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第1部 護衛編

アルバイト②

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その言葉には、何か特別な意味が込められているようにも感じられた。
あの出来事が、アルベルトにとっても特別な出来事で、スカーレットを義姉として慕ってくれるようになったのだと伝わってきて嬉しくなった。

「ふふふ、義姉と認められたようで嬉しかったわ」
「…義姉さん。絶対意味分かってないよね?」
「?」

他の意味が分からず首を捻っていると、アルベルトは甘いと思った食べ物がしょっぱかった時のような微妙な表情を浮かべた。
そして大きくため息をついてから口を開いた。

「だから、僕は義姉さんのことを、女性として好…」
「スカー様、アルベルト様!」

アルベルトの言葉を遮るように、スカーレットたちを呼ぶ声がしてそちらを見ると、リオンがグレーの癖毛を揺らしながらこちらに駆け寄ってきている。

だが、その両手には目の前が塞がるほどの大きな荷物が抱えられて、足元がおぼつかない。
そうして見ている間に、リオンがバランスを崩した。

「リオン、大丈夫!?」

スカーレットは慌ててリオンの元へと走った。なんとかリオンを支えることができ、転倒を防げた。
これ以上、擦り傷を作ったら可哀そうだ。

「あ、ありがとうございます」
「荷物持つよ」
「え、でも…」

リオンが抱えている荷物は大きな紙袋が2つと、肩にはバックを掛けていた。
いずれもパンパンに荷物が詰まっており、見るからに重そうだ。
スカーレットはリオンから荷物を受け取ろうとするが、リオンは渋る様子を見せた。

「スカー様には…その、重いと思いますので」

リオンがスカーを上から下へと視線を動かし、苦笑してそう言った。
確かに筋肉隆々ではないが、リオンより年上なぶん、力はあると思ったスカーレットとしては若干悔しい。

「平気だよ!」

それでも手を伸ばそうとしたところで、アルベルトが横からひょいひょいとリオンの荷物を取り上げる。
驚くリオンとスカーレットを見て、アルベルトは微笑みながら宿屋へと足を踏み出した。

「二人より僕の方が力はあるし、持つよ」
「あ、ありがとうございます」
「宿屋に戻るのでいい?」
「はい。もう買い出しは終わったので」

だがまだリオンの肩にはバックが掛けられていた。
そのバックもまた重そうだ。

「そっちはボクが持とうか」
「ご心配なさらないでください。平気です」
「戦力にならなくてごめんね」

2人が荷物を持っているのに、自分だけ何も手伝えないことに申し訳ないと思ってしまう。
ちらりとアルベルトの荷物を見れば、紙袋に収まり切れない荷物が顔を出している。

「フランスパンとジャガイモと、ニンジン?」

意外な組み合わせにスカーレットは首を傾げた。これでできる料理の想像がつかない。

それにだいたいなぜリオンは食材を買っているのだろう?
不思議そうに見ているとその視線に気づいたリオンが笑みを浮かべて説明した。

「あぁ、道中で軽食が作れるようにと思って準備したんです。ジャガイモとニンジンと玉ねぎ、それにベーコンはスープ用に、あとこっちに入っているのはパンとチーズとハムが入ってます」

「じゃあ、旅の準備をしてくれていたの?言ってくれれば手伝ったのに」
「いいんです。スカー様は護衛で、僕は雑務担当ですから。これが仕事です」

「でも手伝いくらいはしたかったな。今度は声をかけて!」
「ありがとうございます」

いくら疲れていたとはいえ、スカーレットは昼過ぎまで寝ていて、このような少年に旅の準備を押し付ける形になってしまった。

(私が一番年上なのに、気配りもできないで不甲斐ないわ)

スカーレットがそう反省していると、目の前に生絞りジュースの屋台があった。

定番のオレンジやぶどうジュースに加え、この辺ではほとんど見かけないパイナップルやバナナジュースまである。

珍しいと思って屋台を見ていると、喋っていたアルベルトとリオンの会話がふと途切れた。
見てみるとリオンが屋台をじっと見つめている。

「リオン、飲みたい?」

スカーレットが声をかけると、はっと我に返った様子のリオンは、屋台を見つめていたことが恥ずかしかったのか顔を赤くして、大きくぶんぶんと顔を振った。
そして、上ずった声で返事を返された。

「え?いえ!全然」

否定するがどう見ても飲みたそうだ。
だが、奢ると言ってもきっと辞退するだろう。

「ね、二人とも。ボク、喉が渇いちゃったんだ。ちょっと寄っていってもいい?」
「あ、いいけど」
「僕も大丈夫です」

そうしてスカーレットは屋台まできてから、神妙な顔で店頭に並んだディスプレイを見て悩む素振りをした。

「うーん…どれも美味しそうだし。決められないなぁ。…ね、リオンならどれがいいと思う?」

「僕、ですか?えーと、そうですね…僕なら、このパイン味にします」
「じゃあ、パイン味とミックスジュース、それとレモネードください」

スカーレットは店の人からジュースを受け取ると、パイン味をリオンに差し出した。
すると、リオンは目の前にカップとスカーレットの顔を見比べて戸惑った声で言った。

「これは…?」
「お礼にもならないと思うけど飲んでくれると嬉しいな。買い出し、一人でさせちゃってごめんね」

その言葉にリオンはスカーレットの行動の意味を察したようだ。
少しだけ戸惑いを見せたものの、カップを受け取るとはにかんだ笑みを浮かべた。

「では、いただきます」

リオンはおずおずとパインジュースを口に含むと目を輝かせた後、満面の笑みを浮かべた。

「美味しいです」
「良かった!」

無理に押しつけてしまったのではと心配したが、喜んでもらえたようで良かった。
そう思いつつスカーレットもまたミックスジュースを飲んだ。

「リオンはパインが好きなの?」

「そうですね。子供の頃に一度食べたことがあるだけなのですが、その味が忘れられなくて…。妹と一緒に食べた思い出の味です」

リオンが懐かしむように柔らかく微笑みながら言った。

きっと自分とアルベルトにとってのチュロスように、パイナップルはリオンと妹の子供の頃の思い出の食べ物なのだろう。

意外だったのはリオンに妹がいるということだった。

気が回るリオンの事だから、きっと妹の面倒もよく見たのかもしれない。
そう思ってスカーレットがそのことを尋ねようとした時、リオンが後方から来た男にドンとぶつかられた。

「わっ!」
「リオン、大丈夫!?」

男は速度を付けて勢いよくぶつかって来たので、リオンがその拍子にバランスを崩した。
リオンを抱きとめた瞬間、その異変に3人とも気づいた。

「鞄が!」
「っ!待ちなさい!」

リオンの鞄が男に奪われたのに気づいたスカーレットは、弾かれたように男を追った。
男もまた走って逃げる。

それを追うスカーレットだったが、町は行商を目当てに訪れた人々でごった返しており、思うように走れない。

一方で、男は人の間を縫うように素早く進んでいく。

「待て!」

スカーレットは叫びながら追いかけ、ようやく人混みを抜けたると、男が茂みへと飛び込むように駆けて行く後姿が見えた。

「その鞄を返しなさい!」

すぐさま茂みへと追いかけると、男はちらりとこちらを見た。

じりじりと距離は離され、このままでは見失ってしまう。
そう思った時、男は鞄を放り捨てた。

「!?」

鞄は放物線を描き、茂みの中へと落ちていく。

ざっと鞄が落ちる音がして、鞄を拾うか男を追うかで悩んだものの、気づけばすでに遠くまで逃げてしまっており、これから追っても追いつけないことは明白だった。

スカーレットは小さくため息をつくと、鞄が落ちたあたりの茂みを探すと視界の隅に、見たことのある鞄が見えた。

(これ、リオンの鞄よね)

鞄を拾って元来た道を戻ることにした。
茂みから道へと戻ると、アルベルトとリオンがひどく心配した顔で迎えてくれた。

「スカー!大丈夫だった?」
「うん。犯人は捕らえられなかったんだけど、鞄は取り戻せた。これ、リオンの鞄で間違いない?」
「あぁ僕のです!」
「中の物は無事?」

リオンは慌てて鞄の中をごそごそと確認する。
そしてほっと表情を緩めた。

「水と、薬草と…お金も無事です」
「そう、良かった」
「夕方になって治安が良くないみたいだ。早く帰ったほうがいいかも」
「そうだね」

アルベルトの言う様に、薄暗くなり始めた町は街燈の代わりに屋台の明かりがあるがそれでも見通しがはっきりしているわけではない。

早めに夕飯を食べて、外出は控える方が無難だ。


「あ!私、ライザック・ド・リストレアンの餌を買うの忘れてた!先に行ってて!」

ライザック・ド・リストレアンは生肉を食べることが分かった。
今日の分の生肉を調達しなくては。

「僕も行こうか?」
「ううん。アルベルトは荷物を持ってるし、先に帰ってって。リオンをお願いね」
「分かった」

スカーレットが心配なのか、アルベルトは不満そうな表情を浮かべたが、リオンを一人で帰すわけにはいかないと思ってくれたようだ。

こうして2人と別れたスカーレットは、夜の帳が降り始めた空を見ながら考えていた。
というのも、何か胸に引っかかりを覚えていたからだ。

鞄の中身は無事だった。
あの短時間で物色するのは無理だったのかもしれない。
スカーレットが追いかけたからその追跡を逃れるために鞄を捨てたのかもしれない。

(だけど…なにか気になるのよね)

ぼんやりとした疑問は、あまりにも曖昧だ。
違和感の正体が分からないまま、スカーレットの胸の中にはぼんやりとした不安だけが広がっていった。
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