとするよりも先に、レインフォードが言葉を発した。

「すまなかった」
「え?」

突然の謝罪に、スカーレットは驚きの声を上げてしまった。
どういう意味なのかを問う前に、レインフォードは話を続けた。

「リオンが裏切っていることを、もっと早く気づいて止めるべきだった。実はリオンの行動やこれまでの襲撃条件を考えて疑念は持っていたんだ。だがその確証が得られず、そうこうしているうちに君を危険に合わせてしまった」

リオンとレインフォードの関係や二人が過ごしてきた時間を考えると、レインフォードがリオンを疑うのは難しかっただろう。

だが、後悔を滲ませて言ったレインフォードの表情には裏切られたショックのようなものはあまり感じられなかった。

ただ、本当にスカーレットを危険な目に合わせたことに対する罪悪感と後悔が感じられた。

(でもショックじゃないはずないわよね)

レインフォードは王太子として自分の心を制御する人間だ。

その姿がゲーム内ではかっこよく見えたが、いざリアルで接すると自分の感情を押し殺しているのではないかと心配になってしまう。

「いえ、ボクのことは大丈夫なのですが、レインフォード様は…その、辛くはないですか?」
「辛いかと聞かれると、確かにショックではあったが。まぁ、それよりも衝撃的なことがあったから、それほどまでショックを受けてはいない」

(それよりも衝撃なこと?)

それが何なのかは分からないが、やはりリオンの裏切りは少なからずショックだったのだ。

少しでもレインフォードの気持ちを楽にしたい。
そう思ったスカーレットはリオンの言葉を思い出しながら告げた。

「リオンにもきっと事情があったんだと思います。レインフォード様の命を狙うのは誰かの命令によるものだと言っていました」

その命があったから、もしかしてリオン自身もレインフォードを殺害するのは不本意だったのかもしれない。

「だから、レインフォード様を憎んでの行動ではないと、思います。それにきっと、すべてがウソじゃないと思うんです。一緒に過ごした時間や思い出は、簡単に切り捨てられないと思います。だから、リオンと過ごした全てがウソと偽りだったとは…思わなくていいと思います」

スカーレットはそう力説した。

それは半分自分に言い聞かせているのかもしれない。

リオンと共に過ごした時間はほんの少しだったが、自分に向けられた笑顔のすべてがウソではないと信じたいのだ。

傷の心配をしたときの少し照れた笑顔や、パインジュースを飲んだ時の満面の笑み、二日酔いの三人を気遣う表情…それらが全てウソだとは思えなかった。

そんなスカーレットに対しレインフォードは目を瞬かせたが、すぐにふっと笑った。

「ありがとう。スカーのお陰でリオンの事は残念だったが、そう思うことにする。それに、確かにリオンの背後には必ず黒幕はいるはずだ」

そうしてレインフォードは一旦言葉を区切ったかと思うと、一転して厳しい顔になった。

「スカーをこんな目に合わせたんだ。それ相応の報いは受けてもらうことにしよう」

レインフォードは唇の端を小さく上げて笑っているようにも見えたが、目は座っている。そこには静かな怒りが滲んでいるように感じられた。

だが、言葉だけ聞くと、自分のために報復しようとしているようにも受け取れてしまう。

(いやいや、そんなわけないか)

スカーレットはそんな自分の考えを否定した。
たかだか数日一緒に旅をした護衛に対してそこまで怒るわけはないだろう。

そう思っていると、レインフォードはスカーレットをじっと見つめてきた。
そして、一転して今度は柔らかな笑顔を浮かべた。

じっと見つめて来るので、なんとなく居心地が悪い。
なぜそんな視線を向けられるのか分からず、戸惑いながらスカーレットはレインフォードの名前を呼んだ。

「レインフォード様?」

次の瞬間、気づけばスカーレットはレインフォードに抱きしめられていた。
彼の柑橘のコロンの香りがスカーレットの鼻孔をくすぐった。

(え…?…えええええ!?なにこの状況)

動揺しているスカーレットの頭上から、レインフォードの穏やかな声が聞えて来る。

「確かにリオンの事は思うところがあるが、俺は君が無事な方で安堵している気持ちの方が大きいかもしれないな。本当に、君が無事でよかった」

そう言った後、レインフォードはスカーレットを解放すると、静かに立ち上がったので、スカーレットはその姿を目で追った。

混乱のうちに呆然とレインフォードの顔を見ていると、彼はポンとスカーレットの頭を撫でた。

「じゃあ今日はゆっくり休むといい」
「えっ?あ、はい」

そして何事もなくレインフォードは部屋から出て行ってしまった。
後に残されたスカーレットはしばし硬直したままレインフォードの後姿を見送った。

ドアがパタンと閉められても、状況が理解できずに動けなかった。

(な、なに、レインフォード様のあの行動?抱きしめたわよね?頭ポンしたわよね?えぇっ?)

男同士でもあのように抱きしめたり、頭を撫でたりするものなのだろうか?

スカーレットには良く分からない。だがふと自分の行動を思い出すと、今までスカーレットもアルベルトの頭を撫でることはある。
本人は恥ずかしがるが、義弟が可愛くて仕方ない時にすることは多々あるのだ。

それにアルベルトも抱き着いてくることもたまにある。

(ということは別に男同士でもこういうことをするのかもしれないわ)

きっとリオンの事でショックを受けている自分を励ますためにしてくれたのだろう。
さすが推しである。

自分もショックを受けている筈なのに、こんな配慮が出来るなんて。
スカーレットは推しの素晴らしさを噛みしめるように、うんうんと頷いたのだった。
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